8.官能の果て

もう、どれほどの時間を、全裸の身体を晒したままでいるのか。時の移ろいを私は、日の動きと緊縛された肉体の痛みで感じ取るしかなかった。

秋の陽の動きは早い。彼が私のロードスターで出掛けたとき、中天近くあった太陽も既に、だいぶ角度を付けて傾いて来ている。まだ、澄み切った空から注ぐ陽光は、強すぎるくらいに身動きできぬ肌を焦がすが、時折吹く風は寒く、冷たく裸身をなぶった。

不思議と人の目は気にならなかったが、誰一人訪れる者はない。つまり、救いを求めることはできず、不自由な姿勢で、不当な痛みを時の過ぎ行くままに、ただ甘受しているしかなかった。

それにしても、私の置かれている状態は既に耐え難いものになっていた。
彼が私を凄まじい格好のまま放置していってから、恐らく一時間は経過したと思われるのに、彼が出しなに割り箸で挟んで縛っていった舌は、どれほど抜こうとしてもびくともしなかった。却ってザラザラと毛羽だった材質で擦れた舌がヒリヒリと痛む。割り箸に引き裂かれた口中には溢れるほどに唾液が溜まり、時折下を向いてこぼさないと口の端から滴り落ちた。下を向けば向いたで、首に巻かれた縄が張り切り、息が詰まって咽せる。縄を掛けた松の枝は直径五センチメートルほどで、体重を掛ければよくしなったが、撓みが戻る反動がより凄まじく呼吸を脅迫した。

進退窮まって脂汗を流している私の肌はいつしか、冷たい秋風になぶられ鳥肌立っている。
精一杯両手を空に伸ばして深呼吸でもしたいところだが、両手は背中に高手小手に緊縛されていて、痺れた痛みを訴えるばかりだ。たまらず足踏みをしてみても虚しく、いくらか体が温まる前に、肛門に差し込まれた黒革の鞭の柄が不愉快に揺れ動く感触が情けなくなり、すぐさま悄然とうなだれるばかりだった。この肛門に突き刺された鞭の柄もこれまで、何とか苦労をして抜き捨てようと試みたのだが、虚しい努力に終わっていた。救いの来ないことを確信したときから折に触れ、恥ずかしい状況になるのを覚悟の上で、屈辱の鞭の柄を、うんちとともに押し出そうと何回となく息んでみたのだが、長さ十センチメートルほどの鞭の柄を押し出すことができただけで、柄の端にくびれて付いた大きな玉を排出することがどうしてもできなかった。無駄な努力のせいで、お尻から突き出た鞭は、肛門の中に残った大きな玉を中心にして、なおいっそう屈辱的に、私の動きに連れて鋭敏に揺れ動くことになったのだ。

追い打ちを掛けるように尿意が襲った。
しばらく両腿を合わせ、お尻から付き出した鞭を揺すりながらもじもじしていたが、いがぐり坊主みたいになった陰毛がこそばゆく陰部をなぶる。思えばもう一週間も彼に剃られていなかったことを、ちくちくする不快な感触が教えてくれる。
えいっ、ままよと開き直り、足を開き、腰を付き出して下腹に力を入れると、太い澪が一筋、きれいな弧を描いて股間から地面へ長い時間を掛けて飛翔した。
もう恐れるものはないと、そのとき私は確信し、まるで信仰を持ったかのような傲然とした気分になった。

私は、眼下の水たまりを愛着を持って見下ろし、私自身が冷たい秋風と一体になり、美しい自然の中に、全裸後ろ手縛りの菱縄に緊縛され、口に割り箸の猿轡を噛まされ、肛門から鞭をぶら下げた奇妙な肉体を、誇らしく晒した。

また、どれほどの時間が経ったのだろうか。彼が出掛けに注意していったように、縊死してしまいそうなまでに体力が消耗し、最後の矜持に頼って直立していたとき。遠く私道に、ロードスターの太くて低いエンジン音がこだました。

土埃を上げ、数メートル先の木犀の下に停車したロードスターの助手席に私は、始めて見る、しかし見慣れた少女の貌を認めた。
車から降りた彼は、私に一瞥もくれずに助手席のドアへ歩み寄ってヴァイオリンケースを抱えた少女を恭しく降ろした。
少女は周囲になんの関心も払わず、彼にエスコートされるままに足早に母屋へ通った。当然、すぐ側に晒されている私を見ることもない。

霞む目で二人を見送る私を待たすこともなく、一人で戻って来た彼はポケットからナイフを取り出し、猿轡の紐を切り、首を松の枝に繋いだ縄を切った。
縄を切られた瞬間に膝が崩れ、地面にくずおれた私に「まだまだ、だよ」と言って彼が、首縄の端を持って引き立てる。
残酷な仕打ちにも関わらず何故か、目に熱い涙がこみ上げ、素直に気力を振り絞って立ち上がった私を、彼は縄尻を取って母屋へと引っ張って行った。

いつも私が座るスタジオのソファーに、ヴァイオリンケースを膝に置いた少女が、淡いピンク色の暖かそうなワンピースを着て座っている。首縄を引かれてスタジオに上がって来た私は緊縛されたまま、ソファーの正面の部屋の隅に引き据えられた。
もう、先ほどの熱い涙は乾いていたが、少女の前で加えられる過酷な仕打ちにまた一筋、今度は悔し涙が頬を伝った。

「正座していなさい」
彼に命じられ、渋々正座しようとしたが、先ほど何度も息み、肛門から十センチメートルほど押し出した鞭の柄が座る邪魔をして、腰を下ろせない。正座を命じたまま背を向け、少女の方へ向かう彼の後ろ姿と、顔を伏せている少女とを等分に恨めしく見たが、私は先ほどの努力に痛い対価を払わざるを得なかった。
私は腰をもぞもぞと動かし、お尻から突き出た鞭の柄を床に垂直に立て、徐々に尻を下ろしていって、再び鞭の柄を肛門の中に自分で飲み込んでいったのだ。このユーモラスな動作はきりきりと痛みを伴い、情けない屈辱感と相まって私は、全身の血が逆流するのを感じた。

苦労して正座しきったとき彼が振り返り、いささか得意そうな口振りで気取って演説を始めた。彼の鋭い視線を受けた私は、お尻から生えた鞭の処理の現場を見られなかったことだけを望んだ。

「あなたもよくご存じの、素敵な友だちをご招待してきましたよ。会うのは初めてかもしれませんが、彼女にあなたを紹介することはできません。あなたの汚れきった心根に触れれば、彼女の無垢な美しさが壊れてしまいますからね。その代わりと言っては何ですが、これから、あなたのために楽しいホームコンサートを開きますから、ゆっくり楽しんでください。そして、私が築き上げた素晴らしいネットワークの一端にぜひ、触れてみてください。きっと、私のことを自閉的だとか、社会性がないだとか言った戯言を、恥ずかしく思うようになりますから」
少女の隣に佇んだ彼は、かつての自信溢れるバリトンで優しく「さあ、美しい演奏を聴かせてやってください」と促す。

ケースからヴァイオリンを出して立ち上がった少女は、やにわに弓を取って演奏を始めた。
突然あふれ出た音はバッハではなく、パガニーニだった。
ひときわ狂おしい調べが、広いスタジオ全体を荒々しく圧した。しかしその調べは、公営住宅の窓辺で聴いた澄明な沁み入るような音色ではなく、気ぜわしく無神経な、不揃いの音に聞こえた。
少女の前にしゃしゃり出て、まるで指揮を執るかのように両手を振り回して興奮する彼は、私と少女の間を走るような歩みで行きつ戻りつしながら、ヴァイオリンの音色に負けないようなかん高い嬌声を上げた。

「もっと高く、もっと大きく、もっと凄まじく、あなたの美しい音を、恥ずかしくみっともない、卑猥な格好をした姐さんに聴かせてやってください。さあ、もっと、もっと、尻の穴から尻尾を生やした助平な姐さんのために囃し立てろ」

いくら私が憎々しいと言っても、二人が出会うきっかけとなった少女の音楽を持ち出す必要はない。あれほど賛美し、作品にまで昇華させたヴァイオリンの少女を余興の伴奏者扱いしたのでは、少女の音楽ばかりではなく、その全人格さえ否定し去ってしまうことになる。
少女の音楽に惹かれ、彼のバリトンに酔い、作品世界に繋がる官能を共有しようとさえした私は、この悪趣味を許すことはできなかった。また、ここまで墜ちてしまった彼の感性が情けなく、それを認めてしまいそうになった自分の見識さえ恥じそうになってしまった。

一切を否定してしまいたくなった私は、声を限りに「変態め、恥を知りなさい。あなたの卑屈な心根の方が、私の弄ばれた肉体よりよっぽど恥ずかしい」と大声で叫んだ。
愉快そうだった彼の顔付きがまた剣呑に変わり、殺気を帯びて振り下ろされた手が私の頬を張った。怯むことなく私は、打たれた顔を振って声を限りに「罪のない少女を弄ぶのは止めろ。こんな獣の巣窟から早く、彼女を家に帰しなさい」とどなった。

「くそっ」と、憎々しげに私を見据えて吐き捨てた彼は、
「おまえも、こいつも、みんな俺のもんだ。よっく見ておけ」と言って方向を変え、今度は少女に向かって走り、無心にヴァイオリンを弾く彼女に手を伸ばし、ピンクのワンピースの端を掴んで力一杯引き裂いた。
ビリッという激しく布を裂く音がヴァイオリンの音色を止め、声もなく立ちつくす少女の下着を、悪魔となった彼が引きむしる。その理不尽な行為に我を忘れた私は、全裸で後ろ手に緊縛された身も省みず、お尻からぶら下がった鞭を引きずったまま彼に、全身の力を込めて頭から体当たりした。

下着をむしり取られ、ヴァイオリンを片手に持って震える全裸にされた少女の前で、体当たりされた彼はあっけなく尻餅を付いた。とたんに、真っ赤に顔色を変えた彼はすぐさま立ち上がり、私のお尻から垂れ下がっている鞭を掴んで強引に手元に引き絞った。反射的に前方に逃げ出した私の肛門から激痛とともに鞭の柄が抜け、バランスを崩した私は、菱形に縛り上げられた乳房を下に、床に向かって無惨に倒れ込んでしまった。
肛門から引き抜いた鞭を握り直した彼は怒りにまかせ、倒れた私の裸身を縦横に鞭打った。そのうちの一発が彼を見据えた顔を激しく打ち、頬から生暖かい血が滴り落ちるのを、修羅場の中で感じた。

私の流す僅かな血を見てうろたえたのか、興奮したのか、彼はまた対象を変え、呆然と佇む少女へと立ち向かい、右手を振り上げて少女の頬を打った。二度、三度と激しく頬を打たれた少女は、ショックのあまりヴァイオリンを床に落とし、声にならぬ悲鳴を上げて部屋の隅へ逃げ込むと、両手で頭を抱え込んだまま震えあがり、剥き出しの尻を無防備に高く背後へと晒した。
ヴァイオリンを拾った彼は「俺に恥をかかせやがって、おまえはとんだ紛い物だ」と、訳の分からぬ独り言を呟きながら、部屋の隅で尻を突き出している少女へと迫る。
右手で握ったヴァイオリンを頭上高く振り上げた彼は、少女の白い、裸の小さな尻に打ち下ろした。

バシッという鋭く皮膚の鳴る音と、メキッというヴァイオリンの胴が割れる音が同時に響いた。途端に、小さな尻を突き出したまま縮み込んでいた少女が「ぎゃっー」と言う凄まじい叫びとともに飛び起き、彼の胸元へむしゃぶり付いた。華奢な両腕を奔放に振るい、追い詰められた猫のように爪で滅茶苦茶に彼の顔を引っ掻く。

突然の予期せぬ抵抗に彼が面食らい、再び彼女の頬を打ち叩こうと手を振り上げたとき、私は全身を襲う痛みを忘れて立ち上がり「これ以上、その子を痛めつけたら、私が許さない」と大音声を上げ、彼の暴虐を制止しようと全存在を賭けて突進した。
後ろ手に緊縛された両の拳を握りしめ、足が床を蹴る度に内腿の柔肌を刺す短く伸びた陰毛にもめげず、私は裸の尻の筋肉を躍動させていた。

悪魔となった彼の肉体へと私は、力の限りジャンプしたが、私の声に身構えていた彼は、少女に顔を引っ掻かれながらも、彼女を抱き抱えるようにして、するりと身をかわしてしまった。
彼の動きに対応できず、勢い余って壁に激突し、床に倒れ伏した私の首を縛った縄尻が強い力で引っ張られた。一瞬呼吸が止まり、目の前が真っ暗になった。頭の芯まで食い入る、死に至ると思われる苦痛が全身を襲った後、すっと全身の力が抜け、私は脱糞し失神してしまった。


私が死に至らず正気付いたときも、相変わらず息苦しさが続いていた。
ぼんやりした頭を微かに振って、生きていることを確認しようとすると余計息が詰まった。首を縛った縄尻はソファーの腕に短く繋ぎ止められ、後ろ手に緊縛された縄もそのままに、私は惨めに床に転がされていたのだった。

仰向けになった、ぼんやりした視界に二つの足の裏らしいものが見える。
目を凝らすと厚いガラス越しに、足の裏から続くすんなりと伸びた脚が見えた。その二本の脚が一体になるところに黒々とした陰毛と、肉の亀裂が見える。全裸の少女が目の上で大きく脚を開き、陰部を露出したのだ。その光景にびっくりした私は反射的に首を上げた。途端におでこを強くガラス板にぶつけてしまった。目から火が出るほどの痛みをこらえ、私は横たわった身体を無理に二十センチメートルほど床を這ってずらし、全体の視界を確保した。

「やっとお目覚めですか。楽しくなりそうですね」
うわずったバリトンが頭上から聞こえたが、見上げた私に彼の姿は見えなかった。
目の前には高さ五十センチメートルほどの、上面にガラスを張った木製のテーブルがあり、その上に全裸の少女が立たされていた。彼女の身体は私とそっくりに、菱縄後ろ手縛りに緊縛されている。細い首にも三重に縄が巻かれ、縄尻は頭上の高い梁に回して止めてあった。首を吊られ、いくらか下を向いた口には身体を縛ったのと同じ縄で二重の猿轡が噛まされている。おまけに、どうしたことか、黒い布で目隠しまでされているのだった。少女の裸身が小刻みに震えているのが、視線を通して私の身体に伝わって来る。

大きく開かせられた脚の間を通って、黒い麻縄が少女の股間を割ろうとしていた。私がいつもされていたのと同じように、黒縄が少女の未成熟な性器を挟み付け、尻の割れ目に食い込み、身体を縦に緊縛しようとしているのだ。あまりの無惨さに私は呼吸が止まり、自身で体験した激痛と屈辱を思い出し、少女の気持ちを先取りして涙を流した。
彼女には何ら、希望がないのだ。
快楽と刺激の淵に一切を投げ込んでも、まだ見ぬ地平への好奇に望みを託した私とは、まるっきり事情が違っていた。

「ひー」
激痛に襲われた少女の悲鳴が、予期したように猿轡から漏れた。
「やめなさいっ」
大きな声を出した私は、視界に入らぬ彼に向かって言葉を続けた。
「人にはそれぞれ分があるものよ。ヴァイオリンの少女は音楽の中にあってこそ美しく輝くのよ。まだ性を知らない少女に、淫らな思惑を抱くのはやめたがいい。快楽のために女を責め苛みたかったら私を責めればいい。あなたとは全く違う思惑でも、付き合ってやることはできるわ。私は大人の女なんだから。でも、子供を勝手に性の世界に巻き込むことは、決して許さない」

「ふふふふふっ」と、鼻で笑う声が頭上で響き、少女の裸身の影から陰鬱な顔をした彼が姿を現した。
「別にあんたの許しを得ようなんて思ってはいない。また、あんたみたいなスケベ女と付き合っているほど暇でもない。私の少女は美しい精神の持ち主なんだ。スケベ女と一緒にされてはたまらない。彼女はあんたと違って、私を向こうの世界にきっと旅立たせてくれるはずだ。だって彼女は初めから向こうの世界の住人なんだから。うまくいかないはずがない。何が思惑が違うだ。向こうの世界に、思惑だとか思いやりだとかいった、面倒なものはないんだ。ただ絶対的な自由がある。これだけだよ」
「卑怯者め、恥を知りなさい。所詮淫らな快楽しか考えていない変態男め。いくら狂気を装ったところで、あなたの逃げ込む先なんてないんだ。素直に自分の性向を認め、許される範囲の楽しみに耽っていたらいい。私を含め、きっと邪魔するものなんていはしないのだから。少しばかりの性的異常を針小棒大に思い込んで、まるで自分が天才か狂人でもあるかのように見せ掛けるのは、滑稽すぎて笑う気にもなれないわ。今ならまだ遅くはない。少女を家へ帰し、作品の世界だけで付き合いなさい」

「何も分かっていないスケベ女の説教を聞く気はないね。私は、セックスなんかになんの関心もないんだ。あんたと一緒にされては叶わないね。確かにあんたはただのスケベ女だが、私には確固とした思想がある。絶対自由という思想を現実のものにするために私は、好きでもないことをしながら戦っているんだ」
「あなたの思想なんてくそくらえだわ。何が絶対自由よ。何時だって、何処にいたって、今までも、これからも、ずっと、あなたは自由であった試しはないし、これからもない。つのりにつのった思い通りにならない不満が、その薄汚い頭と、ちっぽけなオチンチンの中にゴミのように溜まりきってしまっただけじゃあないの。そんなあなたが生きていけるのは、写真という作品世界の中だけなのよ」
「もう言うことはそれだけかな。聞き苦しいことを、それだけ長々と喋ったのだから、後はもう、おとなしく糞まみれの身体で横になって見物していて欲しいもんだね」

言い残して彼は、また少女の背後に消えた。彼が嘲ったように、確かに私は糞まみれだった。しかし、恥ずかしさに小さくなるどころか、これまでにも増してしっかり、彼のやることを見据えようと決心して、縄の付いた首を真っ直ぐに立て直した。

まず、彼は少女に鞭を振るった。私の肛門に差し込み、強引に引き抜いた凶々しい黒革の鞭が、少女の肌を引き裂く不吉な音を二回聞いた。しかし、少女は悲鳴さえ上げない。ただ、全身を絶えずブルブルと小刻みに震わせているだけだ。その震えも、恐怖によるものか、怒りによるものか判然としない。

また二回、鞭音が響いた。少女の反応に変わりはない。全身の震えだけが高まっていく。恐らく少女は、後ろ手に緊縛された不安定な姿勢で首を吊られ、高いテーブルの上に追いやられ、目隠しまでされて視力を奪われてしまったため、自分の肉体にどんな危害が加えられるか、痛みが襲って来る瞬間まで理解できないのだ。いや、突然我が身を襲ってくる激痛を不安の絶頂の中で、ただ受容するしかないのだった。縄で首を絞首される恐怖と、目隠しをされ視力を奪われたことで、何が肉体に襲い掛かってくるのかを予知できぬ恐怖とが、彼女の全身を悲鳴を上げるいとまさえないほどに緊張させているのだ。
なんという恐ろしい責め苦だろうか。拷問よりも過酷に、責められるものの神経をずたずたに引き裂く悪行を、彼は年端も行かない少女に加えているのだ。怒りに強く奥歯を噛みしめた私の口の端から一滴、血が滴り落ちた。

「責め甲斐のない石のような身体だ」
自分で演出した舞台が全然理解できていないように彼は吐き捨て、鞭の代わりに、先ほど少女が激しく反応したヴァイオリンを拾い上げた。無造作にヴァイオリンを掴もうとした指が弦に触れ、調子の狂ったGの音が高く部屋中に響いた。瞬間、少女の震えがやみ、全身を耳にして我が身に降り掛かることを知ろうとした。

彼が振り上げたヴァイオリンが少女の頭越しに私の目に入った。振り上げるとき、ヴァイオリンの胴に空いた共鳴用の穴に空気が擦れる低く咽ぶような音を、私は確かに聞いたと思った。その音は全身を耳にした少女の聴覚を打ち、音を追い続けていた彼女はそのとき、自分の身に起こることの全てを明確に映像化したはずだった。

ヴァイオリンが猛烈な速度で少女の白い尻に打ち下ろされる瞬間。

「ヤメテッ」と叫ぶ声が、鮮明な発音で猿轡の中から聞こえた。

多分、幻聴ではないと思うが、少女の高く澄みきった声は、その後に続いた、したたかに小さな尻の肉を打つ音と、砕け散るヴァイオリンの音との錯綜狂乱した騒音のラッシュの中でかき消されてしまった。

頂点まで急激に高まった状況に取り乱されてしまったように、彼は手の中に残ったヴァイオリンの竿を振るって二度、なんの反応も示さなくなった少女の尻を打った。


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