5.飼育

進太は人目を避けるようにして、築三百年の屋敷の土蔵に通い続けた。もう二週間になる。古ぼけた土蔵で博子と過ごす時間は、学校より、家より、そしてチハルと遊ぶより清冽で濃厚な刺激に溢れていた。始めのころは一日中博子と過ごす日が続いた。今日も、登校時間前の人気が少ない時刻を見計らってバイクを走らせている。しかし、最近は土蔵に行くことが楽しくない。義務で出掛けているような気がした。不満と苛立ちが募っている。正直言って、博子を見たくなかった。このごろの博子は薄汚く、妙な臭気がした。あれほど刺激的で、見る度に心が躍った裸身がまるで嘘のようだ。豊かで滑らかな曲線を持った大人の女が、化け物に変わってしまうなんて、信じられなかった。博子に裏切られたような気さえする。今日もまた、醜い裸身を手酷く虐めてやろうと決心し、どす黒く染まる心の荒みに耐えてハンドルを握り締めた。

「お願い、早く鎖を外して」
土蔵の扉を開けた途端に、掠れた声が進太を迎えた。声と同時に、何とも言えない嫌な匂いが鼻孔を打った。残飯や糞尿、腐った肉や野菜、吹き出物から染み出す膿、死にかけた獣、考えられる限りの悪臭をカクテルして投げ捨てたような臭気だ。
「お尻の穴にペニスを突き立てられても我慢するから、早く鎖を外して」
また博子が呼び掛けてきた。進太は顔をしかめたきりで反応しない。土蔵の空気が外気と入れ替わるのをじっと待った。きっかり十分間待ってから、渋々中に足を踏み入れた。開いた扉から射し込む朝日が、荒廃した空間をぼんやりと照らし出している。化け物は太い柱に鎖で繋がれていた。見る影もなく痩せた博子の首に、厚い鋼鉄の首輪がはめられている。首輪を止めた大型の南京錠から太さ八ミリメートルの鎖が延び、柱を一回りして別の南京錠で止めてあった。鎖の長さは三メートルある。重さは十キログラムだ。引きずって歩くだけで大変な苦痛が伴う。首輪というより首枷といった方が当たっていた。その重い鎖が鈍い音で鳴った。素っ裸で床に身を横たえていた博子が起き上がる。また激しい異臭が進太の鼻を打った。

「まだ寝ていろよ」
眉をしかめて命じながら、進太は棚に置いた篠竹を手に取る。高々と振りかぶってから憎々しげに打ち下ろした。汗と埃と汚物で汚れた博子の裸身を篠竹の笞が打った。低い悲鳴を上げて博子がうつ伏せに倒れ伏す。剥き出しになった尻を狙って進太が笞を振るった。あれほど白く豊満だった博子の尻は衰え、尻全体が黒い痣で覆われていた。盛り上がった傷跡が再び激しく打たれ、膿が飛び散る。横たわった裸身が、打たれる度に痛みで震えた。もはや悲鳴すら出ない。ついに篠竹の笞が折れた。博子は苦痛の絶頂で失禁し、脱糞した。

「汚いな、また漏らしたのか。先週まではこんな事はなかったのに。僕を馬鹿にしてだらしなくしているからだよ。今日は始末してやらない。明日の朝まで食事も抜きだ。願いどおり鎖は外してやるけど、後ろ手に縛ってやる。どっちが苦しいか、よく考えながら反省するんだ。心を入れ替えてきれいな身体に戻ったら、これまでと違って優しくするよ。週一回は服も着せて上げる。どうせチハルは来ないんだ。僕が約束する。だから、もう一度きれいになってよ。今の博子は醜いよ」
博子の横に屈み込んで話す進太の目に涙が滲んだ。横たわった博子の耳を泣きそうな声が横切っていく。博子も泣きたかったが涙は出ない。よろよろと起き上がって正座し、細くなった両手を背中で組んで縄を待った。

「ああ、やっと素直になってくれたね。でも、罰は罰だ。立ち縛りにするよ。罰が終わったらMの服を持ってきてやる。明日の朝は着飾って一緒に庭を散歩しよう。石鹸も持ってくる。シャンプーも一緒だ。身体を洗って、髪を洗おう。何で僕は気付かなかったんだろう。監禁してから一度も博子を洗ってない。汚れるのは当たり前だよね」
高揚した声が土蔵に響いた。目の前におとなしく組まれた博子の両手に麻縄を潜らす。博子を縛り上げるのは、もう慣れた作業だった。後ろ手に緊縛してから、首にはめた重い首枷を外した。博子の口から溜息が漏れる。進太の胸に愛しさが込み上げてきた。何といっても、博子は初めての女だった。再びきれいになってくれたら、今度こそ優しくしようと心で誓った。だが、甘い顔ばかり見せられない。チハルが言ったように、恐怖心を忘れさせてはならないのだ。進太は鋼鉄の首枷の代わりに麻縄を博子の首に回した。縄尻を天井の梁に潜らせて右手に持つ。

「さあ、立ち縛りにするよ。でも、首を吊った縄は正座できるくらいに延ばしておく。疲れたら座るといい。たった八時間だ。最後の罰になるといいね。僕も本当は博子を罰したくないんだ。だから、きれいになってくれ。ずっと、一緒に遊びたいんだ」
正座した博子の耳を勝手な言葉が流れていった。何の感慨もない。ただ、暴力に慣れきってしまった身体が悲しかった。両足に力を入れて立ち上がる。汚れきった顔を正面に向けて胸を張った。二条の縄で縛り上げられた乳房が惨めに突き出ている。久しぶりに乳首の先が硬くなった。進太が見つめる煤ぼけた裸身が一瞬きらめいた気がした。後ろ手に縛られて直立した、痩せた裸身が妙に美しく見える。全身から立ち上る異臭も気にならなかった。進太は引き寄せられるように近寄り、博子に顔を寄せた。込み上がってきた嫌悪感を押し殺し、博子の汚れた口に唇を付けた。博子の裸身が微かに震える。その瞬間下腹部が熱く疼いた。勃起してきたペニスをなだめるように身を引き、そのまま裸身に背を向けて進太は土蔵を出た。重い扉を閉めた途端に、身を捩って射精してしまった。


立ち縛りにされた博子の裸身を闇が覆っている。重い土の扉はぴったり閉まり、光の射し込む隙間もない。真の闇だ。しばらくすると肉体が闇に溶け込んでしまう。縄目の痛さと、鞭打たれた素肌の痛み、そして全身の苦しさだけが芯のように闇の中で立ちつくす。苦しさに身悶えしたときだけ縄目がきしる。その微かな音だけが、博子に肉体を思い起こさせた。素っ裸で後ろ手に緊縛された屈辱の姿だ。だが、土蔵に監禁されてから博子は鏡を見たことがない。どれほど恥辱に満ちた姿態を晒したとしても、もう博子にはその姿を思い描くことができなかった。

「そんなに醜いのだろうか」
闇の中で声に出してつぶやいてみた。進太が何回と無く嫌悪を込めていった言葉だ。きっと醜いのだろうと博子は思う。これまで見たことのある醜さを一心に思い描いてみたが、どの映像も現在の自分とは繋がらない。一切のイメージが現実から遊離してしまっているのだ。不安定な気持ちが闇に満ちた。両足の狭い面積で身体を支える立ち縛りの苦しさが早くも全身を襲った。博子は膝を折って、ざらつく床に正座した。腫れ上がった尻に踵が触れる。痛みが背筋を走ったが、たとえ自分の肌でも、触れ合う肌が愛おしかった。枯れていた涙が湧きだしてくる。込み上げてきた悲しみにうなだれると、天井から吊った首縄が喉を絞めた。このまま膝を崩して突っ伏せば、確実に死ねるのだと思った。これまでも死ぬ機会は何度もあった。しかし、暴力の恐怖が死ぬことを許さなかった。でも、今日は違うと博子は思った。進太が言い残していった希望が空しい。進太は、もう一度きれいになれば優しく接したいと告げて去ったが、ぼろぼろになった身体が元に戻らないことは博子が一番よく知っている。たとえバスルームが用意され、キッチンが整ったとしても、それは無理な話だった。崩壊してしまった精神が、何よりも肉体の再生を拒否している。博子は生きながら死んでいくだけだった。そんなことも理解できない進太は、まだ子供なのだ。夢のような希望が本当に空しい。歯がゆくて身悶えすると、股間の奥が妙に疼いた。思えば、博子の肉の奥を最後に占有したのは進太のペニスだった。後ろ手に縛り上げた博子を犯そうとした進太は、陰部にペニスが触れた途端に射精してしまった。当然、初めてのセックスだったに違いない。その後、博子は何度も犯されたが、進太を犯しているという印象の方が強かった。未熟な性をもてあそんでいるとさえ思ったほどだ。このまま進太と官能の高まりを求めて暮らす世界もあると、心の隅では念じてきた。だが、チハルに殺されるしかなかった命と引き替えに官能を選ぶことはできない。その一点で進太と同じスタートラインに並ぶわけにいかなかった。死を許される代わりに性に従うことは、性の奴隷になることだった。いったん甘んじたその地位を、一週間で博子は捨てた。官能よりも大切なものがあると思いたかった。そして今、それが死だったことが分かった。結論はあまりにあっけなく、空しかった。でも、生き地獄よりはましだと博子は思った。

「死んでやるわ」
声に出して叫んだが、闇の中に応えはない。どす黒い思念だけが真言となって鳴り響いた。
「ウッー」
無言の気合いと共に博子は膝を崩した。首縄が喉を絞める。一気に呼吸が止まり、頭の中が真っ赤になった。憎々しいチハルに死に様を見せられないことだけがひたすら悔しかった。


進太は街道に合流する手前でバイクを止めた。じっと耳を澄ませ、通り過ぎる車両がないことを確かめてから街道に出る。可能な限り山道を走ったため、街道を走るのはたった数分に過ぎない。だが、無免許の進太はやはり緊張する。今朝は特に、理由のない不安が胸の底に沈んでいるようで気が重かった。立ち縛りにして放置してきた博子の裸身が目の前にちらつく。蔵屋敷に続く枝道に入ったところで進太は肩の力を抜き、ヘルメットの黒いサンバイザーを上げた。遠くに見える疎水沿いの梅並木の手前に白いワゴンが駐車してあった。見覚えのある車だった。中学校の担任の秋山の車だ。面倒なことになったと眉をしかめたときにはワゴン車の直前に迫っていた。左右のドアが同時に開いた。運転席から秋山、助手席から臼田清美が降り立つ。もう逃げ隠れはできなかった。

「進太、どこに行っていたんだ。留守番の歯医者さんは学校に行ったと言っていたぞ。嘘はだめだよ。Mさんが市のコンピューター学校に通いだしたからといって、目を盗むような真似はよせ」
バイクを止めた進太を、秋山が一喝した。進太の頬が真っ赤に染まる。Mの目を盗んだという言い掛かり以外は真実だった。それだけに、言い掛かりが胸に応えた。

「僕の不登校は毎度のことでしょう。行って来ますと言う言葉を、歯医者さんが勘違いしただけです。Mには関係がない。不登校を理解してくれています」
大声で進太が答えた。
「進太ちゃん、まずバイクのエンジンを止めなさい。秋山先生も頭から叱りつけないでください」
大きな目で進太を見つめて清美が言った。横に並んだ秋山の顔が真っ赤になる。進太はエンジンを止めた。疎水の回りに静寂が戻った。
「清美さんは進太に甘すぎます。悪いことは悪い、良いことは良いと、はっきり伝えるべきでしょう。進太も甘えていないで、そろそろ学校に出てくるんだ。自分勝手なことばかりしているから友達ができないんだ。だから虐められる。いくら勉強ができたってだめだ。学校に来い」
興奮した声で進太を叱った。今度は清美も黙っている。進太が答える番だ。しおらしくうなだれていた方が早く済むが、今朝の進太は気が立っていた。

「僕は虐められるから学校に行かないんじゃない。自分勝手もしていません。少なくとも、先生みたいに意見を強制したりはしない。勉強ができるのは生まれつきですし、友達もいます」
「そんな生意気ばかり言ってるから、クラスメートと協調できないんだ。いいか、うちの学校は小学校から中学校まで一クラスで、みんな顔見知りだ。先輩も後輩も家族のように付き合っている。進太はなぜ仲間に入らないんだ。本当はみんなとワイワイやりたいんだろう。なあ、強がりはよせよ」
進太の答えに拳を握り締めた秋山が、今度は泣き落としできた。仲間と楽しくやりたくない変人がいるとでも思っているみたいだ。だが、そんな奴はどこにもいない。進太も学校の仲間に溶け込みたいと思う。むれあうことを嫌う人間はいない。誰だって自分の役割を認めてもらいたいし、そこで安住したいのだ。進太の目に涙が滲んだ。

「進太ちゃんに、ちょっかいを出す子がいるのは先生も知っているのよ。あんなに知恵遅れのクーチャンをかわいがっていた進太ちゃんが、なぜ面倒を見なくなったのか、先生は理由を知っているわ。きっと進太ちゃんは、友達に冷やかされて照れくさくなったのよね。あのころの年頃は、善い行いを冷やかされると反発したくなるのよ。それが今になって、クーチャンを殺した犯人に疑われたりしたら、人間不信になっても仕方ないわ。でも、進太ちゃんはもう大きいんだから、負けちゃだめ。成長した考えを持って、堂々と善いことをすればいいのよ。ちっとも照れくさくも、恥ずかしくもないから、ぜひ前に出て欲しいの。ねえ、進太ちゃん、勉強が遅れている女の子たちを教えて上げてちょうだい。きっとすぐ友達になれるわ、お願いよ」
大きな優しい目が縋るように進太を見つめて言った。進太の背筋を、殺意に似た冷たさが走った。いくらキヨミ先生でも言っていいことと悪いことがある。清美の言葉は進太の神経をずたずたに引き裂いた。
「僕には友達がいます」

清美の目をじっと見つめて低い声で言った。進太の脳裏に立ち縛りにされた博子の裸身が浮かぶ。
「ドーム館のチハルさんのことね。きっといい人なんでしょうけど、あの人は先生には危なげに見えるの。よく知りもしない人を印象で物を言うのは教師らしくないけど、同じ女として言うのよ。きっとチハルさんは自分に正直すぎる人だと思う。感情をセーブしないで爆発させることができる人よ。それは危険なことなの。自分を破滅させる恐れがある。人は感情をセーブし合って生きていくのよ」
「キヨミ先生と、秋山先生のようにですか。でも、僕とチハルはセックスはしません。だから友達なんです」
勘違いして説教した清美に憎悪を込めて言葉を投げた。すかさず清美が進太の頬を張った。かん高い音が響いたが痛くなかった。じっと清美の顔を見つめた。

「ごめんなさい。進太ちゃんらしくないことを言うから、つい手を上げてしまった。謝ります。でも、先生は諦めないわ。毎日進太ちゃんを説得に来ます。きっと、学校に帰らせて上げるわ」
進太の視線を真っ向から受け止めて清美が答えた。美しい顔に気迫が漂う。進太が先に目を伏せた。
「話はそれだけですか。用事があるので、今日は学校を休みます。わざわざ、ありがとうございました」
つぶやくように言って目を上げると、清美が小さくうなづいた。進太はバイクに跨りエンジンをかけた。

「進太、大概にしろよ」
走り去る背に秋山の怒声が飛んだ。感情をセーブできないのはチハルだけではない。土壇場になれば、誰でもうろたえるのだ。チハルが人と違うところは、最後の最後まで冷静でいられるところだった。進太は久しぶりにドーム館に報告に行こうと思った。もっとも、進行方向にはドーム館以外に建物はない。
坂を上り詰めてドーム館の玄関が見えるところまで出ると、玄関先に駐車した緑色のレガシーが目に入った。祐子の車だ。進太は祐子が苦手だった。祐子はMの子分のように進太に接する。説教臭いところが大嫌いだった。玄関前でUターンして帰ろうとしたが、運悪くドアが開いて祐子が出てきた。慌ててバイクを止めた。

「あら、進太じゃないの。久しぶりね、また学校をサボったんでしょう。Mは口に出さないと思うけど、内心は心配しているはずよ。せっかくワサビ作りをやめてコンピューターグラフィックスの勉強を始めたんだから、心配を掛けちゃだめじゃない。進太はもう中学校二年生なんだから人の気持ちも分かるでしょう。Mの生き方を邪魔しちゃだめよ」
さっそく説教が始まった。進太はバイクに乗ったまま大声で答える。
「これから行くところだよ。じゃあ、さようなら」
「嘘でしょ、嘘。チハルに会いに来たのね。いるわよ。さあ、お入りなさい。私は食料と日用品を届けに来ただけだからこれで帰るわ。ゆっくりしていくといいわ。どうせ学校には行かないんでしょう。少しはチハルのエネルギーをもらうといい。チハルと付き合うと勇気が湧くわよ。若いときの私みたいに、自殺を考える心配だけは無くなる」
祐子がしつこく話を続けたが、最後に言った自殺という言葉が進太の耳を打った。突然、緊縛した博子を一人で放置したのが初めてなのに思い当たった。罰はいつも、進太が立ち会って直接下していたのだ。全身に悪寒が走り、目の前が暗くなった。慌てて右手のアクセルを回した。エンジンが吼え、前輪が跳ね上がって車体が竿立ちになる。とっさに上半身を下げて重心を前に移す。まるで弾丸のようにバイクが突進した。進太は全神経を運転に集中して築三百年の屋敷へと急いだ。


首を縄で吊った死体は土蔵の中央に転がっていた。身体はうつ伏せだったが、喉に食い込んだ縄が頭を引き上げているため、床から六十センチメートルの高さで正面を見ている。異常に長くなった首の下で、縄目から飛び出た乳房が無惨だった。後ろ手に縛られた両手は硬く握り締められている。死ぬ苦しさに耐えて足を左右に突っ張ったのだろう。大きく開いた尻の割れ目が正視に耐えない。まるで拷問で殺された死体のように見える。だが、確かに博子は自ら拷問死を選んだのだ。舞台設定をしたのは進太だが、演じきったのは博子だった。見下ろす進太の胸に大きな空洞ができた。寒い風が空洞を渡っていく。手酷く打ちのめされたが、博子を恨む気持ちはなかった。博子も進太を恨んでいないだろうと思った。道は二つに別れたのだ。進太は虚脱した感情を抱いて土蔵を出た。死体に手を触れようとはついぞ思わなかった。後はチハルの仕事だと、荒みきった心がうそぶく。進太は再びバイクに跨って、博子の訃報を告げるためにドーム館に向かった。

博子の死体を見たチハルは何も言わなかった。黙々と後片付けの作業を進める。首を吊った縄をナイフで切り、用意してきたビニールシートに後ろ手に緊縛したままの死体を横たえた。赤黒い索縄痕が残る首に改めて鋼鉄の首枷をはめ、長さ三メートルの太い鎖を丁寧に死体に巻き付けた。死体をビニールシートで覆い、その上から再び縄で縛ってから二人で死体を抱え上げた。初めて土蔵の前まで乗り入れたゲレンデヴァーゲンの荷物室に死体を積み込む。
「死体は砂防ダムに捨てる。進太は土蔵の掃除をしてから家に帰りなさい」
初めてチハルが口を利いた。進太の身体に開いた空洞がさらに大きく拡がる。
「僕も一緒に行って、チハルを手伝うよ」
甘える声で縋ったが、チハルは黙って首を横に振った。何事もなかった顔で運転席に座った。何の合図もなくゲレンデヴァーゲンが発進する。

進太が土蔵の掃除を終えると、博子にまつわる一切の痕跡が消え失せてしまった。ポッカリ空いた胸の空洞の中を、また冷たい風が吹き抜けていった。秋は確実に深まっていく。


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