4.虜囚

深夜の道路はおびただしいほどパトカーが目立った。MG・Fは二度も警察の検問に遭った。女性一人の運転にも関わらず、トランクの中まで調べるという徹底した検問振りだ。お陰で水道山の中腹の美術館に着いたときは午前二時近くになっていた。Mはがらんとした駐車場にMG・Fを止め、急いでエンジンを切った。静まり返った空間にエンジン音が響きすぎたのだ。ひょっとすると、水道記念館まで聞こえたかも知れないと思い、不安が掠めた。青く輝くタイメックスの文字盤で長針が十分間を刻むまで、寒さを我慢して運転席で待った。冷気がMを嘲笑う。もしかしたらオシショウが、無人のまま閉鎖された水道記念館に潜んでいるのではないかという、滑稽な予想を笑う。水も漏らさぬ警備とはよく言ったものだとMは思った。一時間足らずの間に二度も検問されたほどだ。オシショウが街を見下ろす山の上で安閑としていられるはずがないと思う。だが水道山は、やはり警備の盲点ではあった。調べてみなくてはここまで来たかいがない。

Mは車を降り、駐車場からアスファルト道路に出て山に上っていく。街灯はカーブの曲がり鼻にしか設置されていない。夜道がこんなに暗く心細いものかと、久しぶりに認識させられる。時たま頭上で冬枯れの梢が風に騒ぐだけで物音もしない。天井に空いた穴のように、無数の星が青白く瞬いていた。水道記念館に続く最後のカーブにたどり着いたとき、前方から低くエンジンの音が聞こえた。慌てて右手の山肌によじ上る。ザラザラとした赤松の巨木の陰に隠れ、じっと路上を見下ろす。ヘッドライトの光が路面を撫で、カーブを曲がり切ったパトカーがゆっくりと姿を現した。屋根で点滅する赤色灯が周囲を赤く照らす。胸の鼓動が急に高まる。パトカーを見送ってしばらく間を置いてから、Mは山道を回って水道記念館の裏手に出ることに決めた。真っ暗闇の山道を星明かりだけを頼りに山の中に踏み込んでいく。

ようやく水道記念館の裏手の崖に出た。闇を透かしてじっと建物を検分する。Mのいる場所はちょうど建物の二階と向かい合っていた。道路はもとより、庭や展望台からも見通せない位置だ。張り出したベランダの手すりが二メートルの隙間を隔てた目と鼻の先にある。手を伸ばして飛び付けば、手すりにぶら下がることもできそうだった。木材で組んだ壁面に小振りな窓が見えた。古めかしい鎧戸が下ろされていたが、細い隙間から微かな灯りが洩れている。確かな光を確認したMの口元に微笑が浮かんだ。やはりネズミは盲点を利用したのだ。Mは両腕をまっすぐ伸ばし、ベランダに向けて身体を倒した。足元で小枝の折れる音が響いたが、両手はしっかり手すりを掴んでいる。足を地面から放して両手で手すりにぶら下がった。腕に力を込め、力いっぱい懸垂しようとするが身体が重い。寒さの中で冷や汗が滲む。ピアニストと修太、弥生とオシショウの顔が闇の中に浮かんでは消えた。


水道記念館の二階、北向きの会議室に八人の男女が集まっている。天井が高い瀟洒な造りの一階と比べ二階の天井は低い。電気が停まっているため、ランタンの侘びしい灯りが天井を照らしている。足元は闇が占めていた。学校の教室ほどの広さがある部屋の中心にどっしりした樫材のテーブルが置かれ、十脚の布張りの椅子がテーブルを囲んでいる。

「煙草はやめてくれないか」
一番奥の椅子に座ったピアニストが冷たい声で注意した。慌てて卯月が煙草をもみ消す。ピアニストも横に座る修太も憔悴しきった青白い表情だ。暗く沈み込んだ雰囲気の中で、北側の隅に椅子を持ち出して座るオシショウだけが素知らぬ顔で目を閉じていた。取り澄ました声で卯月が話を続ける。

「軍事担当としては、計画は成功だったと断言できる。無人の市役所でエレベーターだけを派手に爆破できた。最高のデモンストレーションになったと思う。爆風も拡散せず、計算どおりエレベーターの通路をまっすぐ駆け上った。後は爆発のどさくさに紛れて戦闘員が逃げるだけで済んだんだ。すべてうまくいくはずだった」

「何を言うか。二人も死んでいるんだ。何が成功だ」
苛立った声でピアニストが卯月を叱責した。
「そう、二人とも俺の部下だ。水曜日と金曜日を殺したのは弥生だ。なぜ警備員が現場に来たんだ。前日の会議で、警告はしないことになっていたはずだ。なぜガス会社をかたって警告したんだ。余計なことをしなければ、二人は死なずに済んだ。弥生の独走としか言えない。俺は断固、懲罰を要求する」
うつむいて椅子に座っている弥生を憎々しげに見て、卯月がまくし立てた。卯月の弁明を無視してピアニストが修太を叱りつける。

「修太、お前の指揮にも問題があったんじゃないか。内部の人為的なミスが一番怖いと、あれほど言っておいたろう。まるで手術道具を体内に置き去りにしてしまったようで話にもならない」
「ピアニストが興奮しても始まらないよ。もうシュータは犯罪者として追われるだけだ。みんな一蓮托生だよ。どんな滅び方をすればよいかが問われているんだ。今後の計画を考える以外に道は残されていない」
意外に冷静な声で修太がピアニストを諫めた。肩を怒らせていたピアニストが小さくうなずく。部屋に沈黙が満ちた。睦月が間合いを計ったように腰を浮かせて口を開く。

「でも、今後の計画を立案する前に内部的なけじめは必要よ。弥生に不祥事の総括をさせる必要がある」
小柄な身体をテーブルに乗り出すようにして睦月が弥生を見つめた。全員の視線が弥生に集まる。顔を上げた弥生が震える声で答える。
「何の申し開きもできません。私の状況判断が甘かった。死傷者を出さないことだけを考えて警告したが、逆の結果になってしまった。二人の死は今後の行動で償いたい。どうぞ懲罰をお願いします」

「処刑だ」
卯月の罵声が飛んだ。弥生の切れ長な目元が震える。
「馬鹿なことを言うな。卯月、いい加減に冷静になれ。だが弥生は懲罰を免れない。司法担当の極月の意見を聞こう」
ピアニストが落ち着いた声で言って全員を見回す。弥生の横に座った極月が感情を抑えた声で答える。
「戦闘員を死なせた責任を問われたケースはありません。従って前例はないわ。でも、シュータの懲罰で一番重いのは反省です。これまでの最高の罰は反省三日間」

ピアニストが腕を組んで目をつむった。そのまま吐き出すように言葉を投げる。
「オシショウ、決断を聞かせてください」
「反省でよかろう」
つまらなそうに目をつむったオシショウが、つぶやくように言った。
「期間は何日です」
自分の職務を遂行するために、極月が反射的に尋ねた。
「二か月間にする。極月はすぐ執行にかかれ」
ピアニストが立ち上がって即答した。オシショウを除く全員が息を呑んだ。これまで三日間しか科されたことがない懲罰が二か月も続くのだ。だが、後二か月間がシュータに残されているかどうか誰にも分からない。シュータが滅びるまで、ずっと懲罰が続くかも知れなかった。弥生の肩が落ち、端正な唇がきつく引き締められた。

「これでけじめは着いた。極月と弥生を除いた者は僕の回りに集まってくれ。今後の計画の概要を説明したい。一階で見張りに就いている如月も呼んで欲しい」
ピアニストの声で席の移動が始まる。入口のドア近くに座った弥生と極月を残して、全員が北側の奥に移っていった。室内を見回してから、静かに立ち上がった極月が弥生の後ろに回った。

「みんな忙しくて、懲罰の執行を確認している暇はないわ。オシショウとピアニストの命により私の責任で執行します。弥生、立ちなさい」
「はい、お願いします」
凛とした極月の声で、素早く立ち上がった弥生がはっきり答えた。
「弥生、シュータを攪乱した罪で懲罰を科す。今日から二か月間の反省を命じます。素っ裸になって反省の準備をしなさい」
「はい、懲罰をお受けします。十分に罰してください」

神妙に答えた弥生が服を脱ぎ、下着をとって裸身を晒した。鍛え上げられた美しい肌がランタンの光に白く輝く。
「足を大きく開きなさい」
「はい」
命じられたとおりに弥生が両足を左右に広げた。長い足が震え、ランタンに照らしだされた股間で反射光が輝いた。二枚の陰唇の先でブラッドストーンのピアスが光っている。左耳のピアスとお揃いの暗い血のような石だった。

「二か月の反省期間中は、肉体を惜しむための飾りは必要ない。股間のピアスを外します。弥生の証として耳のピアスだけは許す」
股間に屈み込んだ極月の作業がしやすいように、弥生は股間を前に突き出す。眉間が苦しそうに中央に寄せられ、陰唇を飾った二つのピアスが取り外された。

「反省の装具を付ける」
極月が宣言し、テーブルに載せてあった黒いアタッシュケースを開けた。中から直径二センチメートルの金色のリングを取り出し、弥生に差し出す。
「反省の気持ちを込めて、陰門を封鎖しなさい」
金色のリングを両手で押し頂くと、冷たい金属の感触が手から下半身へと伝わる。ブルッと裸身を震わせた弥生がリングを開いた。中腰になって二枚の陰唇に空けたピアスの穴に慎重にリングを通す。そっとリングを閉じると、カチッという金属音とともに左右の陰唇が繋ぎ合わされた。思わず背筋が震えた。股間にぶら下がったリングも無様に揺れる。金色のリングがランタンの光を浴びて陰毛の間で輝いていた。情けなさと恥ずかしさが全身に込み上げ、白々とした裸身がピンクに染まった。

「両手を前に出しなさい」
命令に従って前に差し出した両手首に銀色の手錠がはめられた。手錠というより手枷といった方がよいほど鎖が短い。
「さあ、反省のポーズをとりなさい」
命じられた弥生が数歩を歩き、黒い板壁の前に立った。ゆっくり腰を下げて中腰になる。左足を窮屈に曲げて手錠で繋がれた両手をまたぐ。続いて右足でまたぐと、手錠で戒められた手首が膝の裏側に回った。手錠の鎖が短いため、尻を潜らせて後ろ手錠にすることはできない。腰を屈めて尻を突き出したユーモラスな格好でいるしかなかった。そのまま正座するのが反省のポーズだ。正座といっても、頭を床に着けて高く尻を突き出していないと、膝の後ろに回された両手が手錠で痛む。恥ずかしさを我慢して壁に向かって頭を下げ続けるしかなかった。性器や肛門はおろか、陰部全体が丸見えだった。二枚の陰唇を繋いで陰門を封鎖した金色のリングが陰惨に輝いている。

「規則だから肛門栓を装着する。排便時間は毎朝七時から三十分間。その間しか栓は外さない。規則正しい生活のため我慢しなさい」
極月が宣告し、長さ十センチメートルの金属棒を持って、高く掲げられた尻の後ろに屈んだ。棒の太さは親指ほどもある。

「覚悟はできています。挿入してください」
答えた弥生が窮屈そうに両足を開き、尻の割れ目を一層高く掲げて下腹の力を抜いた。尻に当てられた金属棒の冷たい感触が肌に鳥肌を立たせる。極月が金属棒の先を肛門に割り入れ、指先に力を入れた。ウッという呻きが弥生の口を突く。ピンクの粘膜の奥に深々と金属棒が挿入された。棒の根元のビー玉ほどの突起だけが尻の外に残されている。極月が丸い突起に小さな鍵を入れて回すと、肛門の奥で金属棒が漏斗状に膨れ上がった。漏斗の底辺は五センチメートルもある。決して抜き去ることはできない。ピアニストの指示で冶金工学科の信者が開発した恐ろしい装具だった。形状記憶合金で造った金属棒が僅かな電流の刺激で四倍に膨らむのだ。鍵を入れてスイッチを切らない限り形状が変わることはない。弥生の下腹部を屈辱感が襲う。たまらない恥辱が肛門を刺激し続ける。
「懲罰のスケジュールは落ち着いてから決める。今夜は就寝の指示があるまで反省のポーズでいなさい」
「はい」
情けない格好で弥生が答えた。仕事を終えてピアニストたちの輪に戻っていく極月の気配を背中に感じながら、弥生は二か月続く反省に耐えられるだろうかと不安になった。だが信仰への飽くことのない精進だけが、きっと懲罰を乗り越えさせてくれると思い直す。弥生は恥ずかしさを我慢して剥き出しの尻を高々と宙に掲げた。


ピアニストを中心にして、修太、睦月、如月、卯月、極月の六人の幹部が北側の奥で輪になって小さな声で話し合っている。弥生は入口ドアの横の壁に向かい、素っ裸の尻を晒して反省のポーズを続けていた。オシショウも輪から離れて南側の椅子に陣取り、相変わらず居眠りをしている。

突然「キャッ」という女の短い悲鳴と、人の揉み合う音が外のベランダから聞こえてきた。ピアニストの周囲が殺気立ち、睦月が素早くランタンを消した。全員が次の物音に備えて聞き耳を立てる。静けさの中で、ベランダに通じるドアの開く音が大きく響いた。

「俺だ、霜月だ」
廊下から押し殺した声が呼び掛けた。部屋中にホッとした空気が流れ、睦月が再びランタンを灯した。明るさの戻った会議室のドアが大きく開かれ、後ろ手にされたMが霜月に突き立てられて入ってきた。

「Mっ」
ピアニストと修太が同時にあきれ返った声を上げた。
「何だ、二人の知り合いなのか。俺が山伝いでやってきて崖から二階のベランダを見渡すと、ちょうどこの部屋の西側に潜んでいたんだ。チェックを入れてよかったよ。もっと見張りを厳重にした方がいい。武器は運んできた。これからは戦争だぜ」
兵器担当の霜月が野太い声で言って、レスラーのような手でMを会議室の中央に突き出す。Mの足元が危なくふらつく。すぐ体勢を立て直し、部屋の奥に集まっているメンバーの顔を見渡した。後ろ手にかけられた手錠が大きな音を立てる。

「ピアニストも修太も、オシショウもいるわね。みんな死なずに済んだのね。弥生が見えないけど、全員揃っていて安心したわ。さあ一緒に警察に行きましょう。もう足掻いたって無駄よ。二人も死んでいるんだから覚悟を決めなさい」
Mの鋭い声が部屋中に満ちた。

「ハハハハハ、Mはいつも僕たちの邪魔ばかりする。でも、今回は遅すぎたね。霜月の言うように、もう戦争が始まっているんだ」
ピアニストの陰惨な笑い声が会議室に響いた。
「ピアニスト、声が大きすぎるよ。山岳アジトに移るまでは、ここにいなくちゃならないんだ。Mも静かにして欲しい。葬儀社の社員の出る幕はない」
修太の皮肉な声がMを刺激した。大きく胸を張って再び口を開く。
「山岳アジトですって。子供の遊びと同じじゃない。でも人が死ねば遊びでは済まないわ。修太、ピアニスト、そしてオシショウも警察に行きましょう。弥生もきっと後から自首をするわ」
大声がまた部屋中に満ちた。怒りで顔を真っ赤にしたピアニストが椅子から立ち上がり掛けると、居眠りをしていたはずのオシショウがいち早く立ち上がった。

「Mさん、この場所には因縁があるね。わざわざ来てくれてありがたいよ。だが、ご覧のとおり弟子たちは世事で忙しい。私がお相手しよう。弥生も、ちゃんとMさんの後ろに控えているよ」
オシショウの声でMが振り返った。今入って来たばかりのドアの横に、黒い板壁を背景にした白い尻が見えた。陰門を封鎖した金のリングと、肛門からのぞいている銀色の棒が目を打った。Mの視線を意識して、剥き出しの尻は微かに震えている。驚愕がMの全身を捕らえた。大きく目を見開き、信じがたい光景を見つめた。途端に怒りが込み上げてきて、掠れきった叫びが喉を走る。

「弥生になんてことをするの。あなたたちの仲間でしょう」
「M、大声を出さないで。私が望んで懲罰を受けているのよ」
即座に弥生の声がMを遮った。熱く燃え上がった怒りに冷水を浴びせるような響きだった。白い尻の後ろから発せられた言葉が、Mに現実を理解させる。もはやMはシュータの虜囚に過ぎなかった。後ろ手を戒めた手錠が肌に冷たい。

「やっと冷静になってくれたようだね。Mさんの処遇は私が考えよう。ピアニストたちはそのまま計画を詰めなさい。私の方は極月が手伝ってくれればいい。さあ、また仕事だ」
オシショウの一声で会議室に秩序が戻った。ピアニストを中心にした六人の輪では、新たに加わった霜月が大きなバッグを開けて一人一人に銀色に光るリボルバーの拳銃を配った。機械工学科の信者たちが研究室で造った銃を下宿から運んできたのだ。手作りだが精巧で丁寧な造りだった。六人の表情が見る間に引き締まり頬が赤く昂揚した。ドアの横ではオシショウと極月が、裸でひざまづいている弥生を挟んでMと向かい合っていた。

「Mさん、弥生の言葉を聞いたろう。弥生は致命的な失敗をしたが、自ら懲罰を望み、もう一度自分を鍛え直そうとしている。滅びるのには惜しい覚悟だ。二か月の懲罰が終われば見違えるほど逞しく、美しくなっているはずだ。Mさん、あなたは美しい。しかし、美しさを惜しむ努力を何一つしていない。せっかくの機会だ。弥生に倣って精進してみたらどうかね」
今やオシショウが権力を持ってMに臨む。Mは後ろ手錠のままきつく唇を噛んだ。負けるわけにはいかなかった。
「お断りするわ。私は惜しむものなどない。惜しまれる必要もない。普通に暮らすことだけが望みよ。でも、どう見ても私はシュータの虜のようだ。あなた方の暴力には屈しないが、試練を避ける術はないようね」
オシショウが横に立った極月に目配せした。極月がMの背後に回る。

「実にもったいないことだ。これほど勧めても覚醒しないとは情けない。仕方ない、神ながらの道の名において私が処遇を決める。異論はないね」
オシショウの駄目押しの声が響いた。Mを見据えた目が怪しく光る。
「正常な論理が通るとは思えない。どうにでもするがいいわ。だが屈服はしない」
毅然とした答えがMの口を突いた。オシショウの威嚇を押し返すように大きく胸を張る。

「Mをシュータの虜囚とする。処遇は反省。二か月間弥生と同等に扱う」
宣告の声が冷たく流れた。背後にいる極月がMの後ろ手錠を外す。
「M、裸になりなさい」
命じる声が背中に落ちた。うなずいたMの目に、高く掲げられた弥生の尻が映った。また無様な姿を晒すのかと思うとうんざりする。それも鍛え上げられた裸身の横に晒されるのだ。黙って都会に帰ればよかったと、悔いが喉元まで込み上げてきた。だが、ここまで来た以上、行くところまで行かなければならない。Mは黙ってスーツを脱ぎ、セーターを脱いだ。豊満な裸身がランタンの灯に浮かび上がる。オシショウが唾を呑み込む音が聞こえた。Mは素知らぬ振りで、テーブルに置いたセーターの上から祐子の織ったスカーフを取った。素っ裸の首にスカーフを結ぶ。
「オシショウ、決して屈服はしないが抵抗もしない。スカーフを巻くことを許して欲しい。思いのこもった品なのです」
怪訝な顔のオシショウがそれでも大きくうなずいた。極月が手錠を持ってMの前に立つ。Mは両手を揃えて前に出した。銀色の手枷が厳しく両手首を拘束した。

「壁の前に行って片足ずつ手錠をまたぎ、弥生のように反省のポーズを取りなさい」
命じられるまま、Mは弥生の横で壁に向かって立った。苦しい中腰の姿勢になって、片足ずつ手錠で戒められた両手の間に潜らす。豊かな乳房と腰の回りの肉がスムースな動きを意地悪く妨げる。やっとの事で尻の下に収まった両手を無理に下げて正座した。頭を床に着け、豊かすぎる尻を思い切り突き出しても太股と胸が全身を圧迫する。

「極月、よく二人を比べてみるがいい。同じような背格好だが肉付きの違いは一目瞭然だ。鍛え上げた弥生の裸身は小さく屈めても美しい。それに引き替え、Mの身体からはみ出たぶよぶよの肉塊を見ろ。普通にしていれば分からないが、こうして反省のポーズを取らせれば逃げ隠れできない。贅肉がつきすぎて、尻の大きさなど倍も違う。惜しまれるはずもない裸身だ」
オシショウの言葉がMの身体を貫く。カッと血が全身を逆流する。白い裸身が真っ赤に染まった。

「ほら極月、白豚が赤豚になった。みっともない。早く肛門栓をしてしまえ。黒ずんだ汚い尻を厳しく戒めてやるのだ」
Mの尻に冷たい金属が触れ、奥深く肛門を割って挿入された。やがて体内で金属棒が漏斗状に開く不気味な感触が下半身を圧した。
「極月、陰門を封鎖する穴も開けなさい」
オシショウの言葉に従って、極月が太いディスポーザブルの注射針を二本用意した。極月はアルコールを湿らせたガーゼを持って、高く掲げた尻の後ろに屈み込んだ。大きく割り開かれた尻の割れ目に手を伸ばし、二枚の陰唇を摘み上げる。アルコールで丁寧に消毒した後、無造作に注射針で粘膜を刺し貫く。Mの口が苦痛で歪んだ。全身を二度、鋭い痛みが走った。陰唇に開けた穴に細いビニールパイプを通してから、極月が立ち上がって平然と言う。
「オシショウ、一晩経てば陰門をリングで封鎖できます」
「それはよかった。Mも弥生と同様、精進の道がたどれる」
何がよいものかとMは歯を食いしばり、悔しさのあまり尻を左右に振った。猛り立った熱い尻が冷たい弥生の尻に触れる。引き締まった素肌の感触が柔らかな尻を通して全身に伝わる。苦い嫉妬がMの胸を締め付けた。

「一週間もすれば、Mにも修行のありがたさが分かるだろう。M、十分反省しなさい。弥生もよく指導してやれ」
「はい」
Mの横で弥生が答えると、オシショウは極月を従えて満足そうな足取りでピアニストたちの所へ去って行った。弥生が尻を動かし、股間からあたりに人影がないか見回す。近くに人がいないことを確認してから遠慮がちに小声で話し掛ける。

「M、二か月は長いわ。頑張ってね。この懲罰はシュータでも三日間しか続けたことがないの」
「弥生が三日を耐えたの」
「いいえ、私は懲罰を受けるのは初めて。でもきっと耐え抜いて甦ってみせる。私は希望がないMが心配なの。この懲罰はまるで拷問だものね。辛くて恥ずかしいわ。希望がないと、とても二か月は耐えられない」
「私には希望なんてない。どんなときもその場その場で頑張ってきた。でも今は、弥生のような若い肉体に比べられて戸惑っているの」
「私の身体など気にしなくていいのよ。Mは、Mにとって滅びが惜しいように鍛えればいい。神ながらの道は相対的なものよ。凄く科学的な教えなの」
弥生の言葉を聞いて、Mは黙り込んでしまった。この信仰は既に二人の命を奪っているのだ。きれい事で済むわけはなかった。説教が空しく耳に響いた。
二人は反省のポーズを二時間続けた。素肌を深々とした冷えが押し包む。もう夜明け近い時刻に思われた。部屋の奥で小声で続けられていた会議が一段落し、大きく伸びをする数人の声が会議室に響いた。

「もうじき夜明けだ。見張りは二時間交代で厳密にやれ。今日の予定のない者は静かに眠ってくれ。正午にレポの車が来るので、移動の準備がある者は警戒に警戒を重ねて行動して欲しい。次のミーティングは午後九時から。以上」
ピアニストの疲れ切った声が響き、修太の声が続いた。
「レポの車が出発したらすぐ、携帯電話でそれぞれの部下に移動の準備を整えさせてくれ」
特に必要と思えない指示だが、幹部を直接指導する修太の矜持が込められていた。椅子を動かす音がひとしきり響いた後、部屋に静けさが帰ってきた。音を潜めて数人が動き回る。霜月が最初の見張りとして一階に下りた。毛布を二枚抱えた極月がMと弥生の後ろに立ち、二つの尻を見下ろす。

「就寝の時間よ。二人とも反省のポーズを解いて壁に向かって立ちなさい」
弥生は器用に両足で手錠をまたぎ直して立ち上がる。Mは痺れきった身体を震わせながら、やっとの思いで片足ずつ手錠をまたいだ。弥生に一分も遅れてから壁に向かって立った。尻から太股にかけての筋肉が無様に震える。まるで贅肉が揺れているようで情けない。

「虜囚のMには逃亡の恐れがある。就寝の間は二人の肛門栓を鎖で繋ぐことにする。弥生はMをよく見張りなさい」
「はい」
弥生が答えると、二人の尻から飛び出た球体の突起が長さ一メートルの鎖でそれぞれ繋ぎ止められてしまった。

「弥生、肛門栓が似合うよ。味はどうかしら」
修太とともに近寄ってきた睦月が冷たい声で言った。
「きっと睦月が三日間、肛門に入れていた栓が当たってしまったらしいわ。お腹を壊しそうよ」
かつて無断で報道機関と接触した罪で、三日間の懲罰を受けた睦月の顔が怒りで赤く染まった。広報担当の立場から告発した弥生を、睦月は今持って憎んでいるのだ。

「そう、私は三日間だったけど、弥生は二か月。永遠に思われる時間を恥ずかしい格好で反省するがいいわ。股間のリングもよく似合っているわよ」
捨てぜりふのように言ってドアを開けた睦月の後ろで、修太がMに呼び掛けた。
「M、弥生に良く仕付けてもらってふやけた身体を鍛え直すといい。使用前、使用後のダイエット・モデルが並んでいるようでみっともないよ」
Mの頬が赤く染まったが、即座に言い返す言葉が浮かばない。不用意のまま、手酷く打ちのめされてしまったのだ。
「毛布は弥生の分が二枚あるきりよ。二人で工夫して使いなさい。一階に下りない限り行動は自由。後は弥生の良識に任す」

毛布を床に置いた極月が告げ、ドアから出ていった。女性と男性の部屋に別れるらしかった。二人は男性の部屋に残された。部屋の奥から好奇の視線が注がれてくるようで、Mは身体がむず痒い。
「M、休む準備をしましょう。肛門栓を繋いだ鎖の長さは一メートルしかないわ。息を揃えて一緒に行動しないと手酷く痛め付けられる。いい」
前手錠に戒められたまま壁の前に立った弥生が、同様の姿のMに小声で囁く。
「まず床にしゃがみ込んで毛布を取るの。一枚を床に敷き、もう一枚に二人くるまって寝ましょう」
Mに合図をして弥生がゆっくり屈み込んだ。二人の股間から垂れ下がった鎖が音を立てる。Mの動作が少し遅れた。一メートルの鎖が張り切り、二人の肛門を激痛が襲った。

「ウッ」
ぴったり息の合った呻きが二人の口を突いた。思わず苦笑が浮かぶ。Mと弥生は敷いた毛布に背中合って横たわり、もう一枚の毛布にくるまって寝た。背中の間を夜明け前の冷気が走り抜ける。どちらからともなく身を寄せ合い、背中をぴったり合わせた。Mの柔らかな背と弥生の引き締まった背の間を、お互いの体温が行き来する。思い切って足を絡ませ、お互いの尻を擦り寄せると肛門栓同士がぶつかり合って不気味な金属音が響いた。


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