3.拉致

十月下旬の日曜日の昼前、チハルは黒塗りのゲレンデヴァーゲンで忍山沢に分け入っていった。忍山沢は山根川に流れ込む数多い支流の一つで、山地の西に切り立つ山系に水源を発する一級河川だ。山地の人は「おしやま」と呼んだ。よく植林された山並みが、狭い沢筋沿いに延々と続いている。

すがすがしく晴れた日だったが、鬱蒼とした杉の巨木が密生しているため、舗装された林道の周囲は暗い。開け放したサンルーフの中に見上げる空だけが、底抜けに青かった。三十分ほど、道なりにくねくねと曲がりながら、急な坂を上っていくと突然視界が開ける。植林した杉林が果て、自然のままの山肌が広がっている。コナラやクヌギなどの黄ばんだ色彩の中で、真っ赤に燃え上がったカエデがひときわ目に映える。錦繍と呼びたいほどの秋景色だが、やはり山根川源流の紅葉には及ばない。手頃な沢にも関わらず人影のない理由だった。釣り人も滅多に入らない。決して魚影が少ないわけではないが、渓流にしては緩やかな流れが、雄壮な山根川に比して人気がない。しかし、チハルにとってはそれが好都合だ。特に山仕事の作業員がいない日曜日は最高だった。忍山沢はチハル一人のものだ。もうじき始まる猟期に向けて、猟場の下見をするのにちょうどよかった。比較的流れの緩い渓流はゲレンデヴァーゲンで遡上できる。猟のポイントを見付けるのに最適だった。興に乗って発砲したとしても、聞きとがめる者は誰もいない。チハルは助手席に置いたレミントンM1100を横目で見た。十二番口径のシェルを七発装弾でき、セミオートマチックで発射できる散弾銃だ。腕はクレー射撃で毎日磨いてきた。異常に繁殖して農作物を荒らすというイノシシを退治することを考えると腕が震える。違反を承知で今日は十発の実包を持ってきた。すでに三発は装填済みだ。だがチハルに猟の経験はない。ペーパーテストで狩猟免許を取得しただけだ。高齢者ばかりになってしまっていた猟友会は喜んでチハルを迎え、基礎から指導監督すると言った。銃の所持を管理する警察の目を気にして入会はしたが、チハルは会員と一緒に行動する気はない。何と言っても山地に住んでいるのだ。牽制される気遣いはなかった。口元に笑みを浮かべて、じっと渓流の先を見つめた。

五メートル先で道は分岐している。舗装した林道は忍山沢に架かる小橋を渡って大きく曲がり、コナラの枝が張りだした山腹を迂回して続いていた。もう一本の未舗装の枝道は、真っ直ぐ忍山沢に沿って下っている。チハルはスピードも緩めずにゲレンデヴァーゲンを一気に枝道に乗り入れた。フロントガラスから見えた枝道は、かろうじて車一台が入り込めるほどの広さだ。路面も荒れ放題で、瘤のようなギャップが連続している。チハルは激しいショックを覚悟してハンドルを握る両手に力を込めた。だが、さすがにゲレンデヴァーゲンのサスペンションは凄い。待ち構えたギャップにスムーズに追従し、凸凹を跨ぐように踏み越えていく。痛快だった。開け放った車窓から飛び込み、肩を掠める枝葉も気にならない。心持ち小鼻が膨らむ。得意の絶頂だった。見物する通行人がいないことがしゃくにさわるぐらいだ。今日のチハルは緑と茶、黒の三色で迷彩を施した野戦服の上下を着ている。足元はジャングルブーツだ。目深に被った黒いキャップの下でサングラスが光った。沢筋に沿ってしばらく坂を下ると道が果てる。大きな花壇ほどの砂地の先を渓流が洗っていた。川幅は六メートルほどあるが、対岸は山が迫り、岩場が続いている。谷は大きく開け、日の光が満ちている。紅葉した木々が目にまぶしい。チハルは砂地の上でゲレンデヴァーゲンを止め、車外に降り立つ。渓流のすぐ前まで行き、慎重に水深を計った。チハルのいる左岸の山裾はなだらかで岩も少ない。主流は対岸の巨岩の間を白い渦になって流れている。ドウドウと岩を噛む流れの音が耳を圧する。左岸の水際沿いに進めば、水深は深くても五十センチメートルほどだろうと見込みを立てた。再びゲレンデヴァーゲンに乗り込み、センターデフをロックする。これで完全な四輪駆動だ。少し緊張してゆっくり流れに進入した。フロントを洗う白い波頭が目の前に見える。車体を押し戻す水圧をアクセルでコントロールして、一定の速度を保つ。冷たい川風が渡っていくが、手に汗が滲むほど暑い。秋の透明な日射しを浴びた水面が乱反射し、サングラスで覆った目を責め続けた。時折水面を割ってイワナが宙に跳ね上がる。テリトリーを荒らしに来たチハルを威嚇しているようだ。今にもエンジンが急停止するような恐怖が胸を掠める。だが、黒いゲレンデヴァーゲンは順調に忍山沢の流れを遡っていった。

山腹に沿って大きくカーブを描く渓流を十五分ほど走ると、岩で覆われた対岸の二メートルほどの所に再び林道が現れた。渓谷の様相も変わる。これまでなだらかだった左岸が岩場になり、右岸が穏やかな山裾になる。複雑な地形が沢筋をもてあそんでいるようだ。チハルは慎重に渡河点を捜した。十五メートル先の対岸に、渓流に乗り入れたときと同じような砂地が見えた。流れも比較的穏やかに見える。ほっとした拍子に、林道の横の狭い退避場が目に入った。白いパジェロが止めてある。

「あっ」
チハルの口から驚きの声が漏れた。人が入っていないと確信していた忍山沢で見たパジェロは、幻影とさえ思えた。一瞬身体が弛緩した。途端にゲレンデヴァーゲンのスピードが落ちた。慌ててアクセルを踏み込み、周囲を見回す。戻した視線に岩場が見えた。林道に止まったパジェロからは斜め下方に当たっている。水際に張り出した台上の岩がテラスのように見えた。ちょうど日溜まりになった岩のベッドの上で、二つの裸身が絡み合っている。チハルは目を見張った。もう十メートルと離れていない。渡河する進路のすぐ下流に当たる。だが、ここで停車するわけにいかない。マフラーが水没すればエンジンも止まってしまう。露天でセックスを楽しんでいる二人が不注意なのだ。侵入者を我慢してもらうしかなかった。もっとも野外でのセックスの醍醐味は分からないわけでもない。チハルの口元に苦笑が浮かんだ。接近してくる車にやっと気付いた二人が上体を起こす。驚愕で目が大きく見開かれている。両手で乳房を隠した女の横で、男が立ち上がった。チョコレート色のしなやかな裸身だ。股間で屹立したペニスが反り返っている。外国人だった。

「キャー」
水音に被さる女の悲鳴に被さって、男の低い怒り声が響いた。意味不明だった。英語ではない。チハルは害意が無いことを示すように小さくホーンを鳴らした。だが、ホーンの音は男の怒りに油を注いだようだ。裸身を震わせてしゃがみ込み、足元の石を拾って振りかぶって投げた。金属音が響き渡り、石はボンネットに当たって跳ね返る。チハルはさらに進む。無理に笑いを浮かべて片手を振ったが、期待した反応はない。褐色の裸身が再びしゃがみ込んで、今度は猫の頭ほどの大きさがある岩を掴んだ。先が切り立った凶器のような石だ。その足で流れに踏み込んできた。チハルとの距離は三メートルしかない。怒り狂った目が大きく見開かれているが、肩と腕の筋肉が震えている。彼も怖いのだとチハルは思った。もう停車するしかない。チハルはハンドルを男の方に切って車体を斜めにした。AMG仕様のゲレンデヴァーゲンは、エキゾーストパイプが助手席のサイドステップの下に位置している。水流を被らない角度で停車するしかない。しかし男は、自分に向けられた車体を攻撃してくるものと誤解した。石の凶器を振りかぶって水を蹴り、嬌声を上げて運転席に迫ってきた。チハルは身体を捻って助手席のレミントンM1100を握った。素早く中腰になって銃口を外に向けた。

「フリーズッ」
大声で言って安全装置を外す。もう男の裸身は目前に迫っていた。荒々しい呼吸音がチハルの耳を打つ。振り下ろされた腕を見つめながら、指先の力を抜いて引き金を引いた。

ズガーン

狭い車内に銃声が響いた。散弾を腹に受けた男の裸身がガクンとのけ反る。振り下ろされた石の凶器が鋼鉄のドアを叩いた。チハルは連続して引き金を引いた。血しぶきが飛び散り、肉がはじけた。二つに裂けた裸身が水面に落ちた。

「キャー」

岩場から女の悲鳴が聞こえた。銃声の残響が耳でこだまするチハルには、虫の羽音のように小さく聞こえる。銃を持つ手が微かに震えた。また人を殺したと、冷静に理解できた。これで三人目だった。ボギーとの野外セックスの思い出と共に、殺人の記憶がチハルを一年前のロサンゼルスにつれていく。


昨年の五月二十六日の宵のことだった。ロサンゼルス郊外にあるボギーの屋敷はまだ薄明かりが残っていた。広い庭地の中央にあるプールで、チハルとボギーは汗が出るまで泳いだ。泳ぎ疲れると、火照った肌に汗と水滴をきらめかせてプールサイドに上がった。二人とも素っ裸だ。ボギーの漆黒の肌が、薄明かりの中で輝いている。巨大なペニスの先で、ピアッシングした金のリングが揺れた。リングに繋いだ長さ二メートルの細い鎖は、チハルの股間のリングと結ばれている。エネルギッシュに泳ぐボギーに、陰唇にピアッシングしたリングを引かれてついていくのは本当につらかった。小さな肩が荒い息に応じて激しく上下している。白い胸に盛り上がった、張りのある乳房がゆったりと揺れる。素肌を掠めていく風が心地よかった。チハルの正面に立ったボギーが、しなやかな両手を伸ばして尻を抱いた。大きな手で優しく双臀を押し開く。剥き出しになった尻の割れ目を風がなぶっていった。陰部が熱く燃え上がる感覚がうれしい。そっと目を閉じるとボギーが抱き締めてくれた。厚い胸板が顔を覆い、固い胸毛が頬に痛い。臍の上に押し付けられた、ぐんにゃりしたペニスが固く勃起してくる。チハルの鼻孔にボギーのきつい体臭が満ちた。至福の時が始まる予感に全身が震える。

チハルがボギーと付き合いだしたのは、ハイテクゲーム機メーカーのアメリカ子会社コスモス・アメリカの副支配人になる直前のころだ。西海岸で名高い証券会社のアナリストをしているボギーと初めて会ったのは、社債発行のアドバイスを受けにいったときだった。白人の現地支配人につれられて会ったボギーは、金融に知識がないチハルに親切に教えてくれた。支配人と接するビジネスライクな対応とは対照的だった。二人の間を人種問題が仲立ちしたといっても、あながち的外れではなかった。だが、セックスへと進む男と女の関係が始まるのに理由は要らない。週一度の情事は、そのころからごく自然に始まった。もう六年目になる。金融のトップビジネスマンのボギーは、白人との離婚歴のある三十五歳の黒人男性だ。驚くほど収入はあるが、自由になる時間は少なかった。二人の関係は週一度はおろか、月に一度も会えないことがあった。アメリカの女性には許されない仕打ちだったが、日本人のチハルには待ちこがれる時間もうれしい。その間は、チハルも仕事に没頭した。何よりもボギーを信じ、ボギーもチハルを信じていた。長い関係を続けられた裏には、それぞれ勝手に勘違いした文化の違いもあったかも知れない。長続きした、もう一つの理由が性の技法にあった。二人のセックスはいつも健康的だった。知り合ってしばらくしたころ、二人は揃って性器にピアッシングした。そのリングを鎖で繋ぎ合ったまま、ボギーの広壮な屋敷の庭で一緒に汗をかいた後セックスに興じた。運動不足の二人には、まるでアスレチックジムへ通うような感覚で、官能を楽しむことができた。野外のセックスは大らかで、豊かな官能を与えてくれたのだ。
立って抱き合ったまま、二人は濡れた身体で愛撫を続けた。チハルの膝が震えだし、股間に愛液が溢れる。
「もうだめ、我慢できない」
つぶやいてチハルが膝を崩した。ボギーが手を緩めて裸身を支える。チハルはプールサイドに敷いた分厚いタオルの上に手足をついて這う。頭を下げて高く尻を掲げた。辺りはもう闇が迫り、水銀灯の光だけが白と黒の裸身を美しく照らしだしている。漆黒の裸身が、白い裸身の背後から覆い被さる。巨大なペニスが体内に進入した。その圧倒的な質量がチハルの下半身全体を占有する。

「ムッー」
声にならないうめき声がチハルの口を突いた。ボギーが腰を使う度に、低く長い喘ぎが風に流されていった。二人が同時に官能の極まりに達した瞬間、エンジン音が響き渡った。反射的に前方を見ると、閉まっているはずの表門に続く百五十メートルのアプローチを、ヘッドライトを上向きにした車が突進してくる。凄いスピードで光は接近し、プール脇に駐車したボギーのロードスターに迫った。

ズガガッーン

耳をつんざく衝撃音が響き渡り、目前にあった赤いロードスターの上に黒いハーフトラックが乗り上げた。金属と金属がぶつかり合って真っ赤な火花が飛んだ。圧倒的な暴力を見つめるボギーの裸身がブルッと震えた。素早く身体を離し、後ろを振り返った。チハルも視線を巡らしてテーブルに置いたセキュリティーセットの端末を見る。グリーンのライトが点滅していた。屋敷の警報が解除されているのだ。チハルが訪れたときに開けられた門がそのままになっているはずだ。ボギーが小さく舌打ちをして立ち上がり、セキュリティーセットのスイッチを入れてキーボードを叩いた。赤いランプが点灯し、やっと屋敷が警戒態勢になった。しかし、もう遅すぎる。侵入者は目と鼻の先にいるのだ。素っ裸のチハルの背を恐怖が掠めた。思わず周囲を見回して武器を捜す。だが、無駄なことだった。武器を嫌悪するボギーは銃を持っていない。もはや侵入者の善意を期待するしかなかった。

「お楽しみの所を邪魔したようだな。でも、素っ裸でも信用は出来ねえ。二人とも両手を上げてプールの前に並ぶんだ」
嘲る声が響き渡り、二人の男がプールサイドに上がってきた。前を歩く男が右手に銀色に光る拳銃を握っている。強力な357マグナム弾を発射する、コルトパイソンの撃鉄は上がっている。銃口がボギーとチハルの顔を交互に狙った。チハルの膝が情けなく震える。
「よしっ、二人ともおとなしく両手を背中に回せ」
銃を持った大男が命じると、横に並んだ貧相な男が腰に吊した針金の束を外した。二人とも若い黒人だった。好色そうに裸身を見る目に、チハルは見覚えがあった。とっさに顔に出そうになる反応を必死に押し止め、正面を向いたまま両手を後ろに回した。確かに、ボギーの屋敷に来る寸前にダウンタウンで見た顔だと確信する。二人はいかがわしいバーの前の階段に座り、歩道を通り過ぎるチハルをじっと見つめていた。おいしいと評判の日本人の青年の店で、ボギーに食べさせようと餃子を買った帰りだった。日本人仲間の情報がなければ、チハルも足を踏み入れないような場所だった。恐らく、二人の侵入者はずっとチハルを尾行してきたに違いなかった。悔しさで奥歯を噛みしめたが、セキュリティセットが作動していなかったのでは仕方がない。彼らは開いていた門を通ってから、植栽の陰で日が暮れるのを待っていたに違いなかった。

チハルの背後に回った貧相な男が、高く盛り上がった尻を撫でた。おぞましさに身震いすると、すかさず両手首を針金で縛り上げられた。肌に食い込む針金の痛みに耐えきれず、ひきつった口から悲鳴が漏れる。
「チハルに乱暴をするな。今ならば許そう、早く帰れ」
ボギーの凛とした声が響いた。思わず横を見る。後ろ手に縛られた黒い裸身が首筋を正して胸を張っている。しなやかで美しい姿だった。
「ふん、萎びきったペニスを晒して威張るんじゃない。黙って金を出せば引き上げる。金を出さなければその場で殺す。俺たちのやり方はシンプルなんだ」
鼻の先で笑って言って、大男が銃口の先で垂れ下がったペニスの先をなぶった。ボギーの股間で長いペニスが揺れる。表情が屈辱で歪む。

「僕たちは素っ裸だ。財布を身に着けてないことは子供でも分かる。それに、母屋に行っても無駄だ。警報スイッチを入れてある。警備員が来ない限り、僕でも入れない。数分後には警備員が来る。無理に侵入すれば三分間で警察が飛んで来る。早く帰った方がいい」
震える声で、ボギーが吐き捨てるように言った。声に促された大男がテーブルで点滅するセキュリティセットの赤いランプを怖い目で睨んだ。憎々しげに唾を吐き捨ててから、一歩前に踏み出す。
「どうしても死にたいってわけか」
ボギーのこめかみに銃口を当て、低い声で威嚇した。冷たい鉄の感触が素肌を通して死を伝える。今更ながら激烈な恐怖が、ボギーの足元から胸元まで這い上がってきた。
「待てっ、待ってくれ。金はある。君たちが壊したロードスターの中に百ドルほど有ったはずだ。捜してみてくれ」
ボギーが言い終わらないうちに大男が銃口で頬を打った。暴発する恐怖がチハルの全身を満たし、とっさに目をつむった。だが、銃声は鳴らなかった。ボギーの長身が揺らぎ、口元から血が流れた。

「ビジネスは終わりだ。ひざまづけ」
冷酷な声で大男が命じた。チハルの膝が真っ先に崩れる。冷えたコンクリートの床に無様に剥き出しの尻をついた。ボギーがよろよろと膝を折りながら、祈るように訴える声が耳に響く。
「殺さないでくれ、お願いだ、金は後で届けるから、殺さないでくれ」
「もっと大きく口を開いて頼むんだな」
ボギーの訴えに大男が無慈悲に答えた。大きく開けたボギーの口にコルトパイソンの銃口を突っ込む。
「頼む」
喉の奥で声にならぬ悲壮な言葉が発せられた途端、銃声が轟いた。ボギーの後頭部が瞬時に吹き飛ぶ。チハルの裸身が返り血を浴び、白い胸に赤黒い斑点ができた。恐怖のあまり失禁した股間が温かく濡れる。見開いた目で一心に大男を見上げた。

「こ・ろ・さ・な・い・で」
激しく身悶えして、忘れていた言葉を思い出すように哀願した。

「女は殺しやしねえ。楽しむもんだ」
大男の答えで全身の力が抜けた。ほうけたように宙を見上げた目の前に巨大なペニスが差し出された。チハルは口を開き、醜悪なペニスを口に含んだ。後ろ手に縛られた不自由な身体で正座して、膝立ちになって舌を使った。ぐんにゃりとしていた肉の塊がゆっくり硬くなり、亀頭をもたげて勃起し始める。チハルの口は巨大なペニスではち切れんばかりだ。歯を立てないことだけに神経を集中して尊大にスライドするペニスを吸い続けた。

「這え」
ペニスが引き抜かれると同時に頭上から声が落ちた。チハルは縛られた無理な姿勢で床に這いつくばって尻を掲げる。乱暴に股間を蹂躙したペニスがすぐ引き抜かれた。
「こんなもんを填めやがって、変態女め」
憎々しい声が響き、太い指先が股間に吊したリングを摘む。陰部に激痛が走り、視界が真っ赤に染まった。引き裂かれた陰唇から血が滴り、生暖かい血の感触が太股を流れていく。荒々しく体内に挿入されたペニスの動きが、かろうじてチハルを失神から救った。巨大なペニスはチハルの下半身を占有し尽くし、いつ果てるともない往復運動を続けた。もはや痛みも屈辱も、憎しみさえ遠ざかってしまった。男の肉に反応する女の肉でしかなくなった身体が、三度目の絶頂を極めたとき大男が射精した。長く多量に放出される精液を体内に受けながら、チハルの裸身は細かく震え続けた。やっと大男が身を離すと、待ち兼ねたように貧相な男がペニスを挿入してきた。遠慮がちで下手なセックスが歯がゆいくらいだ。這いつくばったチハルの頭上に大男の笑い声が落ちた。去っていく足音が聞こえる。やがてエンジン音が響き渡った、貧相な男の身体がこわばり、射精したと思った瞬間ペニスが抜き去られた。ズボンを引き上げながら駆け去る後ろ姿が見えた。大男に取り残されると思ったらしい。タイヤのきしむ音が響き、ハーフトラックのヘッドライトの光が闇に流れた。尻を高く掲げたまま、プールサイドで這いつくばったチハルの全身から一気に緊張が去った。殺されずに済んだのだ。大きく溜息をつき、後ろ手に縛られた裸身を横たえる。横顔になった目にボギーの死体が映った。無惨に吹き飛ばされた後頭部が恨めしさを語っている。チハルの胸にもボギーの血が飛び散っている。たとえ命が助かったとはいえ、ボギーを殺した大男のセックスに三度も反応した自分が情けなくなる。官能の極まりを見せたことで、命拾いをしたと思うと全身が恥辱に染まった。チハルは全身の痛みに耐えて立ち上がった。改めてボギーの死体を見下ろすと、涙がこぼれた。これまで忘れていた涙だった。激しく裸身をおののかせ、声の限りに号泣すると全身に悲しさと怒りが満ちた。圧倒的な涙が悲しみを流し去る。怒りだけが全身に満ちた。チハルは後ろ手に縛られたまま走り出し、泣きながらプールを下りた。真っ直ぐ自分の車に向かう。

プールから十メートル離れたアメリカハナミズキの花の下に、銀色のゲレンデヴァーゲンが駐車してある。五百台だけ限定で生産された五リッターV8エンジンを積んだ装甲車のような車だ。ハイテクゲーム機を愛用するカジノのオーナーが無理矢理貸してくれたものだった。チハルはフロントバンパーの前で後ろ向きにひざまづいた。後ろ手を縛った針金の間にバンパーの突起を入れて縄目を切ろうとした。細い針金が手首に食い込み素肌が裂けた。鋭い痛みと血が流れる感触がしたと同時に、針金が切れた。痺れきった両手を大きく回しながら運転席にいき、刺したままのキーを取ってリアゲートを開けた。貨物室に置いた黒革の銃ケースを素早く開ける。黒光りするレミントンM1100を取り上げ、その場で七発の実包を装填した。運転席に戻ってエンジンをかけると同時に発進する。目的地はダウンタウンのいかがわしいバーだ。銃を持たなかったボギーと違い、チハルは武装している。暴力も厭いはしない。必ず二人を撃ち殺してやると心に決めた。重いアクセルを踏む素足に力を入れた途端に陰部が痛んだ。外灯の光に照らされた股間を見ると、精液で汚れきった陰部で、引き裂かれた陰唇から出血していた。白いレザーのシートに赤い血が滲んだ。

日曜日の夜のダウンタウンは思ったより交通量が少ない。歩道を歩く人影も疎らだった。夕方見たバーの前に、ロードスターを破壊した黒いハーフトラックが止まっている。やはり目星をつけたとおり、二人は店の常連だったのだ。チハルはスピードを落として通り過ぎながら、身を乗り出すようにしてガラス窓の中の店内をのぞいた。カウンターの中央に陣取ってビールを飲んでいる二人組が見えた。大男はスツールを回して通りの方を見ていた。一瞬目が合ったような気がしたが、すぐ通り過ぎてしまった。別に恐怖は感じなかった。膝に置いたレミントンを握り締めてUターンする場所を捜す。歩道を歩く人たちが目を丸くして運転席の裸身を見上げた。広くなった路上でハンドルを限界まで切って回転する。そのままアクセルを目一杯踏み込んで直進し、凄いスピードでハーフトラックに突っ込む。激突音が響き渡ったが、予想していた衝撃はない。さすがに装甲車並の車体だった。ゲレンデヴァーゲンのフロントはハーフトラックの荷台に半分乗り上げている。トラックの荷台は無惨に潰れ、リヤタイヤが外れていた。これで二人は逃げることができない。チハルは素早くドアを開けて路上に飛び降り、レミントンを下げてバーの入口に向かった。バーのドアが開き、血相を変えた二人が飛び出してきた。大男が憎しみに満ちた目を見開き、チハルの裸身を睨み付けた。

「またペニスを突っ込まれて泣きたくなったかい」
低い声が響き、大男の右手でナイフが光った。ボギーを殺したコルトパイソンはハーフトラックの中に隠したらしい。後ろに続いた貧相な男もナイフを抜いた。
「よう淫売、何とか言ったらどうだい。いつまでも素っ裸でいると風紀係のお巡りさんがパクリに来るぞ」
右手に下げたレミントンを認めた大男が、大声でチハルを挑発した。何とか隙をつくろうとしているのだ。チハルは黙ったままレミントンの銃口を上げ、銃を腰だめに構えた。大男の表情が蒼白になり、ナイフを持った右手を高々と振りかぶって口を開こうとした。

「命乞いは聞かない」
厳しく言ったチハルが引き金を引いた。

ズガーン

静まり返ったダウンタウンに銃声がこだまし、腹に散弾を受けた大男の巨体が後ろに飛んだ。チハルはなおも引き金を引く。路上に倒れ伏した二人の黒人の身体に七発の散弾を見舞った。転がった死体が見る間にずたずたになる。飛び散った血と肉片がチハルの裸身を汚し続けた。チハルの凄惨な顔に笑いが浮かんでいる。足元に青い蛍光塗料を塗った薬夾が七つ転がっていた。

チハルは殺人罪で逮捕されたが、結局正当防衛で無罪になった。陪審員が事件を一連のものと認めたからだ。アメリカならではの判決だった。逆にチハルは恋人の敵討ちをした英雄になってしまった。犯人が白人なら事情が違っただろうと思わないではなかったが、チハルはやるべきことをやったと確信した。しかし、コスモス・アメリカはその日のうちに退社した。チハルはアメリカの女性ではない。二人を殺した後では日本の会社には居られなかった。アメリカ人の勧めるとおり、二か月間を神経科の病棟で過ごしてからチハルは日本に帰国した。去年の夏の終わりのことだった。


チハルはレミントンM1100を手に持ったまま、忍山沢の流れに降り立った。冷たい水がジャングルブーツの履き口から染み込む。岩場に座り込んでいる全裸の女を一瞥してから男の死体を見下ろした。渓流には死体を押し流す力はなかった。男は撃ち倒された姿勢のまま流水に洗われていた。素っ裸の腹に三発の散弾を至近距離から撃ち込まれた死体は、とても正視できない有様だった。かろうじて砕かれなかった背骨が、二つになった身体を一つに繋ぎ止めている。褐色の肌を被った肉塊を絶え間なく流水が洗っていた。ぐしゃぐしゃになった肉の断面から、絶え間なく血が流れ出し、赤い水脈になって流れ去る。まるで水面が紅葉したようだ。赤い流れの中で揺れる白い内蔵が彩りに陰惨な色を添えている。無表情に死体を見下ろすチハルには、これといった感慨は湧かなかった。悔いもない。ただ、死体と残された女の処理が煩わしかった。死体を放置することはできないとチハルは思う。もちろん警察に通報する気もなかった。人を殺し慣れたのかなと、ふと思って苦笑を浮かべる。肩を揺すって空を見上げると、真っ青な秋空が広がっていた。生きている煩わしさが空しく映っている。チハルが肌を合わせた男はもう、生きてはいない。何となく死が親しいものに感じられた。荒々しい暴力が静謐な死を運んでくれるのだと思った。

峻険な山稜に挟まれた谷筋を照らす日は、すでに正午を過ぎたことを教えていた。進太と待ち合わせた午後三時まで、二時間余りしかない。もっとも山系を挟んで隣り合わせた谷筋にある待ち合わせ場所へは、忍山沢を遡上して山越えをすれば三十分で着く。一時間半が死体の処理に残された時間だった。白いパジェロの始末も考えなければならない。林道を登り詰めた先の砂防ダムに、車もろとも死体を沈めるのが一番効率的だった。女の処理は後で考えればいい。まず、できることから始めるしかないと決断した。チハルは改めて岩場の上に座り込んだ女を見た。全裸の女は剥き出しの乳房を隠すのも忘れ、ほうけた顔で岩肌に尻を着けている。閉じた股間から流れ出した水脈が、日射しを一杯に浴びた黒い岩肌を濡らしている。男が射殺された恐怖で失禁したに違いなかった。今も微かに全身が震えている。

「パジェロのキーを持って、こっちに来なさい」
チハルの呼び掛けで、女の顔に表情が戻った。細い目を大きく見開き、口を開けて驚きを示した。
「女なのね、信じられない。まさか、人殺しが女なんて、外国の兵隊かと思った」
かん高い声がチハルの神経に障った。恐怖の極限が去ったことで無能をさらけ出す。馬鹿みたいな女だ。

「もう一度だけ言う。キーを持って、ここへ来るのよ。女だって人は殺せる」
冷たく言って、右手に下げたレミントンの銃口を女に向けた。
「待って、殺さないで。服を着させて、それに水の中は冷たそうでいや」
とんまなことを平気で言った女を睨んで、チハルは立ち撃ちの姿勢で銃を構えた。電撃を受けたように女が立ち上がる。小柄だが、肉付きのいい豊満な裸身だ。

「お願い、撃たないで。私は博子。殺さないで。言うとおりにするわ」
震える声で言った女が渓流に下り、水を蹴立てて近寄ってくる。上を向いた豊かな乳房が大きく揺れた。薄い陰毛の間に大振りの性器が見える。歳は二十歳くらいだ。真っ先に名乗った事実が、チハルに世慣れた印象を与えた。他人につけ込むことが上手な証拠だ。

「まず、恋人の死体を見るの。望むならすぐ後を追わせてあげる。さあ、ちゃんと見るんだ」
厳しい声で言って博子の顔に狙いを付けた。蒼白な顔が醜く歪み、泣き顔になって嫌々をした。チハルは首を振って引き金に指先を当てた。
「見るんだ」
大声で命じると、博子は泣き声を上げて死体を見た。一瞬凍り付いたように裸身がこわばる。続けて全身でしゃくり上げて吐いた。吐瀉物が尽きても博子は吐き続けた。
「もういい。顔を洗って車に乗りな」
しばらくしてからチハルが命じた。博子は言われるままに流水で顔を洗い、おとなしく助手席に座った。絶対的な暴力は常に人を従順にさせる。チハルはボギーの屋敷に押し入った二人組に蹂躙された自分を思い出す。キュッと股間が疼くのが分かった。

「言うとおりにすれば悪いようにしない」
ゲレンデヴァーゲンを対岸に乗り入れ、林道に上がる坂を越える途中でチハルが言った。
「でも、きっと殺されるわ」
力のない声で博子が答えた。
「そうだとしても、死ぬまでは生きていられる」
意味をなさないチハルの言葉が博子に希望を与えた。今にも警察のヘリコプターが頭上に現れるような、妄想と言った方がよい期待が博子の脳裏に渦巻く。生きたいと思った。

チハルはゲレンデヴァーゲンをパジェロの後ろに止めた。博子を促して一緒にパジェロに乗り込む。狭い待避場でハンドルを三回切り替えして方向を変え、再び渓流に戻っていった。博子の話によれば、射殺した外国人は市の工学部に在籍する留学生だった。だが驚いたことに、博子は国籍すら知らなかった。父の経営するレストランでウエートレスとして働く博子が、男の膝に水をこぼしたのが付き合うきっかけだと言った。外国人のセックスに関心があっただけで、それも今日で二度目に過ぎないと他愛なく言う。パジェロは博子が父に買ってもらったもので、忍山沢へは登山好きの男が案内したと答えた。すべてがチハルに好都合だった。二人の失踪と山地を結びつける線はない。死体とパジェロを始末すれば、すべての痕跡が博子を残すだけで消えるのだ。

「さあ、仕事よ。殺されたくなかったら、死体と違うところを見せるんだね。嫌ならすぐ殺してやる」
渓流に乗り入れたパジェロを止めて、チハルが低い声で博子に呼び掛けた。博子の裸身がすくみ上がる。助手席のドアを開けて降りるのを確認してから、チハルも水面の上に降り立った。車体の後部に回ってリアゲートを全開にする。貨物室の中には驚くほど何もない。置き傘と運動靴、二冊の読み捨ての雑誌が荷物のすべてだった。アウトドアの必需品など何一つ無い。若い女が四輪駆動車を乗り回しても意味がないことを荷物室が証明していた。だがそれも、今の場合はありがたい。遠ざかって見つめている博子を尻目に、チハルは腰のベルトに吊った大型のハンティングナイフを抜いて死体の横に屈み込んだ。二つに撃ち砕かれた胴体からは、いまだに出血が続いていたが、それももう僅かだった。ぐしゃぐしゃになった腹から流れ出た内蔵を根元からナイフで切断する。鋭利な刃先が動いて日に輝く度に、断ち切られた内蔵が流れ去っていく。汚物の臭気が鼻孔を襲った。その汚物も内蔵もすべて、山根川に合流する前に冬を迎える魚たちの餌になるのだ。

「さあ、ぐずぐずしないで足を持つの」
手に持ったナイフを博子の顔に向けてチハルが命じた。一瞬足がすくんだ博子が諦めた顔で屈み込み、二つに裂けた死体の両足を持った。チハルは無造作に両脇に手を回して死体を持ち上げる。チハルの腰の高さまで持ち上がった死体をパジェロのリアゲートに押し込もうとした瞬間、死体の背骨が大きい音を立てて折れた。両足を持って顔を背けていた博子が、チハルの動きについていけなかったのだ。チハルの両手に上半身の重みが全部掛かった。足を踏ん張って堪えようとしたとき、川底の水苔で靴が滑った。チハルは仰向けに渓流に倒れる。頭から水没し、視界が途切れた。水を吸い込んで咽せながら博子の攻撃を覚悟した。素早く水中で横に転がり、腰のナイフを引き抜いて構える。水で揺らめく視界に、ぽかんとした顔で立ちすくんでいる博子が映った。口元に笑みを浮かべている。無能な女の前で身構えた自分が恥ずかしくなってしまう。今度は二つになった死体を慎重に持ち上げて一人で荷物室に積んだ。びしょぬれになった野戦服が肌に張り付いて不快だった。腹立ちをあらわにして運転席に乗り込むと、博子が慌てて助手席に座った。岩場で拾い上げた二人の衣服も荷物室に積み込み、渓流を後にして林道に上がった。ゲレンデヴァーゲンの前の林道の中央にパジェロを止めて、エンジンを切った。

「ここから博子が運転するんだ。二十分ほど坂道を上ると砂防ダムに出る。ダム湖の奥まで行ってから車を止めるの。道は一筋だから迷うことはない。後から私が続いていることを忘れない方がいい。分かったかい」
博子の横顔を見つめて告げると、大きくうなずき返してきた。やっと一人になれ、自分のパジェロをまかされるうれしさが全身に滲み出ている。危険な兆候だった。だが、他に方法はない。パジェロで一緒にダム湖まで行き、帰りの一時間を歩く気にはなれなかった。すでに人目が無いことに賭けているのだ。今更、些細な危険を避けるには一切が遅すぎた。チハルは博子の目の前でレミントンM1100に五発の実包をゆっくり装弾して威嚇する。
「いいね、変な素振りが見えたらすぐ銃撃する。私がホーンで合図してから発車するんだ」

博子が大きくうなずくのを確認してから路上に降り立ち、ゲレンデヴァーゲンの横に立った。パジェロのリアウインドウから運転席に移る博子の裸身が見えた。チハルは急に濡れそぼった野戦服が気になる。白い本皮シートを濡らすのもいやだった。服を脱いで裸になることに決めた。レミントンをゲレンデヴァーゲンに立て掛け、無造作に幅広いベルトを外して、上着を脱ぎ去る。黒いタンクトップも濡れていた。迷いもなく脱ぎ捨てると、引き締まった白い胸があらわになった。盛り上がった乳房の上に細かい水滴が浮いている。続いてズボンを脱ごうとした。裾をジャングルブーツに潜らすのに手間取っていると、パジェロのエンジン音が鳴り響いた。バックミラーで服を脱ぐ姿を見つめていた博子が、チハルの隙を突いたのだ。両足首まで下ろした濡れたズボンのお陰で、チハルは両足を縛られているのと同じだった。無様に尻を後ろに突きだし、両手でズボンの裾を引っ張っている。しまったと思った瞬間タイヤが鳴り、パジェロが発進した。チハルの口に苦笑が浮かぶ。やっと脱ぎ去ったズボンと上着を丸めて素肌の水滴を拭ってから、運転席に座った。慎重にシートベルトを装着してハンドルを握る。アクセルを踏み込むと力強くタイヤが路面を噛んだ。うねうねと続く坂道を十分ほど走ったころ、前方のカーブに切り込んでいくパジェロのテールが見えた。やはり博子の運転は下手だ。追いつくのは簡単だった。チハルが唯一怖れたのは博子が車を捨てて山に逃げ込むことだった。だが、町育ちの博子に素っ裸で山に分け入る勇気はない。後は事故を誘発させないように注意して、ゆっくり追尾して行くだけだった。

やがて沢の前方に、コンクリートで固めた砂防ダムの堰堤が見えてきた。道は大きくカーブしてダム湖の左岸に回り込む。左側は鬱蒼とした広葉樹林が黄色くなった葉を広げている。右側は切り立った崖で、三メートル下に黒々とした湖水が広がっていた。パジェロは直線に近い道を、スピードを上げてダム湖の奥に進む。だが、空しく急停止するブレーキ音が静けさの中に響き渡った。ダム湖に開いた道の先は赤い車止めで閉じられていた。ダム工事のための取り付け道路が終点のダム湖で途絶えたのだ。ゆっくり追尾していたチハルも、笑いを浮かべて停車した。悔しがって歯ぎしりする顔が見えるようだ。シートベルトを外そうとすると、五メートル前で止まったパジェロがいきなりバックしてきた。追突の衝撃がチハルを襲った。シートベルトが素肌に食い込む。必死にブレーキを踏み込んでパジェロに抗う。諦めたようにパジェロが前進する。再びバックして追突してきた。今度の衝撃は弱い。チハルもアクセルを踏み込む。二台のエンジン音が轟いたが、ゲレンデヴァーゲンが勝った。パジェロのエンジンが止まり、じりじりと後退していく。ついに車止めまで追い詰められたパジェロの運転席が開き、博子が飛び降りて走り出す。続いて車を降りたチハルの裸身が後を追った。山に逃げ込もうとする寸前で博子に追いつき、大きな尻をジャングルブーツで蹴り上げた。ひとたまりもなく裸身が倒れ伏す。淫らに上下する白い尻をチハルが無慈悲に踏みにじった。博子が悲鳴を上げる。
「ごめんなさい。二度としません、殺さないで、ねえ、殺さないでください」
鳴き声で訴える博子を荒々しく引き起こし、ゲレンデヴァーゲンのリアゲートの前に追い立てていった。

「縛り上げるしかないようね。これから山を下りるんだから、反抗できないように厳重に縛る。さあ、背中に両手を回しな」
荷物室のコンテナから取り出した麻縄を持って、怖い声でチハルが命じた。博子が震える手を背中に回す。ざらついた縄の感触が博子の素肌を縦横に這った。菱縄後ろ手縛りに緊縛されたふくよかな裸身が、厳しい縄目に泣く。股間を縦に縛った二本の縄が性器を挟んで厳しく陰部に食い込んでいた。股が切れる恐怖で博子は身動きもできない。
「荷物室に上がって胡座をかくのよ。早くしないとその格好で殺す」
威嚇の声に急かされて、博子は縄目の痛みに泣きながら荷物室に上がった。チハルが狭い室内で無理に胡座をかかせる。交差した両足首を縛り上げ、伸ばした縄尻を首の両脇を通して後ろ手に繋いだ。ゆるい海老責めにした裸身を点検してからリアゲートを閉めた。なぜ博子を殺さなかったのかチハルにも分からない。関係が深まりすぎて殺せなかったのかも知れないし、生け捕りにした獲物をこれから会う進太に見せたかったのかも知れなかった。どちらにしろ危険なことに変わりはない。しかし、チハルはもう三人の命を奪っていた。これ以上危険なことがあるなら体験してみたいとさえ思う。たまらなく荒んでいく心が愛おしくてならなかった。引き締まった小柄な裸身を秋風が渡っていった。
チハルは後部が潰れたパジェロを崖っぷちに引き出し、ゲレンデヴァーゲンで押し出してダム湖に突き落とした。そのまま元来た道を下って渓流を遡航し、築三百年の屋敷がある谷間へと続く山越えの林道に入っていった。


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