5.逆転

築三百年の屋敷の引き戸を開け、土間からスタジオに上がって声を掛けたが、彼の返事がない。
いつも私を待ちかねていたように飛び出して来た彼の姿が、今日に限って見えなかった。

勝手にソファーのところまで通り、所在なく三脚にセットしたままの埃を被ったハッセルブラッドのシャッターを切る。カシャとミラーアップし、シャッター幕の走る音が静まり返ったスタジオに響いた。

私は歴史の重さの中から家内の気配を聞き取ろうと、耳を澄ませた。
「うー、うー」と言う押し殺したうなり声が、一か月前に私がワンピースを脱いだ衝立の裏側から聞こえて来る。
不気味なうなり声を追って、遠回りに衝立の後ろに回ると、床の上に仰向けになった彼と出会った。彼は全裸で、身体をエビのように折り曲げ、勃起したペニスを自分の口でくわえ込もうとしているようだった。

「おはよう」と私が声を掛けたが、彼は応えることも自分のペニスをくわえることもできはしなかった。彼の口には、夏の祭りに市役所が配った豆絞りの手拭いできつく猿轡が噛まされていた。大きく膨らんだ頬から、口中にも布きれが押し込まれていることが分かる。
「ユニークなファションね」と、私がからかっても彼はただウー、ウーと唸るばかりだ。
素裸の彼は、いつも私がされているように、あぐらを組んだ姿勢で両足首を縛った縄を首に回して引き絞り、仰向けになって尻を宙に突き出している。勃起したペニスを除けば、日毎私が責め苛まれていた光景と同じだ。年の割に新鮮な、ピンク色をした肛門が天を睨み、おかしいことにヒクヒクと肉襞を蠢かせている。

一瞬にして私に分かったことは、この異様な状況は全て、彼自身が演出したに違いないという事だった。
全裸で、ペニスと尻を突き出してあぐら縛りになり、口に猿轡をした彼の両手は、背後で握手をするように握り合っているだけなのだ。

裸の尻を突き出し、左右に振っては「うーうー」と誘うようにうめく彼に、つい余計なことをしてしまった。
私は、彼の身体の脇に、これ見よがしに置いてあった黒い皮鞭を、思わず手に取ってしまったのだ。
この一か月間、毎日彼に打たれたように私は、その皮鞭で彼の剥き出しになった尻とペニスを、力任せに打った。

鞭打つ度に彼は、自分で厳しく掛けた猿轡の中から「ふぁーふぁー」と、聞きようでは歓喜に堪えかねたかのようなうめき声を洩らした。
私を挑発する欲情したうめき声が憎らしく、私は無我夢中で何回となく、彼のぴくぴくと蠢く肛門と勃起したペニスを目掛け、鞭を振るった。腕に鈍い疲れを感じ始めたころ、ピシッとひときわ高い音を立て、鞭が尻の割れ目に食い込んだ。その途端、逞しく勃起したペニスから白濁した精液が宙に、ピュッと飛んだ。一回、二回、ペニスは小刻みに痙攣して白い液体を宙に飛ばした。この液体がいつも、私の体内にも飛んでいたのかと思うと悔しくなり、右手に握りしめていた皮鞭を再び振りかぶり、また十数回、したたかに彼を打ち据えた。

素裸の身体全体を激しく震わせた後、彼は失禁し脱糞したが、ペニスはまだ勃起したまま宙を睨んでいる。思わず、手にした鞭を真横に祓うように振るってペニスを打ち叩いた後、私はショーツを脱ぎ捨て、屹立したペニスを身体の奥深くまでくわえ込んだ。

私が激しく腰を上下させる度に、括られた口から歓喜のうめき声が高まる。
これまでの私たちが静なら、現在の私たちはもはや、激動の時を迎えているのだと私は思った。

これ以上の乱暴はないと思われるほど強い意志で彼を弄ぶと、なんと彼は、二度目の射精を私の体内に満ちよとばかりに放って失神した。

あぐらを組んだまま両手を横に広げて倒れている彼の、足首を縛った縄を私は解いた。頭の上に屈み込み、肩に両手を掛けて上半身を起こさせる。彼は気が付いているのか、いないのか、本当のことは分からないが、首をだらんと下げたままでいる。その無防備すぎる態度が憎らしく、私は足から解いたばかりの黒い麻縄を取って、両手を後ろ手にきつく縛り上げた。両手首を結んだ二本の縄尻を、力一杯頭上へ引き上げると彼は「うー」と言ううめき声を上げた。かまわず、引き絞った縄尻を首に回して結び目を作った後、残った縄で両の二の腕を厳しく緊縛した。

薄く目を開いている彼に「立ちなさい」と命じる。
命じられるままに、よろよろと立ち上がった彼は、萎んで小さくなったペニスを隠すように横を向いた。
だらんと垂れ下がったペニスの周りや両腿の間には、精液と排泄物がこびり付き、ツンとする悪臭が鼻を襲った。反射的に足下に落ちていた鞭を拾い、再び力任せに尻を打った。
尻を打ちながら浴室に追い立て、汚れた身体に熱いシャワーを浴びせた。湯の熱さに彼は呻き、後ろ手に縛られたまま逃げようとするが、私は鞭を振るって彼を追いつめ、萎んだペニスを目掛けてシャワーを浴びせ続けた。猿轡で歪んだ顔を左右に振り、身悶えして苦しんでいた彼は、小さく萎んでいたペニスを、ゆっくり、むくむくと勃起させる。
無性に腹が立ってきた私は、後ろ手に緊縛され自由の利かぬ彼の身体に足を掛けて、檜張りの浴室の床に押し倒した。

後ろ手に縛られた腕を床でしたたかに打った彼は、その痛みに猿轡の中で咽せ、苦しそうに鼻で喘いだ。私は彼の後頭部に手を回し、猿轡にした豆絞りの手拭いを解いた。口を割っていた手拭いを外すと、彼は自分の舌の力で口中に残っていた布を出した。その布はいつか、私が生理の時に彼が、私を責め苛んだときに穿かせたショーツだった。

「変態」と私は叫び、顔の上に裸の尻でしゃがみ込んだ。よく伸びる彼の舌が焦ったように動き、私の性器や肛門をベロベロと舐める。既に私も、完全に変態の仲間入りをしていた。
彼に心ゆくまで陰部を舐めさせながら、私はペニスを見下ろしていた。パンクしそうなほどに勃起し、屹立した亀頭の先には、透明な粘液が沁み出している。私は淫らに腰を振って彼の舌を焦らし、自らの快楽を楽しみながら彼の口から解いた手拭いを拾い上げた。手拭いの端に歯を当て、幅五センチメートルほどに一息に引き裂く。シューという、かん高い布の裂ける音が浴室にこだましたが、彼は一向に気にせず、口中を唾と私の愛液にまみれさせて舌を使っている。

私は引き裂いた手拭いの切れ端を両手で捩り合わせ、細い紐を作った。
彼に舌を使わせたまま身体を屈め、股間へと近づく。幾分斜めの角度を取って屹立しているペニスの根元を手拭いで作った細紐で二巻きした。紐の両端を持って力を入れ、根元を締め付けると、舌の動きが一瞬止まった。堅く結んで余った紐を持って私は、ペニスを前後左右に引き回して弄ぶ。止まっていた舌が急に活発になった。堅く丸めた舌が狂ったように、私の性器と肛門に狙いを付け、侵入しようとして突き出される。
目の前で紐の動きに連れて首を振る赤く勃起したペニスは、根元を緊縛したために濃い紫色に変色していく。

私は紐を握ったまま彼の顔が見下ろせるように、しゃがみ込む位置を変えた。ペニスから伸びた紐を股間を通して背後に回した手で持ち、紐を引き絞ると、水平になっていたペニスが堂々と直立した。片手を股間に伸ばし、怒張したペニスを支えながら私は、ゆっくりと腰を使い、徐々に身体の奥深く彼のペニスを愛おしむように受け入れていった。
中腰でいることに疲れると、私は容赦もなく彼の股間の上に座り込んで休んだ。ペニスは堅く勃起したままで長い時間、生意気に私の体内の一部を占め続けた。

見下ろす彼の顔はもう、上気して火照ってはいない。幾分青白くなった顔の額のあたりには脂汗が滲み、口と鼻で荒い息をしている。しかし、見開かれた目はしっかりと一点を見つめ、快楽の糸のように細い道を一心に追い求めていた。

何度目かの絶頂を味わった後、私は勢いあまり、ペニスを私の外に置いて行ってしまった。性器の中には結び目が解けた紐だけが残り、その端が垂れ下がっている。解放されたペニスは黒く充血し、亀頭の先から白濁した精液が、彼の鼓動に応じて血のように滲み出ていた。
全身汗みずくになった私は、腰が抜けたように彼の股間に座り込んだ。堅く勃起していたペニスが、徐々に小さく萎んでいくのが、肛門の括約筋を通して鋭敏に感じられる。
私は「ふー」と大きく息を吐いた。
浴室の冷たさが汗まみれの肌を刺す。
立って行って給湯器のスイッチを入れ、浴槽の蛇口を開けた。ジャージャーと湯の落ちる音と、立ちこめる白い湯気が浴室を満たしたが、横たわったままの彼は身動き一つしなかった。


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