10.みんな闇の中

Mは風を巻いてサロン・ペインのドアを開け放った。
足早に自動ドアを通り、カウンターの前で両足を広げ、胸を張ってすっくと立った。右手に下げた焼酎の瓶を前に突き出す。

カウンターのスツールにはママと天田が座っていた。中にはチーフとナースがいる。他に客はいない。週末の夜は相変わらず、貸し切りで使われているらしい。四人の目が、凄い剣幕で入って来たMに注目した。

「たった今、バイクが校舎から身を投げて死んだわ。針金で縛ってちょんぎれたペニスを、お土産に持ってきてやりたかった」
怒りのこもったMの声に、ママが素知らぬ顔で答えた。

「あら、それはお気の毒ね。ここでは劣等生だったけど、学校では優等生だったという話だから、卒業できて良かったじゃあない。その酒で通夜でもしようというの。あいにくうちは、持ち込みはお断りよ」
ママの長い返答に眉をしかめたMは、ゆっくりと突き出した酒瓶を上げて口に含んだ。そのまま床に酒を吹き捨て、大声を上げる。

「お前らが玩具にしたバイクの酒が飲めないのなら仕方ない。この店にたっぷり呑んでもらう」
酒瓶を振り上げ、思い切ってカウンターに投げ込んだ。
鏡が砕け散る大きな音が響き、酒瓶が砕け散った。棚に並べた様々な形のグラスが粉々に砕ける。飛び散ったガラス片が天田の頬に当たり、赤黒い血が飛び散る。天田の顔面が蒼白になった。

「何をするの、」
ママの悲鳴が店内に響く。
「この腐った店を潰してやるに決まっている。バイクと祐子の敵だ。二階の薄汚い舞台もひっくり返してやるから、よく目を開いて心の底から恥じ入れ」
言い終わる前にカウンターに走り寄り、スツールを掴んで別の鏡に力いっぱい投げ付けた。爽快な音と共に鏡が砕け散る。

「怪我をしたくなかったら、表に逃げ出すがいい」と言い捨て、隣のスツールをまた頭上に振り上げた。
「こんな店、私も潰すわ」
興奮したチーフの声が響き、棚に並んだ酒瓶を手で払い落とした。
プーンとアルコールの臭いが店を被う。ウイスキーが、コニャックが、ジンが、ウオッカが、混じり合った高価な酒の臭いが濃厚なカクテルとなって頭を狂わす。フロアーに向かって、チーフが次々に酒瓶を投げる。心地良い音を立て、フロアの壁や床で酒瓶が砕けた。

我に返ったナースがチーフを後ろから羽交い締めにして、カウンターに押し付けるのが見えた。天田が腰にしがみついて来るのを構わず、振り上げたスツールを残った鏡に投げた。鏡が砕け散る小気味よい音に混じって、後ろの首筋に痛烈な打撃を受けた。消え失せていく意識の中で、膝から崩れ落ちる視界に、ママが右手に下げた、白いお絞りを巻いたビール瓶が見えた。
Mの首筋をビール瓶が直撃したのだ。


赤と黒を斜めに染め分けたサロン・ペインの看板灯の前に、祐子とチハルはオートバイのエンジン音を轟かせて乗り付けた。
看板灯には明かりが点っていなかったが、構わずドアの前に進む。
「凄いな後輩。中等部の制服でこんな店に入るのかい」
「Mが先に来ているのよ。MG・Fが止まっているでしょう」
赤いオープンカーを見たチハルが口笛を吹いた。
「祐子は本当に命門の中等部なの」
「間違いないわ。さあ、入りましょう」
「最高に楽しいよ。補習をサボって正解だった」
祐子に続いてドアを入ったチハルが、楽しそうに白い電話を叩いた。

自動ドアを通って店内に入った祐子が、呆然として立ち止まる。後に続いたチハルが荒れ果てた店内を見回し、また口笛を吹いた。
「スゲーヤ。やくざの喧嘩でもあったのかな。それにしても酒臭くて咽せかえってしまう。煙草に火を点けたらきっと爆発するよ」と言っておどける。
カウンターの壁を飾っていた三面の大鏡はすべて砕け散っていた。スツールが散乱し、フロアーのそこかしこに割れた酒瓶が転がっている。

「いらっしゃい。あいにく散らかっているけど。よかったらゆっくりしていって欲しいな。祐子」
背後のピアノの下から声が掛かり、二人が振り返ると、立ち上がったピアニストが微笑み掛けた。
笑い顔を見て緊張が解けた祐子が、ピアニストに挨拶する。
「今晩は、ピアニスト。この有様はひょっとしてMの仕業なの」
「僕も来たばかりで、詳しくは聞いていないんだけど、Mとチーフの共同作業らしいよ」
「Mは何処にいるの」
「みんな二階のクラブにいるよ。でも、行かない方がいい」
「行っては、いけないってこと」
「いいや、構わないけど。きっとびっくりする」
「もう慣れたわ」
「そう。変わった色の制服を着ているから、別に祐子の言葉を疑りはしない」
「バイクの血よ。死んだバイクが私と一緒に来たと思って」
ピアニストは何も答えない。祐子を見た目に悲しみの色が浮かぶのが分かった。しかし祐子は、同情も蔑みも拒んだ。

「こちらはチハル、私の先輩。こちらはピアニスト、名門学院出身の医者の卵」
静かな声で、ピアニストにチハルを紹介した。
「今晩は先輩、初めまして。後輩の祐子に、変わった先輩ばかり紹介されて光栄です。でも一人はもう、頭が半分潰れていた。やはり生きている方が素敵です」
興奮した声で挨拶するチハルに眉をしかめ、軽く頭を下げたピアニストは、ゆっくりピアノの前に座った。二人には何も答えず、ぽつりと「ピアノが無事で良かった」とつぶやき、鍵盤に両手を載せた。

指先から「エリーゼのために」が流麗に流れ出す。
「二人の素敵な後輩のために」
ピアニストの気障な台詞とピアノの調べを背に、二人は赤いドアを開けて階段を駆け上って行った。


二階のクラブのドアを開けて中に入った二人は、そのまま立ちすくんでしまった。
「スゲーヤ」
またチハルが口を鳴らし、下品な言葉をつぶやく。
目の前の舞台の上二メートルほどの高さで、二つの剥き出しの尻が宙に浮かんでいる。縄で縛られた両手首と両足首を一つに合わせて、吊り下げられた素っ裸の女が二人、後ろ向きに並んで宙で揺れているのだ。

尻の上に続く二本の足は、それぞれ上に伸ばされた左右の手と一緒に足首できつく縛られ、まるで裸の蓑虫のように天井から吊り下がっている。
同じように剥き出しにされた二人の女の尻だが、その形はずいぶん違っていた。
一つは奇麗な丸みを持った豊かな尻で、白桃のように開いた深い尻の割れ目の奥に、燃え上がる陰毛に包まれ、ひっそりと息づく陰部を覗かせている。陰惨に吊り下げられたMの尻に違いなかった。豊満な裸身が意識をなくした物体のように力無く宙で揺れている。

Mの隣に吊り下げられた尻は、小振りでスリムな形態を晒していた。浅い臀裂からは、隠しようもなく蠢く肛門と、無毛の割れ目に突き立つ性器までが、無惨に露出している。苦しい姿勢に吊り下げられた口からは、頻りに呻き声が上がった。舞台ではかつて、演じたこともない吊り責めに苦吟するチーフだった。

同じ吊られるなら逆さまでも開脚でも、いくら残虐に見えても、筋肉に負担のこない吊りの方が余程楽だった。
左右の手首をそれぞれの足首で縛り合わされ、別々に天井から降りたフックに掛けられたため、太股の裏の筋肉に絶え間なく苦痛が走る。腕よりも足の方が長いため、膝は逆立ちで中腰になったまま曲がっている。過酷すぎる責めだった。
おまけに、捕らえられた獣が四つ足を一つにして吊り下げられたような屈辱感を、責められる者に与え続ける。確かに、見ようによっては剥き出しの尻がぶら下がったユーモラスな眺めだった。おまけに尻の割れ目が丸見えなのだから、恥辱はなおさらに募る。
S・Mショーの演技に慣れたチーフでさえ、恥ずかしさに全身を赤くしていた。


いつの間にか二階に上がって来たピアニストが、祐子の横に並び肩に手を載せた。祐子の身体がギクッと震える。
「やっとMらしい姿になった。僕の家にいた三か月間、Mは毎晩、あんな格好で楽しんでいたんだ」
ピアニストの信じられない言葉に、祐子はじっとMの裸身を見た。しかし、正面の鏡に映ったMの頭は、だらんと下がったままで、目も瞑っている。

「ママ、もう二度としないから許して。こんな恥ずかしい姿は耐えられない」
苦痛に耐える、やるせない声でチーフが力無く訴えた。
チーフの哀願を無視したママが、手にした鞭を大きく振りかぶった。ピシッと、チーフの白い尻で鞭音が響く。剥き出しの尻の割れ目に沿って赤いミミズ腫れが走り、「ヒィー」と尾を引いた悲鳴が口を突いた。宙に浮いた裸の蓑虫が揺れ、隣に吊されたMの腰に尻が当たる。

「ウー」と唸って、Mの裸身が揺れた。
ママが右手に持った鞭を一閃させて、今度はMの尻を打った。尻に走った痛みに首を振って、Mが目を見開く。
目の前の大鏡に、逆立ちになった裸像が映っていた。長い髪が床へ垂れ下がっている。隣に吊り下がっているチーフの苦痛に歪んだ顔が見えた。チーフの目が救いを求めて、Mに注がれている。視線を変えると、反対の鏡に映った像が見える。並んで宙に吊り下げられた大小二つの尻が、ユーモラスにぶら下がっていた。ひどい結末になったものだとMは思う。赤い鞭痕の残った尻の隣に、三人並んで立ったピアニストと祐子、見知らぬ少女の姿を認めた。ピアニストの右手が祐子の肩に載っている。

再び鋭い鞭が尻を襲った。痛烈な痛みと共に情けなく裸身が揺れ、鏡に映った画像が消えた。きつく目を閉じ、歯を食いしばって痛みに耐える。天井から吊られた、伸びきった手と足が痛い。チーフの腰に身体が当たり、肌が触れ合う感触が淫らだった。
「Mはしぶといね。チーフと違って泣き声一つ出さない。責めがいがあるよ」
憎々しく言ったママが、頬から血を滲ませている天田を振り返った。
「天田さん。ほっぺを切られたお礼をしてやったら。私はチーフにお仕置きをしなければならない」
目をぎらつかせている天田に皮鞭を渡したママは、ナースからしなやかな乗馬鞭を受け取る。
「まったく勝手なことばかりして。チーフ、身に滲みるまで懲らしめてやるから覚悟しな。さあ、天田さん、私に続いて交互に打つのよ」
Mの尻の前に立った天田と並んで、ママが一歩踏み出して鞭を頭上に構える。
意地悪くチーフの尻の割れ目を狙って、鞭を振り下ろした。大柄のママが頭上から振り下ろした鞭先が、チーフの肛門をしたたかに打った。
「ヒッー」
苦痛に震える悲鳴が部屋に響き渡り、白い尻が左右に揺れる。
ママに変わって天田が前に進み、Mの尻に鞭を見舞った。初めての鞭打ちにしては上手に決まり、豊かな尻に赤い筋が走る。しかし、歯を食いしばったMの口からは声一つ洩れない。
十数回、交互にMとチーフの尻を打った天田とママは、大きく息を吐いた。

「なかなか面白いもんだねママ。病みつきになりそうだ。でも、Mの反応がないのでつまらない」
「そう、天田さんも治療の必要があるみたいね。うちのクラブに通うといいわ。もちろん有料でね。いい声で泣くチーフ相手なら、一発で勃起するわ」
尻を襲う鞭が途絶え、そっと目を開いたMの揺れる視線に、鏡に映ったチーフの顔が見えた。目の周りを涙で汚したチーフが、悔しそうに口を歪める。ママの言葉に、先ほどまでの哀願振りもなりを潜め、大声で叫んだ。
「私は役者なんだ。こんなS・Mショーは二度とやるものか。ママ、恥を知れ。セックスの切り売りなんかに、三文の値打ちもない」
「おや、チーフ。威勢のいいことを言うね。今夜はショーじゃあないよ。三文芝居の役者の根性を叩き直してやるのさ」
チーフがまた、悔しさに口を歪ませる。向かいの鏡に映った剥き出しの股間で、さんざん打ち叩かれた肛門が切なそうに蠢いた。黙っていられず、Mが叫ぶ。
「チーフは世界に羽ばたく役者よ。こんな腐った店には似合いはしない。臭い店を畳んで、都会のゴミ溜を漁っているのがあんたに似合いだ」
「へえ、Mも元気になったじゃあないか。楽しみだね。二度と商売の邪魔をする気にならないよう、ゆっくり思い知らせてやるよ。私たちはこの道のプロなんだからね」
鏡の中で、右手に乗馬鞭を下げて仁王立ちになったママが、Mの尻の前に進んだ。

「さあ、ピアニスト。私たちの邪魔をする馬鹿な女を懲らしめてやろう」
鞭を差し出されたピアニストは黙ったまま、首を振った。
「相変わらずピアニストは澄ましているね。決していいことではないと思うけどね。じゃあ、祐子が打ちな。せっかく自分の進む道を決めることができたバイクに、泥を塗りに来た女だ。祐子の協力さえ、腹の中で嘲笑っている。自分が一番偉いと思っている女だ。思い知らせてやった方がいい。祐子も一人前の女になったんだろう。さあ、教えてやるがいい」
大股に近付いて来たママが、祐子に鞭を手渡す。
ピアニストの手の下で、祐子の肩が固くなり微かな震えが伝わってくる。肩に掛けた手に力を入れ、そっと揺すってやった。
下を向いていた祐子が顔を上げ、吊り下げられた二つの尻を見た。視線を変えて、鏡に映ったMの目を見つめる。

赤い鞭痕が無数に浮いた自分の尻の横に映る祐子の顔を、じっとMは見つめた。大きく見開かれた祐子の目に悲しみの色はない。すべてを自分で選び取ってきたという自信と、微かな不安だけが漂っている。この自信と不安が交互に、これからの祐子の生に襲い掛かるだろう。もう後戻りはできないのだと、Mは思った。目頭が熱くなり、吊り下げられた裸身全体を悲しみが被った。祐子が愛おしくてならない。
祐子の目に、Mの見開かれた瞳だけが映っている。Mの静かな黒い目に今、潮が満ちるように悲しみが溢れていく。手に持った鞭が重い。

「祐子、私を打ちなさい」
凛とした声が、耳を打った。
祐子は両足に力を込め、じっと歯を食いしばった。手に持った黒い乗馬鞭を握りしめる。鏡に映るMの瞳を見つめたまま、しっかりとした足取りで前に進む。瞳が視界から消え、目の前の豊かな尻が大きく目に入った。鞭痕が浮き出た白い尻だ。冷静に裸の尻を観察する。
股間の奥に陰毛に隠された性器が蠢いている。まるで、祐子を誘うように性器は固く突き立っている。尻の割れ目では肛門が笑う。サーモンピンクの粘膜がつぼまっては開き、そっと手招きする。

「M、大好き。私もきっとMに続く」
心の中で宣言し、祐子は大きく鞭を振りかぶった。
鋭い音を立てて鞭先が尻の割れ目に食い込み、肛門から性器にかけてを手酷く打った。
「ヒッ、ヒー」
聞きようによっては歓喜に震える、かん高い悲鳴がMの口から溢れた。
何度も何度も、祐子は鞭を振るい、Mの揺れる尻を打った。予感していた涙も、ためらいも浮かばなかった。ただ、尻を打つ度にMと同じ痛みを、全身で感じ続けていることだけを願った。


「私にもさせて」
頓狂な声を出したチハルが天田に駆け寄り、手にした皮鞭を奪う。
隣で鞭を振るう祐子に合わせ、剥き出しのチーフの尻を打った。
皮膚を打つ鞭の響きと、Mとチーフの悲鳴が、交互に室内を満たした。二つの裸の尻がぶつかり合って卑猥に揺れる。
「さあ、この辺でショータイムにしよう。祐子も、もう一人のお嬢さんもご苦労さん。カウンターから好きな飲み物を取って、飲みながらショーを見なさい」
祐子とチハルを追い立てるようにして間に入ったママが、ナースを呼んで言った。
「これからは大人の時間だから。ナースと天田さんに手伝ってもらう。ナースはスイッチを操作して、二人の尻を合わしてやって」
話しながら、赤く腫れ上がったMとチーフの尻を左右の手で撫で回す。

「汚い手をどけてよ」
チーフが吐き捨てるように言った。
「まだまだ元気がいいね。もうじき嫌になるほど楽しめるから、期待しているといいわ」
声と同時に、二人の裸身を吊った天井のフックが動き出した。二つ並んでいた尻がゆっくり向きを変え、尻同士が向かい合う姿勢になった。なおもフックが動き、尻の位置を上下に調整する。

Mの尻とチーフの尻が中空で、卑猥な姿勢でドッキングした。
祐子の鞭を耐えた尻に、チーフの尻の暖かな感触が触れた。耐えられないほどに淫らだった。チーフの口から「ヒッ」と声が漏れる。
「さあ、二人を繋いで、ゆっくり楽しませてやろう」
ママが嬌声を上げると、ナースが五十センチメートルほどの曲がった棒を取り出す。弾力のあるシリコン製の棒だ。
Mが見た鏡に映った棒の両端は、怒張したペニスの形に模してあった。直径は四センチメートルほどもある。醜悪だった。確かにママはこの道のプロだと思った。呆れ果てて怒る気にもなれない。祐子とバイクのことを思い返すと、なおさら悲しみが溢れる。Mは静かに目を閉じて、陰惨な舞台進行を待った。

M同様、チーフも棒を見たのだろう。
「ヤメテッ」
逆さまにのけ反らせた首を左右に振って、力無い声で訴えた。
声を無視して、ママが冷たく位置を変えるように命じた。
「ナース、二人の尻を離して」
合図と同時に天井のフックが動き、張り付いた二つの尻が離れる。
「先ず、Mに入れてあげよう」
ママが股間に左手を伸ばし、粘膜を指で開く。右手に持った猛々しい人工のペニスが、Mの体内にゆっくり挿入される。
「よく使い込んであるんだね。簡単に入ったよ。さあ、もう片方をチーフに入れるから、二人で仲良く楽しみな」
チーフの口を短い悲鳴が突いたが、抗うことは出来なかった。向かい合った二つの裸の尻が、体内に挿入された一本の棒で繋がれてしまった。
「ついでにこれも入れてあげよう。サービスだよ」
笑いながら言ったママが、両端に玉の突いた長いマドラーを持って、尻の間に手を入れた。無造作にMの肛門を割ってマドラーを突き刺し、片方をチーフの肛門深く挿入する。片手でチーフの尻を軽く突いた。
チーフの裸身の揺れが、二本の棒を通じてMの体内で蠢く。隠微で淫らなショーが開幕したのだ。


「スゲーヤ」
ドアの前の元の位置に戻って、繰り広げられる残酷ショーに見入っていたチハルが下品な言葉を口にする。
祐子は黙ったままじっと、陵辱されるMの裸身に見入っていた。
両足の震えに気付き、股間に力を入れる。少し伸びてきた陰毛が、鋭く太股を突いた。呆然とした意識がしっかりとし、勇気が沸き上がってくる。
勃起したバイクのペニスを、根元までくわえ込んだ股間なのだ。
隣に並んで立ったピアニストが向きを変え、そっとドアを開けて階段を下りて行った。繊細な神経が、目の前の光景を許さないのかも知れないと祐子は思った。しかし、祐子は辱められるMの一切を見続けるつもりだ。


舞台の上では、吊り下げられた二つの尻が淫らに揺れている。傍らに立った天田がMとチーフの裸身に両手を伸ばし、フックに吊られた両腕の間で、二人の乳房を揉みしごいている。
「ウッ、ウウウッー」と、チーフの口から呻き声が洩れ始めた。逆さになった双臀が艶めかしく悶え、尻の割れ目が狂おしいまでに開かれていく。
逆立ちになって、固く閉じられたMの眉が、眉間に寄せられて震えだした。
祐子の視線の先で、閉じられた瞳が大きく開かれる。Mが祐子の目を見つめた。しっかりと祐子が視線を返す。
逆さまになったMの口元がにっこりと笑った。思わず祐子が微笑み返す。

「ウワッー」
大きな叫びが突然、笑いかけたMの口に溢れ。直ぐさま恐ろしく緊迫した表情に変わった。宙に浮いたMの股間から多量の尿が吹き出る。太い澪がチーフの尻を打ち、飛沫が辺り一面に飛び散る。慌てて身をかわした天田が滑稽だった。続いてブリッと嫌な音が響き、尻の穴に突き入れられたマドラーが、黒い糞便と共に押し出されて落ち、チーフの肛門に垂れ下がった。糞便はなおも排出されるままに舞台に落ち、床一面に糞尿が溢れる。

「ナース大変、二人を下ろして。二階まで使いものにならなくなる」
動転したママの声が、部屋中に響き渡った。
「凄い臭いだ。鼻が千切れる」
隣のチハルが、鷹揚に鼻を摘んで見せた。
祐子はビクリともせず、Mの顔を見つめ続ける。
やっと目を開いたMが、また祐子に笑いかける。祐子が微笑みを返す。

Mはいつも戦い続けるのだ。そう祐子は思った。
私もMと違う場所できっと、戦い続けることになると祐子は確信した。
Mが私に戦い振りを見せてくれた。どんなに惨めだろうが、屈辱にまみれようが、ずっと戦いは続くのだ。
祐子の背筋を戦慄が走った。

階下から「エリーゼのために」が流れてきた。開け放されたドアから、ピアノの調べに乗ってカクテルになったアルコールの臭いがする。
Mを見習ったチーフが全身でいきみ、吊り下げられた尻を振って多量の糞尿を排泄した。淫らな性具が二人の股間から抜け落ち、糞尿の池に落下した。

「ちっとも恥ずかしくなんかないわ。こんなクラブは使えなくしてやる」
勝ち誇った声で、高らかにチーフが叫んだ。

揺れ動く裸身全体を耳にしてMは、階下から聞こえるピアノに聞き入った。
「もう、ショパンは弾いてくれないのね」
逆さまにのけ反った顔で、苦い笑いに歪む口元から小さく、つぶやきがこぼれた。その声を、祐子は聞き逃さなかった。

戦い続けるMの、静かな顔を見つめ続ける祐子の心の底に、初めて深い悲しみが込み上げて来た。
色々なことのあった夏休みが正に、終わろうとしていた。



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