9.狂乱家族

氷みたいに冷たく、身体に積もった雪さえ凍り付いているMの裸身を抱いて、父に指示されるまま、蔵屋敷の隅にしつらえてあるユニットバスへ向かった。
部屋を横切る間、ヒーターのよく効いた室温が暖かく僕たちの裸身を包んだが、彼女の冷え切った身体は、固く凍えきったままだ。
プラスチックの薄っぺらなドアを押し開け、バスタブの中にそっと彼女を座らせる。青白く凍えた肌に、皮膚を噛んで縦横に走った黒い縄が痛々しいが、後ろ手に緊縛された姿のまま下ろし、父の命ずるままに低い温度のシャワーを全身に浴びせた。

「ゆっくり、まんべんなく、時間を掛けて湯を掛けるんだ」と父が指示する。
五分間くらい、ぬるい湯を掛け続けると、青ざめた肌が薄いピンクに変わってきた。緊張し縮こまっていた肌も、柔らかくリラックスしてくる。なんとも言えぬ官能的な、甘い香りさえ漂ってきた。
「温度を上げて」と父が命じ、僕はシャワーの温度を四十度に上げた。湯の量は減ったが、もうもうとわき上がる白い湯気の中で、黒い縄に緊縛された肌が豊かに膨らみ、赤く輝いてくる。

熱いシャワーを、二分間ほど浴びせ続けたとき、
「ありがと。もういいわ」と言って、彼女が立ち上がった。
Mは全身から湯を滴らせ、黒い麻縄で縛られた豊かな乳房を前に押し出すようにして長い足を上げ、無造作にバスタブを乗り越えた。僕はシャワーを持ったまま、慌てて道を空ける。当然のようにうなじを上げ、彼女は傲然と座敷の中へ歩み出した。
呆然として後ろ姿に見入る視線の先で、ほんのりと赤く染まった尻がセクシーに揺れる。股間を割った二条の黒い縄が、やけに淫らに感じられた。

急いでシャワーを止め、すぐ振り返った僕と、やはり後ろを振り返ったMの目が合った。尻の筋肉を美しく緊張させた見返り美人は何も言わなかったが、いたずらっぽく笑った顔には、もう自信たっぷりな彼女が甦っていた。「まかせてよ」と言うように片目をつぶった後、彼女は三歩前に進み、ゆったりとソファーに掛けた母に静かなアルトで言ったのだ。

「危うく死ぬところだったけど、冷え性になり掛かったところで済みましたわ。これで、奥様のいう始末は着いたと思いますが、いかがですか」
黙ったままの母に、なお言いつのる。

「あなたの気が済んだか済まないかは知りませんが、言いなりになった私に、この縄目は失礼ではありませんか。あなたの手で解いてください」
後ろ向きのMが身体を回転させ、僕に正面を見せた。後ろ手に緊縛された両手を尻と一緒に母に突き出し、僕の顔を見てまた片目をつぶった。

その拍子に彼女の尻で、大きく鞭音が響いた。
黒い鞭を右手に、仁王立ちになった父が、また鞭を一閃した。ピシッと高い音を立てて鞭が尻で鳴り、腰を後ろに付き出したままの裸身が大きく左右に揺れた。
「恥知らずなことを言うと、私が許さない。誰に捨てる命を助けてもらったと思ってるんだ。淫乱な身体からびしょびしょと湯を滴らせたまま、主人に尻を突き出すなど礼儀知らずにもほどがある。また雪の中で晒されたいのか。早くご主人様の前に這いつくばって許しを乞え」
言い終わると同時にまた鞭音が響き、「ひー」と大げさな悲鳴を上げた彼女が床に這いつくばる。大げさな身振りで身体の向きを変え、ソファーに掛けた母の足元に、頭を垂れて膝で擦り寄って行く。
また大人の時間が始まるのだ。

「本当にやっていられない」と僕は、今度こそ呆れ返って声に出し、自分に言い聞かせた。このまま自動ドアを開け、部屋に帰ってしまおうとさえ思った。両親も救われないが、年寄りを構って遊んでいるMにも腹が立ってきた。
「私が悪いのです、どうぞ罰してください。尻を鞭打たれて初めて気が付きました。どうぞ罰として私に、奥様の美しい陰部を舐めさせて奉仕させてください。お願いします」
馬鹿なことを情熱的なアルトで訴えながら、素っ裸のMは跪いたまま母の股間に首を押し入れていく。隣で介添えをする父までが屈み込み、身動きしない母のスカートをめくり上げ、ストッキングと一緒にショーツを脱がせる。

されるがままの母は、いったいどうしてしまったのだろうか。あれほど冷静な母にしても、性の誘いは逃れがたいものなのだろうか。それともMに見せた過酷な仕打ちを悔やんでいるのだろうか。
僕はせわしなく、今日起きたことを思い返そうとした。

恐らく母は、僕の病気を気遣い、早めに帰宅した途端に三人の痴態を見る羽目になったのだ。父と子が繰り広げる浅ましく異常な饗宴を主催するMを見て、母は常軌を逸した興奮状態に陥ったのだ。突然の激しい怒りにまかせ、雪の中に彼女を逆さ吊りにしてしまったに違いない。しかし、やはり異常としか言えない第二幕を主催することになってしまった母は、舞台の登場人物にならざるを得ない黙契を、雪の中で全員と結んでしまう事になったのだ。その筋書きを作ったのはMと父で、多分僕はお人好しにも、上手く利用されてしまったにすぎないようだった。
底の見えた台本に乗せられてしまった僕は、まったくやっていられないと思うのだが、既にキャステングされた登場人物だし、何よりもプリマの彼女を見続けていたいがために、さもしい未練を抱いて仕方なく蔵屋敷に残った。


僕は部屋の隅に家具のように立って、一切を見る。
Mは、剥き出しになった母の股間に顔を突き入れ、最高の技術で舌を使った。彼女の後ろ姿はまるで、燃えさかるセックスの権化のようだ。股間を黒縄で割られた尻を後ろに突き出し、前後左右に揺すりながら、全身の力を母の陰部へと集中させる。いつしか母の顔が苦しそうに歪み、荒い息づかいさえ聞こえてきた。いつの間に服を脱ぎ捨てたのか、全裸の父が母とMに寄り添い、上を向いた母の口を吸いながら手を動かし、巧妙に服を脱がしていく。

全裸にされた母が、両足をMの左右の肩に乗せた淫らな格好のまま、唇に合わされた父の口の陰から「むー」と、ひときわ高い声を上げた。
やっと母の股間から顔を離した彼女が、濡れた口元を肩で拭いながら僕を振り返った。
「あれ、ピアニストだけが服を着ているのね。恥ずかしくはないの」と声を掛けたのだ。もちろん僕は恥ずかしかった。しかし、決して服を着ているからではなく、服を着ていない三人の性への執着が恥ずかしかったのだ。

「ピアニストには、もう言ってあったはずよね。男女の間には何でも有りだって。何を恥ずかしく思うことがあるの。君のチチとハハなんだよ。それに…。ひょっとして君は、私が嫌いになってしまったのかな」
黒縄で縛られた豊かな乳房を僕の方へ向け、母の愛液でぬめぬめと光るセクシーな唇をちょんと突き出して彼女が言う。ついさっき全身で感じた裸身の柔らかさを思い出す。僕はもうたまらない。
神を信じていない僕が許しを乞うものなど、父と母ぐらいしか思い付かないが、その両親がこんな状態では知ったことではない。僕は、そそくさと服を脱ぎ、屹立したペニスを恥じることもなく正面に晒して、全裸になった。

「皆さん。恥ずかしがり屋のピアニストを罰して上げて。縛り上げて私と一緒に晒し者にしてください。その子は私にペニスを突き入れたくて仕方がないのだから、絶対にできないように繋ぎ止めるのよ」

びっくりしたことに、Mの演説にすぐ反応した父と母が、麻薬にでも侵されたように俊敏に、僕に迫って来た。
父が僕を床に押し倒し、両腕を背中にねじ上げる。黒い麻縄を持った母が後に続き、厳しく縛り上げる。

三人の家族が、ともに素っ裸で性に狂っていた。
両腕の痛みに抗うように、床に押し付けられた顔を上げてMの様子をうかがう。彼女は黒縄に緊縛された素っ裸の身体で両足を開いて立ち、股間に食い入る二本の縄の間に挟まれた黒々とした陰毛を揺するようにして、声もなく笑って僕を見下ろしていたのだ。
両親の手で僕は、Mと背中合わせに緊縛された。後ろ手に縛られた僕の両腕の上に彼女の両腕があった。僕の背が低いのではなく、彼女の両腕が柔らかいため、首筋近くまで高く組み合わされているのだ。やはりプリマには、叶う術もない。

しかし、二人の尻は同じ位置にあった。彼女の足が長いことを認めるのにやぶさかではないが、僕はうれしかった。彼女の呼吸や身動き、それらのすべてがダイレクトに僕の尻に響く。彼女の温かい尻の感触を感じるだけで、ペニスはもう爆発しそうだった。
両親にMが命じたわけではないが、僕の身体にも縦縄が走っていた。肛門に無理矢理挿入された縄の結び目を作ったのはきっと父だろうが、即座に肛門を割って挿入した母の実行力も大したものだった。僕と彼女の股間をそれぞれに割った縦縄は、二人が身体の向きを変えられないように、相互にきつく連結されていたのだ。

「どうもご苦労様でした。皆さん方は皆さん方で、旧交を温め合ってください。私とピアニストは、皆さんのお仕事が無事終わるまで神妙に晒し者になっています。もちろん背中合わせに緊縛されていますからセックスの心配は要りません

まるで競技会の選手宣誓みたいにMが宣言すると、即座に父が動き出した。
父は母の背後に回って両手を取り、黒い縄で後ろ手に縛り始めたのだ。目を丸くして見つめているうちに、全裸の母は僕たち同様、菱縄後手縛りの姿に緊縛されてしまった。縄目の所々に余った脂肪がくびり出されている裸身に、股間を割って縦縄が走った。

「ひー」と言う、二本の縄に性器を挟み込まれた母の悲鳴が、無惨に僕の耳を打った。
後ろ手に縛り上げられたまま床に寝かされた母に父がまたがり、押し広げた股間に、ぎら付いた顔で迫る。
両親の痴態を黙って見下ろしていたMの身体が微かに震え、ぴったりと密着した尻を通して、彼女の官能がぴりぴりと伝わる。いつの間にか僕の尻も震えだし、共鳴し合った尻の感触が熱い官能の嵐となって、固く勃起したペニスから脳の中心へと何回も行ったり来たりする。

官能の高まりに連れて前後に腰を使いだしたMが、二人を繋ぎ止めた縦縄を奔放に引っ張る。その度に股間が強く縄で擦れ、肛門に挿入された結び目が隠微な刺激を痛烈に送信して来る。彼女の性器と肛門に呑み込まれた結び目もきっと、同じような刺激を与えているはずだと思うと、僕の官能はますます燃え上がってしまう。音になって聞こえる荒い呼吸を確かめ合いながら、僕は彼女の腰の動きに合わせ、また逆らうように尻を前後左右に振った。互いに背中合わせに縛られているにも関わらず、合わせた肌を通して一緒に、性の高みへと上り詰めていったのだ。

こんな風に性の絶頂を極めていいものだろうかと思ったとき、マスターベーションのことが脳裏に浮かんだ。
「セックスなんて一人でもできる事じゃあないか」と思い当たり、にわかにペニスが萎え掛かったとき、急にMが歩き出した。
繋がれた縦縄が強く引かれ、股間と肛門に走る激痛に「うっ」と唸った僕にお構いなく、彼女は後ろ向きの僕を引きずって両親の側へと歩く。
後ろ向きに引きずられ、たたらを踏むようにして付いて行く僕はたまったもんじゃない。萎え掛かったペニスを見透かされたのかと焦り「どうしたんですか」と問い掛けると「君の両親を応援に行くのよ。年少者の努めってもんでしょう」と、わけの分からない答えが返ってきた。

Mの行動に付いていけないことを見透かされないように「チチは縛られるのが好きなのかと思ってた」と無理に言葉を重ねると「性に定番はないのよね」とあっけなく言い捨てられてしまった。
股間の痛みを止めようとして聞いた問に対する答えは、極めてシンプルだった。そう、性に定番はないんだ。きっと僕は、面倒くさい気配りの要らないマスターベーションを選ぶな。

「だめよ。早く付いて来なきゃ。君のチチとハハがピンチなんだから」
のろのろと引きずられる僕が一喝されたかと思って、ペニスが萎えきってしまったが、杞憂だった。
彼女が横に歩いたお陰で、ようやく視界に入った光景から舞台の進行が分かった。Mは、母にのし掛かったまま萎えてしまった父のペニスを救援に行くつもりなのだ。
まるで騎兵隊だな、と僕は思った。ビデオで見たジョン・フォードの古い映画を、今さらMに見せてもらいたくはなかった。

母の股間を割った縄をほどき、正に挿入しようとしたところで立ち往生してしまった父のペニスに、Mは後ろ手の不自由な格好で、しかも背後に僕を従えた異様な体勢のまま食らいついた。
しばらく彼女が舌を使い、立ち直った父のペニスはようやく、母にインサートできたようだった。後ろ向きの僕に見えはしなかったが、中腰の苦しい姿勢に耐えきれなくなったころ、高まりを極める両親のくぐもった声が妙に新鮮に、すばらしく耳に響いて来た。何年振りのセックスなのかは知らないが、とにかく祝福するだけの価値はあると、十分に感じられた。

久しぶりに官能を極めたに違いない両親がその後、背中合わせに緊縛された僕とMにしたことといったら、お礼の気持ちがあったにしても、とても思い出したくはないほどの凄まじさだった。何と、母が僕のペニスを口にくわえさえしたのだ。
別にもう、僕はどうって事はないが、最後までMと普通のセックスができなかったことだけが悔やまれてならなかった。

やっぱり僕は、性を憎みながら一人で性に浸る方が性に合っているようだ。


次項へ
BACK TOP



Copyright (c) 2010 AKAMARU All Rights Reserved.