7.暴虐

この一週間は、私が彼を責め苛み続けた。

彼は、私に辱められ痛めつけられることに日毎没頭して行くようだったが、私の不満はつのって行った。彼を縛り、鞭打ち、肛門とペニスを弄び、奉仕させることで、私自身の快楽もまた、どん欲に追い求めてはいたのだが、何故か一人、取り残されたような寂寥感を感じ出していた。

これまで彼に手酷く責められはしたが、私が呻き、泣き、悶え、恥ずかしさに赤くなることがきっと、彼の快楽なのだろうと思い、そう思うことで私も異常に官能が燃え立ち、被虐を越えた快楽の淵に深く沈み込んで行けたと思っていたのだ。しかし、彼を苛め抜く中で、彼を道具として得られる私の恍惚感は決して、彼と繋がっているとは思えなかった。クライマックスで彼が感じるらしい絶頂感もまた、彼を鞭打ち、肛門を責め苛んでやる私とはまるで関連がない、彼自身の出来事であるかのように見えた。恐らく、彼の性への関心が変わったのだ。あるいは、私を置いて彼自身の感覚の世界へ一人で出掛けようとしているのだ。私はその旅立ちの、切符切りでしかないのかも知れなかった。確か一週間前、彼は自分の裸身を自分で縛り、猿轡まで噛ませて、参加者としての私を誘ったのだった。
恐らく彼は、私を残したまま彼自身の言う向こうの世界に、もう一人きりで踏み出しているに違いなかった。

許せないと私は思った。私を誘い、責め苛み、快楽の淵に立たせるのはよい。また、私の手に鞭を握らせ、自分の尻を打たせ、醜い嗜虐感を満足させて、二人の性をより淫らなものへと導いて行くのもよいことだろう。だが、なんの支えもない恍惚に耽る私を、まるで蜘蛛の糸のように使って、自分の中の深くて暗い底なしの深淵へと降りて行くことは、絶対に許せることではなかった。だって彼は私の神でもなく、父でもなく、弟でもない、ただの男性にすぎないのだから。

そんな私の気も知らないで今朝も、母屋の引き戸を開けてスタジオに上がるとすぐ、彼はソファーから立って来た。
気ぜわしく、手を取らんばかりにして部屋の中央に私を誘うと、一人で服を脱ぎだした。恥ずかしげも無くパンツまで脱ぎ、素っ裸の尻の上に両腕を重ねて組み、後ろ手に縛り上げるよう催促する。これまで私は、彼が裸になるまでの間に、黒い麻縄や鞭をアルミケースの中から出して準備し、彼が背中を向けるとすぐ、後ろ手に緊縛してやっていたのだ。
だが今朝は、私は何もしない。ユーモラスに裸の尻の上で両腕を組み、催促するように振り返った彼の顔を、にこやかに見返した。

私を訪れた変化にやっと気付いた彼は、訝しそうに尋ねた。
「どうかしたんですか。夜更かしでもして、まだペースに乗れないのかな」
「いいえ、夜更かしもしていないし、ペースに乗れないわけでもないわ。ただ、あなたを縛りたくないだけです」
「えっ」と言ったまま彼は絶句してしまった。予期しないことを聞いた風に、私の言葉を反芻しているようだ。

「何か気に入らないことでもあったんですか。私が悪いのなら謝りますから、気分を直して楽しんでいってくださいよ」
「謝る必要などありません。私の好きで、あなたの元へ通って来ているだけですから。でも今日は、縛るのは嫌なんです。どうしても縄が必要なら、以前のように私を縛ってください」
「そんな難しいことを言われても困りますね。あなたの身体はもう、十分すぎるほど縛ってきたじゃないですか。駄々をこねるのはやめてください」
「誰が駄々をこねているんですか。私は縛るのが嫌なんです。どうしてもと言うなら、私が縛られてもいいと言っているのに、あなたは自分の好みにばかり執着している」
かみ合わない会話がしばらく続いた。彼は素裸のまま、辛抱強く私を説得しようとする。

「今日のあなたは、本当におかしいですよ。昨日までは、なんの問題もなかったじゃないですか。変ですね、本当に変ですよ。一週間も上手に私を責めていたじゃないですか。どうして急に、変ですよ」
「あなたの方が変でしょう。一か月も私を縛りまくったくせに、急に縛られることが好きになってしまうなんて、納得がいきません」
「あれはあなたに、こういうことに慣れて貰いたかったからなんですよ。もう十分役に立ったと思いますよ」
思わず彼は本音を洩らしていた。やはり彼は、自分一人の世界に閉じこもるために私を利用したのだ。カッと全身の血が熱くなった。

「やはり私を利用していただけなのね。私も楽しんだのだから、別に利用されたって構わないけど、哲学者ぶってマスターベーションに耽るのはやめたがいいわ。何が向こうの世界に行ってみないかですか、悲惨と苦悩、無垢の美しさに満ちた世界ですって。そんなものは一生掛かったって、あなたに縁のない世界だわ。せいぜいレンズを通して覗き込むのが分というところよ。それを、自閉的で卑猥な手段を使って現実のものにしようとしたって所詮、変態崩れがいいところだわ。たかが性的な異常を拡大解釈して、狂気の世界と結び付けようとしても、そうはいかないわよ。ガリガリ亡者の変態に見込まれたヴァイオリンの少女たちが可哀想でならないわよ。あなたも分相応に、ちょっとは社会性ってものを身に着けたほうがいいわ」

私は一気にまくし立てたが、最後まで言うことはできなかった。
頬に熱い痛みが襲い、パシッという音が耳元で響いた。倒れそうになった反対の頬にまた、平手打ちが襲い、顔全体が痛みで熱くなった。ジーンと痺れた耳に、彼の怒りのうなり声が聞こえるようだ。

揺れる視界に、全身を怒りで真っ赤に染め、仁王立ちになった彼の裸身が見える。最前まで萎んでいたペニスが、極大にまで勃起していた。
また二発頬を張られた私は、床にくずおれてしまった。すかさずのしかかってきた彼が、凄い力でジャケットとスカートを引き剥がす、恨みを込めるように衣類を遠くに投げ捨て、なおも倒れた私の頬を打った。
私の顔はきっと、真っ赤に腫れ上がってしまったに違いない。

「顔を叩かないでください」と見上げて抗議したが、彼の顔つきはこれまでと全く異なり、暗く凶暴な険が刺していた。顔中を涙と鼻水だらけにして私は、抗議し哀願した。
「ふん」と鼻で言った彼は、私のブラウスに無造作に手を掛け、いとも簡単にブラジャーごと引き裂いてしまった。上半身裸にされて小刻みに震えている乳首を指先で強くはじく。痛みが頭の芯まで響いて来るが、習い性になった肉体は悲しく、乳首の先が堅くなっていくのが分かる。

「へっ、夏の朝と変わっちゃいないな」と呟いて彼は、ひときわ強く私の頬を張った。街のちんぴらと少しも変わらないモードだ。
あふれ出る涙の中で私は、初めて彼と出会った夏の日のことを思い返した。あのとき、汗に濡れたTシャツから透けて見える乳首を、じっと見つめられていたような気がしていたが、やはり逆光になった黒い顔の中で、私の乳首を値踏みする目が爛々と光っていたのだ。

ひょっとして私は、ここで殺されるかもしれないと思った。そう思った途端、ゾクッとする恐怖がこみ上げ、全身に鳥肌が立った。
「望み通り縛ってやる。縄と鞭を持って来い」
ショーツの端を片手でつかんだまま彼が命じる。殺されるかもしれない恐怖に戦いている私は「はい」と言って跳ね起きた。同時に、端を捕まれたショーツが足首まで脱げ、両足を拘束する。アルミケースのところまで行こうとしていた私は、足首に絡まったショーツに足を取られ、素裸のままおろおろとしてしまった。

ようやく歩き出した私の尻を、立ち上がった彼が力一杯蹴り上げた。二メートルほど蹴り飛ばされた私は、胸から床に倒れ込む。一瞬息が止まり、続いて床で擦れた乳房と、蹴り上げられた肛門を中心にしたお尻に激痛が襲った。

「急げ」
背後から彼が怒声を浴びせる。私は、本当に殺されるかもしれないと思い、痛みを堪えて這い、黒い麻縄の束と鞭を持ち帰った。
縄と鞭を膝の前に置き、素裸で正座した私に彼は「縛ってくださいと頼め」と命じる。
「縛ってください」と、か細く言った途端、頬に平手打ちを食った。
「違う、私が教えてきたようにお願いするんだ」

もう声は、深みのあるバリトンではなくなってしまっていた。かん高いかすれた音が、まるで違う男の声のように彼の口に溢れる。打たれてヒリヒリと痛む頬にまた、涙が流れた。
私は冷静さを取り戻そうと、奥歯を噛みしめてから声を出した。
「どうぞ、私の素っ裸の身体を恥ずかしく縛り上げてください。淫らな乳首と尻を鞭打ち、卑猥なお尻の穴とおまんこを、こころいくまで弄んでください、お願いします」
「よしっ」と彼が頷き、私は彼に背中を向け両腕を背中に回し、縛りやすいように首の方へ手を高く上げた。うなだれた頬を止めどなく涙が流れる。

彼は荒々しい手つきで、荷造りをするように私を縛り上げていく。
いつもと同じ菱縄に緊縛されたが、乳房や腕の裏側、ウエストなどの柔らかい肌が、二重に回された黒い麻縄に荒々しく挟み込まれる。縄目に挟まれる度に柔肌が悲鳴を上げ、全身が針で突かれるような痛みに震えた。私を縛り上げるときはいつも、縄目に肌を挟み込まないように十分気を使っていた彼だが、今、そんな配慮はない。
身体のあちこちで縄目に挟み込まれた素肌がひきつって、辛く痛む。まるで罪人のようだと思ったが、罪人でも全裸で縛られはしまい。優しさを欠いた彼の仕打ちはこれまでと違い、立派な拷問だった。本当に殺されるかもしれないと、私はまた思った。

全裸後手菱縄縛りに私を緊縛し、しばらく身体に食い入った縄目を楽しそうに検分した後、彼は「立て、立って土間に降りろ」と命令した。ぐずぐずしてまた、顔を叩かれたくなかった私は、そそくさと立ち上がり、早足で土間に降り悄然とした風情で素早く冷たい土の上に正座した。命令して置いて、取り残される格好になった彼は、怒りに油を注がれたように燃え上がり、凄い形相で私を追って土間に飛び降りた。右手には、愛用の黒革の鞭がしっかりと握られている。彼を挑発した付けは、たっぷりと支払わさせられそうだった。
「四つん這いになって尻を高く上げろ。この性悪女め。私の世界を蔑んだ罪を十二分に罰してやる。もう二度と私の美しい世界には近付けないようにしてやるからな」
自分の怒りをなおさら高めるように、彼は吼え立てた。

やはり私は彼にとって罪人であるらしい。たとえ殺されるにしても、付け入る隙は見い出せるだろうと私は思い。できるだけ従順に振る舞う。しかし、四つん這いになれと言われても、両手を後ろ手に縛られた私に前足はない。彼を刺激しないように急いでバランスを取りながら、両膝に神経を注いで前屈したが、やはり前頭部をしたたか土間で打った。姿勢を変えて、横顔と肩を前足にした私は、彼に命じられる前に両膝をできるだけ開き、肛門と性器を思い切って宙に突き出した。
目一杯開ききった陰部を、冷たい空気が容赦なくなぶり、寒い。この皮膚感覚も、少しの間の気休めにしかならないと意識した途端、鋭く空を切る鞭の気配が周囲を圧し、一切の意識も、音も、打ち叩かれる皮膚の痛みに飲み込まれた。
黒い皮鞭は、高く突き出した私の尻を縦横に四回なぎはらった。今までと違い、刑罰を加えられる感覚の痛苦が、四つの筋となってお尻を貫いて行った。余りにも鋭く、差し貫かれるような痛みに私は、尻の皮膚が鞭の打撃に裂かれ、血が滲み出しているのを、なま暖かい感触で知った。

拷問に堪えかねた女囚が這いつくばるように私は、冷たい土間の上に突っ伏してしまった。しかし今回は、失禁もしなければ失神もしない。十分に誇らしくはあったが、却って失神した方が楽だったのかもしれない。
「強情な奴め、まだ懲りないか。見掛け倒しのエリート女め。何が自閉的だ、何が社会性がないだ。私が身を切られるような痛みを持って、友人たちと築き上げてきたネットワークも知らないで、いっぱしの批評家面をしやがって。今、私の築き上げた社会をたっぷり見せてやる。さあ、その臭い尻を高く、これ以上恥ずかしいことはないと言うほど高く持ち上げろ。骨の髄まで思い知らせてやる」
声が消えないうちに三発、突っ伏したお尻が鋭く打たれた。私は歯を食いしばって悲鳴も上げずに耐え、ゆっくりと落ち着いて再び、血塗れたお尻を天高く突き出した。

「うぅー」と言う獣のような叫びの後、彼が握った鞭の太い柄が肛門に振り下ろされた。激しく打ち叩かれた打撃の後、肛門が切なく跳ね返した鞭の柄が再び、彼の凄い力でグリグリと括約筋を無理に押し割る音が、まるで現実に聞こえるような陰惨な幻聴を伴いながら、私の体内へと暴力的に挿入された。柄の根元にある直径三センチメートルほどの玉と、長い柄の大部分を差し込まれた肛門は無惨に裂け、お尻から腿に掛けて、生暖かい血液が伝い落ちる隠微な感触があった。

私のお尻に黒い皮の尻尾を付けた後も、彼の怒りは止まらなかった。
新しい縄で首を犬の首輪のように縛り、縄尻を持って尻から血を滴らせた私を強引に引き立てる。肛門を裂かれたショックで全身の血が凍り付いた私を、更に首を絞めた黒い麻縄が脅迫する。強く縄尻を引かれた私は、窒息する恐怖から逃れようと、彼の引く縄尻が張り切らないように、おろおろとユーモラスに、後ろ手に緊縛された裸身を揺らせながら、縄尻を引く彼に付き従う。
彼は、まるで犬の散歩に出かけるように首縄を引き、玄関の引き戸を開け足早に戸外へと向かう。外に引きずり出された私の目を眩しい秋の陽光が打った。明るすぎる光は情け容赦もなく、素裸で緊縛され、お尻に皮鞭を突っ込まれた惨めな身体を照らし出したが、私は恥ずかしがっているいとまなどはない。首縄を引っ張る彼に遅れないよう、ただただ外聞も考えず、みっともなくお尻を振り立てて足早に歩く。素足の柔らかな皮膚を、山の小石の鋭い角が手酷く痛めつけるが、足を止めるわけにはいかない。

ロードスターを止めた木犀の反対側にある、これも大きな曲がりくねった松の下で、彼は歩みを止めた。ほんの十メートルの距離だったが、私は息が切れ、緊縛された乳房を弾ませた。そんな私にお構いなく彼は、首を縛った縄尻を垂れ下がった松の枝目掛けて投げた。枝に掛かった縄尻を引き絞り、無造作に首縄で止める。私は絞首刑になる罪人のように、松の枝から吊り下げられてしまった。ただ嬉しいことに、両の足の裏はまだ辛うじて大地を踏みしめていた。
痴話喧嘩という言葉が不意に脳裏を掠めた。素裸の私を松の枝に吊した彼も素裸なのだから、外見には十分痴話喧嘩に見えるかもしれないが、白昼堂々と繰り広げられた彼の行動は、もう常軌を逸し過ぎていた。これはもう、私の生死が賭けられた拷問に相違なかった。
私を松の枝に吊した後、彼は無言で母屋に入り、僅かの時間でだらしなく服を着て戻って来た。手に割り箸と、帯締めのような組み紐を持っている。

「ここでしばらく、頭と身体を冷やすがいい。私はこれから、あなたに会わせてあげるために、大切な友人を招待して来る。その汚れきった醜い目で、美しい世界の住人を見るがいいのだ」
そんな人はあなたの奥さんだけで十分ですと、応えようとした私の顎を彼の左手がつかんだ。
「こんな山の中だから心配はないが、大きな声を出されて家族が興奮するといけないから、猿轡をしてあげよう。口を開いて舌を出しなさい」
言うことを聞かない私の鼻を彼が強く摘んだ。息が詰まり、喘ぐように口を開いた私の首を吊った縄を、意地悪く揺する。窒息させられる恐怖が甦った私は、仕方なく犬みたいに長く舌を差し出した。パチンと音を立てて割り箸を割り、二本になった箸で舌の付け根を挟む。舌を挟んだ箸の両端を組み紐で縛り、二本の紐を強く引き絞って後頭部で結んだ。私の口は、突き出した舌を挟んだ割り箸をきつく、轡のようにくわえさせられ、引き裂けんばかりだ。想像を絶して過酷な割り箸の猿轡を、私はくわえ込んだ奥歯できつく噛みしめた。

「すぐ帰りますが、くれぐれも首を吊らないように注意してください。縊死した後の、糞尿を垂れ流し、ドドメ色に充血して膨れ上がった醜い顔は見たくありませんからね」
言い残して彼は、なんと、私のロードスターに乗って去って行った。急発進した後の土埃がしばし、私の惨めな裸身を包んだ。


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