6.記念写真

彼を後ろ手に緊縛したまま、私は彼と一緒に湯に浸かり、彼の身体と私の身体を丁寧に洗った。彼は一言も話さず、私にされるままに従っていた。

身体を洗った後、また一緒にゆっくりと湯舟に浸かった。
身体の芯まで湯の温かさが伝わり、緊張し疲れ切った筋肉をほぐしてくれる。とにかく、一仕事した後の風呂は応えられない程良い。

ぽかぽかと温まった体で、私たちは浴槽から上がった。洗い場の檜の床に正座するよう彼に命じる。
私は浴槽の縁に腰を掛けて、命じられるままに跪いた彼を見下ろしていた。手には昨日までさんざん私のお尻を打った、彼愛用の黒革の鞭を握っている。思えばこの皮鞭は、私の分身のようなものだった。一か月に渡って尻や乳房、肛門や乳首、性器にまでも打ち下ろされ、汗と涙と血を吸い取った艶やかな黒い鞭は、かつての私の肌のように美しく輝やいている。
その皮鞭をピュッと一閃し、跪いた彼の肩先を打った。

「何とか言ったらどう」と言って返す鞭で反対の肩に一撃を加える。
「ひっ」と呻き、眉をひそめた彼は、後ろ手に縛られた上半身を戦かせた後、やっと口を開いた。

「素敵だった、本当に素敵でした。最高ですよ」
「何が素敵で、何が最高なのよ」
冷たく言って、正座した腿の付け根を狙って鞭を振り下ろした。女のように陰毛しか見えないデルタの手前で、鞭が音を立てる。
萎んだペニスを見せないように正座した彼が気に入らず、足を開くよう命じる。命ぜられるままに膝を開いた彼の股間に手を入れ、萎みきった小さなペニスと陰嚢を持ち上げたまま、再び足を閉じるよう命令した。膝を閉じて正座したデルタの陰毛に隠れてしまいそうなほど惨めに、みすぼらしいペニスがユーモラスに露出している。私は鞭の柄で、可愛らしく顔を出しているペニスをなぶった。

ひょっとしてまた、逞しく勃起するかもしれないと思った期待は裏切られ、いくらなぶっても、萎みきったペニスは荒々しい反応を見せようとはしなかった。
「早く言いなさいよ。何が素敵で、何が最高だったって言うの。たまさか、この萎みきったペニスが、素敵だ、最高だと言って喜んでいるだけじゃあないの」と言って、ペニスの横に左右に分かれて飛び出している睾丸を鞭の柄で強くこずくと「んー」と身を捩って唸り、身体を前に屈めた。うなだれた首に、すかさず尻を乗せて馬乗りになり、両腿に力を込めてきつく挟み込む。剥き出しの性器に彼の襟足が触れ、チクチクと突き刺す刺激が性感に信号を送り、再びほの暗い快楽の淵に小さな火が燃え上がりそうになった。

「いや、そんなことはないんだ」
今日初めて聞くはっきりとしたバリトンが、お尻の下から響いた。
「決して、私の性を満足させるためだけに、あなたが必要だったんじゃあない。私はあなたと居るときだけ、憧れていた向こうの世界に行くことができるんだ。これまで、レンズを通してしか近付けなかった悲惨と苦悩、そして無垢の美しさに満ちた世界に、今、あなたのお陰で住むことを許されたんだ」

何を馬鹿なことを言うと思い、首を締めた両腿に力を加えた。彼はまた「うー」と呻き、全身
を強くブルブルと震わせる。

「ああ、お願いだから、あなたの性器を舐めさせてください。もし叶うことなら私を、あなたの快楽のために奉仕させながら責め苛んでください。お願いします。もう私には、写真を撮る必要がないし、撮ることもできない。だって、あなたが居るから。所詮、写真なんて、果たされぬ希望を現実から切り取ることしかできはしない。しかし、あなたといる今は、そのまま全てが私の現実なんだから。ねえ、お願いです。あなたの性器を舐めさせてください。そして、私のペニスを、肛門を、もっともっと、厳しく責め苛んでください。お願いです」

「写真を撮らなくなったあなたに、どんな世界が残されているというのですか。たとえ、あなたの全人格を掛けても、現実の中で、あの作品に対抗できる世界が生まれる可能性はないと、私には断言できます」
「私は新しい世界を表現したいなどと言っているんじゃあないんだ。ただ、あなたと一緒に、もう一つの世界に、現実に存在し、私が写真に残した世界に行ってしまいたいだけなんだ」
全裸後ろ手縛りに緊縛されたまま、熱い口調で理解できぬ計画を語る彼はユーモラスだ。乗り出すようにして熱弁を振るった股間のデルタからはまた、小さなペニスが隠れてしまっていた。

「今、隠してしまったペニスが、快楽の果てに、不思議なユートピアの扉を開いてくれるって訳なのかしら」
「そんなんじゃあないんだ」と大声で言った彼は突然立ち上がり、目の前で足を広げ、醜悪なペニスを全身で反り返るようにして突き出した。私の眼前で、怒りに震える小さなペニスが、小刻みに揺れた。
「こんなものは私にとって、どうでもいい物なんだ。断ち切ってしまってもいいと思っている。たかが手段にしかすぎない物を、あなたは至上の物のように言って私を貶めてばかりいる」
「本当かしら」と私は言って小首を傾げ、小さなペニスを根元まで口中に含んだ。慌てて腰を引こうとする尻に素早く両手を回し、抱きかかえるようにして引きつけ、口に含んだなよなよとしたペニスを舌で弄ぶ。唇と舌で緩急リズムを付けて弄ぶと、ペニスが遠慮がちに口中で膨らんできた。

私も立ち上がり、背後に回した手で後ろ手に縛った縄の結び目を解いた。緊縛を解いても、彼の痺れきった両手は、だらんと下に垂れ下がったままだ。呆然と突っ立ている彼を抱きしめ、口を強く吸った。私の口の中におずおずと差し込まれて来る彼の舌が可愛くて、私は、十分違う世界を体験させて貰っていると思った。何がそんなに不十分だというのか。私には分からなかった。

ひとしきり抱き合った後、私たちはなんでもなかったかのように手を取り合って裸のまま浴室を後にした。


スタジオに戻り、ソファーに並んで腰を掛けた。この一か月で始めてのことだ。裸で一緒に並んで座っている二人。まるで恋人同士みたいだった。

「記念の写真を撮ろうか」と言って彼は、三脚に載った埃を被ったハッセルブラッドの側まで立って行った。カメラのフイルムマガジンをポラロイドパックに替え、セルフタイマーをセットする。ジーというタイマーの音を背に、急いで帰って来る股間で小さなペニスも揺れている。私は、いつになく穏やかな顔をしていると感じながら、彼と一緒にカメラに収まった。

できあがった写真は、照明を使わなかったため少し暗い。斜めに構図を取ってあり、画面手前に膝を揃えて足を曲げている私が映っている。手は品よくデルタを隠すようにしている。表情は静かで、目と口元に優しい微笑みを湛えていた。いい写真だ。さすがにプロと思ってよく見ると、私の裸身に隠れ、彼は顔しか映っていない。その顔も悪戯そうに笑っているようだ。何となくまた、だまされたような、くすぐったい気持ちが裸の全身を包んだ。

「記念だから、持って帰ってください」と差し出された写真を、思わず受け取ってしまった。なんの記念だろうかと思案する間もなく彼が、
「明日もまた、来てくれますね」
珍しく念を押した。しばらくなかった別れの言葉に、私はちょっぴり動転し、しっかり首を縦に振ってしまったのだ。


帰りの車の中で、肉体に痛みが残らなかったのは彼を送って来た日以来のことだった。久しぶりに清々しいコンデションで、くねった山道を運転できると思った途端、言いしれぬ寂しさがこみ上げて来た。今日私は、彼から何もしてもらえなかった。たった一枚のポラロイド写真は、その記念ということなのか。私に弄ばれて喘ぐ彼の姿が一瞬甦り、黒々とした靄のような感情が私を支配した。

「まあ、いいや」と、私は心の中で声を出した。とにかく今日は、お尻も乳首も責められることはなかったのだから。
明日のことは、明日という日が決めることだ。


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