4.監禁

築三百年といわれた屋敷の廃墟は、山を挟んで忍山沢と隣り合った谷間にあった。山根川沿いの街道へ続く道と、チハルが下ってきた山越えの細道が合流した先に、屋敷へ向かう私道が真っ直ぐ延びている。ちょうど三叉路になった交差点の中央にゲレンデヴァーゲンを止め、チハルは上り勾配になって長々と続く私道の奥を見つめた。鬱蒼と草が生い茂った、道とも見えないグリーンベルトの尽きるところに黒い固まりが見える。斜めに傾いだ茅葺き屋根を頭上にいただき、はげ落ちた白漆喰の下の土壁を露出している長屋門は、まるで秋の日射しを吸い込んで微睡んでいるように見えた。だがそれは、決してほのぼのとした風景ではない。郷愁も誘いはしない。林業で栄え、山地を支配した分限者の建造物は、町育ちのチハルに嫌悪と威圧感を与えた。近寄るものを拒絶する不遜な匂いがした。

「百姓の驕りだ」
小さく吐き捨てて、チハルはアクセルを踏んだ。直列六気筒のエンジンが吼え、草の波を押し分けてゲレンデヴァーゲンが突進する。瞬く間に二百メートルの私道を走破して門前に出た。フロントガラス越しに見上げた長屋門は、三叉路から見たときより損傷が激しい。破れた天井から巨大な梁が斜めになって地上に落ち、よそ者の入門を拒んでいる。チハルは三角形に開いた空間に無理矢理車体を突っ込む。フロントバンパーが落ちた梁に当たり、鈍い衝撃音が上がる。破れた天井から土くれが落下し、おびただしい埃が舞った。さしもの梁も落下するのかと身構えたが、堅牢な建造物はビクともしない。土くれを見舞っただけで、あっけなくチハルを通した。目前に屋敷の敷地が広がる。テニスコートが三面も取れそうな草ぼうぼうの平地の先で、築三百年の屋敷は廃墟となっていた。高さが二メートルはある、巨大な茅葺き屋根だけが住居の一切を押し潰して存在している。だがその屋根も苔むし、草が生え、今や膨大な蔦葛が猛威を振るって全体を覆い隠そうとしていた。蔦の先で早々と紅葉した真っ赤な葉が悲しい。屋根の背後に、まだしっかりしていそうな平屋の土蔵が二棟見えた。チハルは荒れ果てた庭の中央にある、大きなキンモクセイの葉陰にゲレンデヴァーゲンを止めた。エンジンを切り、ドアを開けて草の中に降り立つ。ジャングルブーツの上の剥き出しの脚を草の棘がなぶった。引き締まった裸身がブルッと震える。助手席に手を伸ばし、濡れた野戦服とベルトを引き寄せた。熱く焼けたボンネットの上に野戦服を大きく広げて干す。ハンティングナイフを吊った幅広い皮ベルトは、そのままウエストに回した。濡れた皮が素肌に冷たい。素っ裸のウエストが細すぎてベルトがずり落ちる。かろうじて腰骨で止まった。座席の裏側に手を伸ばし、大型のマグライトを握った。約束の三時までに、まだ十五分もある。進太が来る前に屋敷を点検しておこうと思った。まずリアゲートに回り、背伸びして荷物室をのぞき込む。海老責めになった裸身が、苦しそうに首を上げてチハルを見た。叫び出す気配はない。もっとも、叫んだところでどうなるものではない。チハルはつまらなそうな表情で崩壊した母屋に向かった。歩みに連れて白い尻が左右に揺れる。尻の上に回した黒いベルトが精悍な裸身を一層際だたせていた。


進太が築三百年の屋敷にチハルを誘ったのは、先週のことだった。ドーム館の裏山に造ったダートコースで、ゲレンデヴァーゲンの運転を教えていたときのことだ。左右に岩を配した上り坂の途中で、進太が唐突に話し掛けてきた。
「ねえ、チハル。忍山沢の先の谷間に築三百年の屋敷があるんだ。今は廃墟になってしまったというけど、昔そこで殺人事件があったんだ。チハルは聞いたことないかな。市でも有名だったって聞いたよ。その事件にMが関係していたんだってさ。僕は、山地に来てすぐのころに、近所のお節介な婆さんに聞かされたんだ。それで、Mに確かめたこともある。Mは珍しく口をつぐんで、怖い目で僕を見たんだ。それ以来、僕は事件のことは口に出さない。だから、山地に来て七年になるのに築三百年の屋敷に行ったことはないんだ。でも、キヨミ先生は、その屋敷の主にMと知恵遅れの少女が監禁されていたらしいって言うんだ。ねえ、監禁だよ。三十年も前のことだからMも若い。きっと怖かっただろうね。少女は殺されたんだ。まるでクーチャンみたいに」
進太の頬が興奮で赤く染まった途端、左のフロントタイヤが岩に乗り上げた。二人の身体が右に傾く。
「進太、ハンドルを握ったら運転に集中するのよ。もし崖道だったら、今ごろ谷底に真っ逆さまだ」
「ごめんなさい。急に築三百年の屋敷が気になってしまった。ねえ、一緒に行ってみようよ」
素直に謝った進太が、すぐ要求を出した。チハルの口元に苦笑が浮かぶ。進太が気になっているのは築三百年の屋敷ではなく、監禁という言葉に違いないと見当を付けたが、あえて口に出さない。

「さあ、ギアをリバースに入れて脱出しなさい。どうして先生は監禁なんて言ったのよ」
脱出と監禁という言葉を投げてやると、進太はすぐ飛び付いてきた。シフトチェンジもせずにチハルの横顔を見た。頬が赤くなっているのが分かる。
「虐めだよ。でも、僕じゃない。クラスの女の子が体育館の準備室に監禁されたんだ。いつもの悪ふざけさ。きれいでおとなしい子は男子の悪仲間に狙い打ちにされるんだ。その日も女子が準備室で着替えをしていたときに数人が乱入して、逃げ遅れたその子の体育着を奪って戸を閉めてしまったんだ。かわいそうに女の子は上半身裸だった。準備室の隅に後ろ向きでうずくまった姿を、のぞき窓から男子たちが代わる代わるのぞくんだ。あいにく次の時限が自習だったから、パンツ一枚の女の子は一時間も監禁されていた。僕は先生に通報しなかったといって、小学校のキヨミ先生にまで叱られた。虐められた子は、先生たちが僕に勉強を見させたがっていた子の一人だ。早く勉強を見てやらないから虐められるんだと言って、暴力の卑屈さを説教したよ。知識を磨かないから暴力に屈するんだってさ。監禁に負けなかったMは偉いんだって。僕には関係ない。迷惑だよ。チハルもそう思わないかい」

「進太も、その女の子をのぞき見したのかい」
「いや、しないよ。するわけがない」
ムキになって進太が答えた。思わずチハルが笑い出す。
「そう、本当は裸で監禁された女が見たかったんだろう」
チハルの言葉で進太の顔が真っ赤に染まった。頬を膨らませて口を突き出す。
「女の裸なんて興味ないよ」
即座に答えた声は、すっかり変声した低い男の声だった。
「へー、そうなの。でも、監禁された女には興味があるんだ。暴力に屈して素っ裸で縛られていたりしたら、それこそ最高なのと違う」
意地悪く言って、ハンドルを握り締めて怖い顔をしている進太の股間に手を伸ばした。気配を察し、進太が飛び上がるように手を避けたが、チハルの指先に、硬く勃起したペニスが触れた。

「いいわよ。築三百年の屋敷に一緒に行こう。Mの事件も図書館で調べてやる」
チハルが言うと進太がうなずき、やっとゲレンデヴァーゲンをバックさせて車体を立て直した。どうやら、進太は性の迷路に踏み出したらしかった。Mとよく似た興味のありようが、チハルには面白くてならなかった。来週の日曜日に、一緒に屋敷を訪れる約束をした。だが、進太は実力テストがあるので午後三時に現地で合流するという。チハルには、休日のテストを律儀に受ける進太が不思議でならない。不登校を気にする気配もない進太も、テストには目がなかった。必ず一番になる成績が内心自慢でならないのだろうと思う。屈折したプライドがかわいくてならない。進太も、微妙な心理の襞を理解してくれるチハルがうれしい。最高の友達だと思った。しかし何よりも、意識できない暴力への憧れが、進太をチハルに引き寄せていた。

市立図書館で調べた、地方新聞のバックナンバーの記事をチハルは面白く読んだ。二十六年前の築三百年の屋敷に住んでいたのはカメラマンの男と、精神障害者の妻だ。記事によると、中年のカメラマンはMと精神障害者の少女を屋敷に監禁したあげく、性的に虐待したらしい。三人で繰り広げた性の饗宴の最中に男が少女を殺した。その死体を遺棄しようとしてMと一緒に出掛けた日本海で、男は断崖から海に身を投げて自殺したという。警察に自首したMは死体遺棄の罪で刑を宣告されたが、執行を猶予された。それが事件のあらましだった。だが、今のチハルには簡単に過誤を見付けることができた。少なくとも、Mは監禁されていたはずがないと確信した。Mは自ら望んで異常な環境に身を置いたはずだった。それが、これまでのMの生き方の出発点になったに違いなかった。築三百年の屋敷を、ぜひ見てみたいとチハルは思った。


チハルは草の中に屈み込んで、崩れ落ちた母屋の隙間からマグライトの光を当てた。だが、ぽっかりと空いた土壁の隙間の先は、白茶けた泥と黒い建材の残骸で埋まっていた。性の饗宴を忍ぶよすがなどどこにもない。かび臭い匂いだけが鼻孔に残った。仕方なく母屋の裏に回る。大地にしりもちをついた巨大な茅葺き屋根が日を遮っているためか、裏庭の草は丈が低い。広大な敷地にかろうじて残った二棟の土蔵は、すぐ裏手に迫ったクヌギ林に呑み込まれそうに見えた。右手の土蔵の陰に、石で築いた湧水の洗い場があり、中央の窪みから清澄な水が湧き出ていた。土蔵の分厚い扉には錠が下りていない。一段高くなった石の台に乗り、チハルは力いっぱい扉を引いた。扉はビクともしない。諦めて左手の土蔵に回り、同じように扉を引く。今度は手応えがあった。鈍いきしみ音を立て、土の扉が手前に開いた。埃の匂いのする乾いた空気が流れ出てチハルの裸身を覆った。土蔵の中は十畳ほどの板の間の空間だった。中央に立った太い柱が天井の梁を支えている。古びた堅牢な造りだが、天井は低い。文庫にでも使われていたらしく、四隅に棚があり、窓はなかった。中に入ってマグライトで空間を照らし出す。収納物らしき物は何もなかったが、東側の床に木製の椅子とテーブルが置いてあった。テーブルの上には、バケツと長い柄付きのモップが載せてある。だが、どう見ても最近使われた形跡はない。チハルの口元に笑いが浮かんだ。博子を監禁する場所が簡単に見付かったのだ。ひょっとすると昔、この太い柱に素っ裸のMが縛り付けられたかも知れないと想像したら、おかしさが込み上げてきた。開け放たれた扉から、遠くエンジン音が聞こえた。かん高い、耳に障る響きだ。進太のバイクに違いなかった。チハルはマグライトを消して、まぶしい戸外に出た。

急激にエンジン音が高まり、長屋門から緑色のモトクロス・バイクが飛び込んできた。カワサキのKX60に跨った進太はヘルメットも被っていない。ゲレンデヴァーゲンのリアゲートの前で迎えるチハルの目が厳しく光った。
「ごめん、待たせたかな」
チハルの前でバイクを止めた進太がエンジンを切って、素早く飛び降りながら声を掛けた。ホワイトジーンズに白いトレーナーを着ている。清潔そうな衣服が甘えた声によく似合っていた。
「ヘルメットはどうしたのよ。自分の身を守る努力をしない奴は嫌いだと、いつも言ってあるだろう」
厳しい声でチハルが叱責した。進太は肩をすくめてうなだれてしまう。真っ直ぐチハルを見ることができなかった。素っ裸で、ナイフだけを腰に吊した姿が目にまぶしい。これまで何回となく見た裸身だが、今日は特に美しいと思った。そっと上目遣いに見ると、きれいに陰毛を剃り上げた股間が目に入った。無惨に裂けた陰唇の間から、ピンク色の性器がのぞいている。鼻の奥から暴力の匂いが立ち上がった。たまらなくチハルが愛おしかった。

「ごめんなさい、きっと怒られると思ったよ。でも、最後の数学の試験が難しくて早く帰れなかったんだ。時間が惜しくてメットを取りに行けなかった。怒られるのを承知でバイクに乗ったんだ。部屋には寄らなかった。ほら、荷物もある。でも、ごめんなさい」
一息に言ってから、横を向いて背中に背負った黒いリュックを見せた。ひょうきんな仕草に、チハルの表情が緩んでしまう。まったく女扱いがうまいと思って、末恐ろしくなった。
「次から気を付けなさいよ。で、試験はどうだった」
「もちろん、うまくいったよ。今度も、市で一番は間違いなしさ」
即座に答えた目が輝いていた。チハルは吹き出したくなるのを堪えて、進太の目を見つめた。
「そう、それじゃあ褒美を上げよう。進太にぴったりのプレゼントだ」
進太の目を見つめたまま言って、さり気なくリアゲートを開けた。荷物室に向けられた進太の目がまん丸になる。

「アッ」
声にならない驚きが進太の口を突いた。狭い荷物室の床で海老責めになった博子が顔を上げ、キッと進太の目を睨みすえる。
「なあに、嫌よ。何でこんな子に恥ずかしい姿を見られるのよ。早く、向こうに行ってよ」
博子が叫んだ。あまりに怒りが激しすぎて、進太には言葉が聞き取れなかった。ただ、素っ裸で後ろ手に緊縛され、海老責めにあっている女が顔を赤くして叫んだことだけは理解できた。女の声を聞いた途端に、全身が火照り、股間が熱く疼いた。きっと勃起するなと、投げやりな気分で思い、前に立つチハルに視線を戻した。

「気に入ったでしょう。今朝の猟で生け捕りにした獲物だけど、進太にあげるよ。名前は博子。逃がさない限り、好きに飼っていい。飼う場所もさっき見付けた。きっと三十年前に、Mが監禁されていたところだと思う」
「つまり、僕たちが博子さんを監禁するんだ」
チハルの言葉に応えた声が震えていた。高々とペニスが勃起している。チハルに気取られないよう、僅かに身体を横に向けた。腰にぴっちりしたジーンズの股間が盛り上がっている。チハルと博子の視線が同時に股間に注がれた。

「ウッワー」
博子の口から嬌声が上がった。
「飼うですって、監禁ですって、何を言うの。人殺し、早く殺してよ。こんなガキに辱められるくらいなら、死んだほうがましよ。さあ、早く殺して。殺さないなら自分で死ぬ」
狂ったように海老責めにされた裸身を揺すって博子が叫んだ。今にも舌を噛み切りそうな気迫が満ちる。素早くチハルが左手を伸ばし、博子の鼻を摘み上げた。息苦しさで開いた口に、無造作にハンティングナイフの背を噛ます。博子の口先で鋭利な刃が光っている。金属の酸っぱい味が口中に広がる。唇を切られる恐怖が全身を走った。死ぬより恐ろしいと思った。博子の全身から力が抜け去り、ナイフをくわえた口元だけが震え続けた。死の恐怖すら暴力は屈服させるのだ。進太は陶然とした気持ちでチハルの行動を見ていた。石のように硬くなったペニスがジーンズの中で暴発し、射精した。精液の生暖かい感触が股間に広がる。真っ白になった脳裏にチハルの冷たい声が響いた。

「いつまでも、ナイフをくわえさせとくわけにはいかないね。博子には猿轡が必要だ。進太、ジーンズの下には何を穿いてるんだい」
「グレーのビキニショーツ」
突然声を掛けられた進太が、反射的に答えた。射精を見咎められた気がして、見る間に頬が真っ赤に染まる。
「そのパンツを博子にくわえてもらおう。進太、すぐパンツを脱ぐのよ」
チハルがナイフの柄を持ったまま命じた。進太がもじもじしていると、すかさず叱責が飛ぶ。進太は仕方なく後ろを向いてズボンを脱いだ。グレーのビキニショーツは、股間が精液で黒く濡れていた。恥ずかしさを耐えてショーツを脱ぎ、ズボンを引き上げながら丸めてチハルに渡した。

「もー、こらえ性がない。いつの間に漏らしたのよ。こんなパンツを口に入れるんじゃ、いくら何でも博子がかわいそうだ。でも、私も、博子も素っ裸で下着がないんだから仕方ない。我慢してもらうよ」
楽しそうに言ったチハルがショーツをひらひらさせてから、また博子の鼻を摘まみ上げた。大きく開いた口からナイフを抜き取り、代わりに進太のショーツを口中に押し込む。博子の鼻孔を精液の匂いが掠め、舌先を濡れた布切れが圧した。生臭い味と匂いで喉元に吐き気が込み上げてくる。吐きそうになった瞬間、海老責めにした縄が解かれ、急に身体が楽になった。胡座縛りにした縄もチハルが解き去る。博子はチハルに命じられたとおり、痺れ切った両足を伸ばした。荷物室に尻をついたまま足を車外に垂らした。痛みに似た痺れが全身に伝わっていく。口に詰められたショーツを吐き出せぬように、二本の麻縄で猿轡を噛まされた。博子の目に涙が滲んだ。

「博子の飼い方と扱い方は、これから私が教えて上げる。その前に確認するけど、進太はこの女を譲り受けて、死ぬまで監禁する気構えはあるのかい。無いなら、今はっきり言うのよ。始末は私がするから、進太は気にしなくていい」
立ち上がったチハルが厳しい声で問いただした。進太の頬が赤く上気する。
「僕に監禁させてよ。一生面倒を見る。クーチャンにしてやりたかったことを全部したいんだ」
迷わず答えた進太が、またクーチャンの名を出したことを、チハルはいぶかしんだ。昨年アメリカから帰ってきてすぐ、ワサビ田の水貯まりで殺されていた知恵遅れの少女にはチハルも会ったことがある。よく泣く少女だった。毎晩深夜に進太の部屋の窓の下にたたずみ、声を立てずに泣いていた。それも素っ裸で泣いている。五分間ほどの短い時間だが、見てしまった自分には耐えられないと、ドーム館に帰国を歓迎に来た進太が話していった。殺してやりたくなると洩らした言葉に、進太には無理だから、私が代わりに殺してやると答えた覚えもある。帰国したばかりで、身に染みついた暴力と、発散し尽くしてしまった暴力の記憶が生々しすぎて、地に足が着いていない時期のことだ。あのころの記憶は今もぼやけている。だが、蔵屋敷の横にたたずみ、二階の窓を見上げて泣き続ける少女の姿が、目に焼き付いているのも事実だった。硬い質感の、真っ白な裸身をよく覚えている。そのクーチャンが進太の性の中で、それほど重要な役割を負っていたとはチハルも気付かなかった。滅び去った生が、高まりを求めていく性を、あっけなく蹂躙していく予感がチハルの背を掠めていった。

「さあ、監禁室に行こうか」
気分を変えるように言って、チハルが博子の縄尻を引いた。うなだれた博子の裸身が地上に降り立つ。股間を縦に縛った縄目の痛さに眉をしかめ、博子はよろよろした歩みで曳き立てられていく。土蔵までは結構長い距離になるが、草原に轍が残ることを怖れてゲレンデヴァーゲンは使わない。チハルは途中で縄尻を進太に握らせ、三人の先頭に立って土蔵に向かった。
土蔵の中央に立つ柱に博子を立ち縛りにさせてから、チハルと進太は必要な品を取りに車に戻った。荷物室のコンテナを開けてコールマンのランタンと手動ウインチ、用水タンク、予備の縄束を取り出して土蔵に運ぶ。二棟の土蔵の間に捨ててあった黒い篠竹も数本拾ってきた。食料は明日そろえることにする。

「博子はダイエットした方がいい」
チハルがつぶやくと進太が笑った。二人で大笑いしながら土蔵に戻った。薄暗がりで立ち縛りにされた博子の裸身がギクッと震えるのが見えた。
「いいかい、進太。博子の飼い方を教えて上げるからよく聞くんだ。まず、いつでも素っ裸にしておく。間違っても服を与えてはいけない。万一逃亡されても、裸なら動きが鈍る。そして、いつでも拘束しておくこと。厳しく緊縛するのは罰するときだけでいいが、必ず手か足を縛っておく。明日私が市に行って頑丈な鎖と首輪を買ってきてやる。この柱に太い鎖で繋いで置けば間違いないが、油断は禁物だ。反抗心を芽生えさせないためにも、一緒にいるときは必ず縛れ。トイレは外でさせるか、ここでバケツにさせる。始末は必ず進太がする。情を移すと必ず問題が起きる。いいわね、この扉には目立つ外鍵は付けられない。完全な拘束を心掛けなさい。万一死ぬことがあっても構わない。始末は私がするから、すぐ呼びなさい。図書館で調べたMの事件でも、逮捕されたときのMの身体には縄目の痣と、鞭打たれた痕が随所にあったというわ。監禁されるとは、そういうことなの。進太の思い通りにしてみるがいいわ。だめだったらすぐ、私を呼びな」

チハルの説明を、進太は目を輝かせて聞いた。大人の博子を子供の進太の手に委ねる事に不安も湧いたが、博子を殺さずに連れてきたのはチハルだった。今更悔いる必要はなかった。行き着くところまで行くしかない。これで進太が、いささかなりとも変われば、私は人を殺した価値があると思い定めた。

「さあ、これで私は帰る。進太もいつもの時間に帰りなさい。大胆に振る舞わないと、足元を見透かされるからね。いい、築三百年の屋敷に来た甲斐があったでしょう」
大きくうなずく進太にうなずき返し、チハルは土蔵を出た。事が露見しなければ、博子は一か月は生きられるだろうと思った。しかし、確実に短命で終わる。頭上を見上げると、青い空が広がっていた。長い一日が、まだ終わらないことがチハルには不思議だった。


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