5.友の肌合い

白々とした朝の光が水道記念館を照らしだした。夜明けとともに活動を開始した小鳥たちのさえずりが静まり返った林に響き渡る。朝日を浴びて紫紺に輝くルリビタキが、二階のベランダに留まって周囲を見回す。だが、猫の子一匹通りはしない。冬枯れの梢を、時折冷たい風が渡っていくだけだ。山全体が自然公園に指定され、犬の散歩が禁止されているため、早朝から登ってくる者はいない。八時を回ってやっと、通勤の車がせわしなく行き交いだす。山越えの近道が市街を抜けるのに便利なのだ。それも三十分くらいで疎らになる。後はまた荒涼とした冬景色が戻ってくる。水道記念館の二階で寝入ったまま、九人の男女は冬眠する建物と一体になって半日を過ごした。さすがに安眠する者はなく、交互に寝返りを打つ音が静けさの中に響く。それぞれの白昼夢がブラインドの隙間から入る光線の中に狂おしく舞っていた。光の角度がゆっくりと変わり、背後の山の端に日が隠れたころ風が吹き出した。風は裏山の梢を掠めてびょうびょうと吹いた。じっと風の音に耳を澄ましていた修太の胸ポケットで携帯電話が振動する。

「はい」
電話を耳元に寄せて緊張した声で答えた。周囲で聞き耳を立てる気配が全身に伝わってくる。
「十月の満期は夜が少々」
はっきりした声が聞こえると同時に電話が切れた。情報担当の神無月からの電話だった。ピアニストの銀行口座から、ある程度の金が引き出せて、夜持って来るという内容の暗号だった。携帯電話の電波を警察に聞かれても、このくらいなら内容を解読できるはずはない。金額はともかく、まとまった金が入りそうな予感が修太の不安をいくらか癒した。

「夜になってから、神無月が金を持ってくる」
隣で毛布をかぶって横になっているピアニストの背に小声で伝えた。返事はないが、聞いている証拠のようにピアニストが全身でうなづき、寝返りを打った。
「見張りを代わってくるよ」
誰にともなく言って修太は起き上がった。左手首の時計は午後三時を指している。二時間の見張りを終えれば暗くなるはずだった。待望の夜が来る。ふと、夜行性の野獣に思いを馳せてから小さく首を左右に振る。屋根裏にぶら下がったコウモリを描き直した。冬眠する機会を失ったコウモリだ。シュータによく似合っていると思う。修太の口元に久しぶりの微笑が浮かんだ。大きく伸びをしてから膝を屈伸させる。両膝の関節が情けない音で鳴った。テーブルに置いたままの手製の拳銃を右手で握ってから、銃器を粗雑に扱った不用心さに顔を赤らめる。マウンテンパーカーのファスナーを上げながら周囲を見回した。ブラインドの隙間から入る光でぼんやりと照らしだされた部屋の隅に四人が横になっている。それぞれが毛布を頭からかぶり、寒そうに身体をくの字にしている。呼吸につれて上下する毛布がそれぞれの命を主張していた。いずれも眠っているとは思われぬ浅い呼吸だ。既になくしてしまった命を惜しんでいるような呼吸だった。見つめる修太の目頭が熱くなる。いつ絶たれてもおかしくない命が四つ転がっているのだ。右手に持った拳銃が重い。修太は拳銃をパーカーのポケットに入れ、大きく首を左右に振ってドアに向かった。極月が見張りの交替を待ちかねているに違いなかった。独りの見張りは不安を募らせる。まして今は、風の音で外の気配を探ることもできない。悪い予感だけが時間とともに大きくなっているはずだった。

ドアを細く開けて部屋を出ようとしたとき、壁際の大きな毛布の固まりがもっこりと動いた。途端に昨夜の光景が脳裏に甦った。憔悴しきった修太の意識に華やかな官能の火が灯る。見下ろした灰色の毛布の下に、まぶしい裸身が透けて見えるようだ。修太は屈み込んで、悩ましく蠢いている毛布をまくり上げた。毛布の下から二つの裸身が現れる。スプーンを重ねたように横たわったMと弥生の白い裸身がブルッと震えた。突き出された豊かな尻が怒りと寒さに震えている。見覚えのあるMの尻だ。肛門に挿入された金属棒の先が尻の割れ目で銀色に光っている。尻と一緒に震える金属棒が淫らな感情をあおり立てる。たちまち頬が熱くなって逃げ出したくなったが、すでに遅い。修太は疲れ切った頭で言葉を捜した。

「M、便意を我慢して震えているのかい。極月が肛門栓を外さなかったものね。俺が外してやろうか」
取って付けた口調で修太が声を掛けた。毛布をまくり上げたことで引っ込みがつかないでいるのだ。修太の幼さがMにはおかしかった。今までの羞恥も怒りも嘘みたいに消え失せてしまう。Mは余裕を持って首を上げ、修太の顔を見上げた。
「いつになく優しいことを言うわね。肛門栓の代わりに、小さなペニスを埋めてくれるのかしら」
おどけた声を聞いた修太の顔が、瞬く間に真っ赤に染まる。憎悪を込めてMの尻を蹴った。狙い澄ましたように修太の蹴りは尻の割れ目に決まり、したたかに肛門栓を打った。
「ムッー」
くぐもった呻きがMの口を突いた。激痛が肛門から脳へ駆け上がっていく。修太の短小コンプレックスは未だに健在だったのだ。

「縛られた女を虐めるのが修太の趣味だったわね」
眉間に皺を寄せたMが、じっと修太の目を見据えて言った。
「せっかくだから修太の優しさに甘えさせてもらうわ。早く肛門栓を外してちょうだい。ウンチがしたいのよ」
黙ったまま肩を震わせている修太に、Mが追い打ちを掛ける。
「さあ、早くしてよ。今にも漏れそうなのよ」
弥生の肛門栓に繋がれた鎖をいっぱいに張って、Mが修太に尻を突き出す。Mに引かれるまま弥生も尻を持ち上げた。二つの尻が修太を脅迫する。進退窮まった修太が目をそらす。途端に横のドアが大きく開けられた。

「弥生、何のための反省なの。恥を知りなさい」
会議室に入って来た極月が二つの尻を見下ろして、あぜんとした顔で弥生をなじった。極月の叱責を受けた弥生の裸身が小刻みに震える。
「ごめんなさい。修太がMにちょっかいを出すから、私も腹を立ててしまいました」
弥生の言い訳を耳にした極月が怖い顔で修太をにらみ付けた。
「修太、主席のあなたが見張りの交替を忘れ、虜囚を構っているようでは先が知れるわ。反省ものよ」
修太の頬がまた真っ赤に染まった。部屋の奥で聞いているに違いない男たちを意識して威厳をつけた声で抗弁する。

「極月は見張りについていたはずだ。たとえどんなことが起きても持ち場を離れては困る。それに、毎朝三十分間外す決まりの肛門栓も外し忘れた。そもそも発端はMの便意から始まったんだ。反省が必要なのは極月の方だ」
今度は極月が怒りで顔を真っ赤に染めた。

「いいわ。私は持ち場に帰る。二人のことは指導者として修太が処理してください。私のミスまでカバーしてくれてありがとう」
早口に言って、極月はドアを閉めて階下に下りてしまった。相変わらず高く掲げられた二つの尻が修太の目の前に残されている。
「聞いたとおりだ、俺が肛門栓を外す」
疲れ切った声が響いた。我ながらうんざりした声だと修太は思った。組織が崩壊していく音が、耳の底から聞こえてくるような気がした。確かに組織は存亡の淵にある。Mと戯れているときではないことは百も承知だった。だが、掲げられた二つの尻が決断を迫っている。指導者としての力量が問われていた。

「修太、私は大丈夫。Mにだけトイレを使わせてやって」
極月の叱責で我に返った弥生がしおらしい声を出した。
「分かった、そうするよ。でも、わずかの間でもMを自由にするわけにはいかない。リングを付けて曳いていくことになる」
修太の言葉で弥生の素肌が緊張するのが分かった。Mの下半身に嫌な予感が立ちこめる。Mの尻の後ろに屈み込んだ修太が、弥生の肛門栓に繋いだ鎖を外した。

「昨夜開けた穴にリングをはめる。M、立ち上がって前を向きなさい」
低い声で修太が命じた。テーブルの上の極月のアタッシュケースを開け、直径二センチメートルの金色のリングを摘み上げる。リングをぶら下げた弥生の股間がMの脳裏をよぎった。白い顔が屈辱でゆがむ。しかし、Mは虜囚なのだ。屈服はしないが、抵抗もしないと宣言までしてしまっていた。

「両手を上げて股間を突き出すんだ。弥生と同様陰門を封鎖する」
Mは手枷で戒められた両手を上げ、両足を大きく開いて股間を晒した。修太が足元に屈み込み、二枚の陰唇に通してあったビニールパイプを抜き取る。鋭い痛みがMの背筋を貫いていった。代わって冷たい金属の感触が粘膜を襲い、カチッという金属音が耳の底まで響いた。股間で金色のリングが揺れている。

「しばらく見ぬ間に、あんなにコケテッシュだった股間がぶよぶよになってしまったね」
修太の揶揄する声が羞恥に油を注ぐ。惨めに突き出た下腹部をへこまして、そっと股間を見下ろす。股間に垂れ下がった金色のリングが目に入った。屈辱と羞恥で全身が真っ赤に燃え上がるようだ。リングの先に二メートルほどの細い鎖を繋いでから、修太が尻を掲げるように命じた。無様に股間にぶら下がったリングと鎖を鳴らして、Mが四つん這いになって尻を掲げる。肛門栓の先端に差し込んだ鍵が回されると、体内で膨張していた形状記憶合金が嘘のように細くなり肛門から抜き去られた。元通り窄まった肛門が歓喜の声を上げる。

「さあ、行こう」
修太が声を掛けて、股間のリングを曳いた。
「ヒッ」
陰唇が引き裂かれる苦痛と恐怖に悲鳴を上げ、足をもつらせながらMが立ち上がった。素っ裸で手枷に戒められ、股間にぶら下がったリングに繋いだ鎖を曳かれてドアへ歩く。異物の取り除かれた肛門だけが開放感を謳歌していた。

「修太、何をしているの」
突然ドアを開けて入ってきた睦月が、怖い顔で修太を問い詰めた。
「Mのトイレ・タイムさ。極月が見張りでできないから、俺が代わりをする」
「シュータの主席の仕事とは思えないわ。この非常時にあきれ返ってしまう」
睦月の早口の声に苛立ちと怒りが混じった。
「虜囚を逃がすわけにはいかないよ」
言い訳としか聞こえない小さな声で修太が答えた。Mの口元に笑いがこぼれる。睦月の怖い視線がMを見据えた。

「何のために弥生がいるのよ。二人のリングを鎖で繋げばいい。いくら弥生が反省中でも、虜囚の見張りぐらい命じなければ指導者として配慮に欠けるでしょう。さあ鎖を貸して」
修太の手から銀色の鎖を奪い取った睦月が、尻を突き出してうずくまっている弥生に冷たい声で命じる。

「弥生、立ち上がって前を向きなさい」
立ち上がった弥生の引き締まった裸身がMの横に並んだ。素っ裸の長身の二人が短身の修太と睦月に向かい合った。Mの股間から延びた鎖の端を、睦月が素早く弥生のリングに繋ぎ止めた。
「さあ、仲良く鎖に繋がれて一緒にトイレに行って来なさい」
睦月が楽しそうに言って、弥生の尻を叩いた。美しい裸身が屈辱に震える。修太と一緒にピアニストの方へ向かう睦月の背を、怒りに燃える目でMは見送る。弥生に代わって皮肉の一つも言ってやればよかったと悔いが残った。込み上げてくる怒りで火照った腰に、さり気なく冷たい素肌が寄り添ってきた。

「M、慎重に歩かないと股間が裂けるわ。睦月の意地悪ごときに挑発されてはダメよ」
「分かっているわ。弥生の代わりに腹を立てただけよ。とても仲間にする仕打ちとは思えない」
弥生の裸身が寂しそうに震えた。今度はMが弥生の腰を尻で突いた。それを合図に二つの裸身が寄り添ってドアを出る。股間にぶら下がったリングを繋ぐ鎖が弧を描いて垂れ下がり、二人の歩みにつれて隠微に揺れ動いた。薄暗い廊下を五メートルほど歩くと二階のトイレの前に出る。弥生がドアを開け、Mは狭さに驚く。畳半畳ほどの空間に置かれた白い和式の便器がわびしい。壁に穿たれた小さな窓にはブラインドがなく、冬の午後の光が曇りガラスから差し込んでいる。暗がりに慣れた目には明るすぎるトイレだった。白々とした光に照らしだされた裸身を、思わずMは見下ろしてしまう。唐突に、消え入ってしまいたい気持ちになった。リングをぶら下げた贅肉のついた裸身が恥ずかしかった。同じ格好でも、鍛え上げられた美しい弥生の裸身と比べると、情けなさがひとしお募ってしまう。

「二人並んでいると、狭すぎて用を足せないわ。私が後ろ向きで奥に行くわね」
Mの気持ちにお構いなく、向かい合った弥生がゆっくり後ずさっていく。リングを繋いだ鎖が張り詰めていき、二人の股間が鋭く痛んだ。Mは後ろ手にドアを閉め、弥生に曳かれて便器をまたいだ。

「静かに屈みましょう」
弥生の合図にMがうなずき、ゆっくりと尻を下ろしていく。弥生は便器と壁の間の狭い空間にしゃがみ込む。Mはできるだけ便器の後方にしゃがんだ。尻が便器の後ろに出てしまっているようで不安になる。二人とも大きく両膝を広げ、狭い空間に入り込もうと努めた。広げきった膝頭が痛いほど密着する。弥生の股間が便器に触れ、リングが陶器に当たる音とともにウッという呻きが洩れた。
「弥生、大丈夫」
眉間を寄せた弥生にMが問い掛ける。二人の顔の間は三十センチメートルと離れていない。
「ええ、大丈夫よ。苦しい姿勢だけど用を足してちょうだい」
二人の股間の間で垂れ下がり、便器に溜まった水の中に沈んでいる鎖を手探りでたぐり寄せた弥生がMを促す。弥生の優しさが身に滲みるが、Mに用を足す気はない。修太との行きがかり上、トイレに来る羽目になってしまっただけだった。しかし、今更言い出しかねて、Mは言葉を探す。

「こんな格好で二人でいると、不思議な気分になるわ。トイレにいる気がしなくて便意もなくなってしまう」
Mは困惑した声音を装って言い、乳房の下に置いた両手で弥生の両手を握った。二人の手枷の鎖が鳴る。そのまま両手を上げ、弥生の手だけを頭上に残して手を下ろした。下ろした両手を弥生の胸元に当て、ふっくらとした右の乳房を包み込む。上を向いた乳首を右手で摘み左手で乳房をもみ上げる。手枷の鎖が鳴り続け、柔らかだった乳首が固くなって突き立ってきた。戸惑った顔をしていた弥生がMの首に両手を回してから、そっと瞼を閉じた。どんなときでも、どんな場所でも性は刺激に応えるのだとMは改めて確信する。リングをはめられた股間から勇気が湧いてくるのが分かる。

「弥生、あなたたちの信仰に未来はないわ。行き着く当てのない道を捨てて私と一緒に元の世界に帰ろう」
優しく愛撫を続けながらMが言った。閉じられていた弥生の目が開き、思いの外静かな声がMの耳を打つ。
「いいえ、信仰には未来があるわ。私たちに未来はなくともね。すべてが滅び去った後に花開く美しい世界が、私には見える」
「それはきっと妄想に過ぎないわ。いくら現実が醜く耐えられなくても、妄想よりはすてきよ。だって手で触れられ、共感することができるもの。こんなに耐え難く屈辱的な目にあっても、弥生の性は私の愛撫に共感しているわ。本当にすてきなことよ。この性は決して妄想ではなく、どんな屈辱にも恥辱にも打ち勝つことのできる現実なのよ。ねえ弥生、もう一度、元の世界に戻ってみない」
手枷で戒められた弥生の両手がMのうなじを抱いた。そのままMを引き寄せ、迷いのない目でMの目を見つめる。弥生は静かに首を左右に振った。

「決心は変えないわ。もう私は、現実を拒絶してしまっているの。確かに私たちは屈辱的な恥辱を味わっているわ。素っ裸のまま鎖に繋がれ、二人一緒にトイレに入るなんて想像もできないことよ。でも私にとってはMが思うほど辛いことではないの。いずれ滅びる身が現実に弄ばれているだけだと思う。辛くて悔しくて仕方がないと思うほど、このまま滅び去ることが惜しくてたまらなくなる。そして、この試練の先には惜しまれるのと等価の世界が広がっているの。私はその世界を信じる。もう引き返したくない」

確信に満ちた声を聞きながら、Mは熱心に弥生の乳房を揉みほぐし、突き立った乳首を愛おしんだ。
「確かに、この美しい乳房が滅ぶのは惜しいわ。でも私の愛撫に共感する感覚は今現在だけの弥生の特権だと思う。肉体の滅び去った世界がいくら素晴らしく美しくても、性のときめきだけは決して得られはしない」
「私には、なくていいものだわ」
即座に答えた弥生の声に、Mは悲しみを聞いた。

「窓の外に人の気配がしたら、私は大声を出す。いいわね、一緒に帰ろう」
Mの張り詰めた声が狭い空間に響き渡った。二人の視線が絡み合い見つめ合ったまま、ゆっくりと短い時が流れる。激しい風の音に混じってバイクのエンジン音と若者の嬌声が聞こえてきたとき、Mが全身を緊張させて大きく息を吸い込んだ。喉元まで込み上げた叫びを、すんでの所で弥生の口が封じた。素っ裸のまま向かい合って便器の上にしゃがみ込み、大きく両膝を広げ合った二人の女が口付けを交わしている。大きく開いて被せられた弥生の口の中で、Mは唇を開き舌を伸ばした。ぎょっとして小さく窄められた舌に、ひとしきり舌を這わせてから意地悪く退く。Mの舌を追っておずおずと弥生の舌が伸びた。二つの舌がもつれ、激しく絡み合う。微かな喘ぎが二人の口の間から漏れた。Mがそっと目を開くと、目の前に切れ長な弥生の目があった。まさに燃え上がろうとする炎が瞳の中で揺れている。

「M、どんなことがあっても、生きてる限りMを守るわ」
感に堪えた声で弥生が叫び、中腰になって立ち上がった。しゃがみ込んだMの身体に全身でのし掛かっていく。Mの乳房に弥生が激しく股間を擦り寄せる。柔らかな陰毛と陰唇からぶら下がったリングが、腰の動きにつれてMの左右の乳房をなぶる。そのままの姿勢で弥生は腰を下ろし、Mの下腹部に尻を預ける。肛門栓の先が下腹を鋭く突いた。急に便意が高まり、弥生を下腹に乗せたままMは激しく脱糞した。肛門栓で封じ込まれていたガスが何回も大きな音を立てる。狭い空間にやり切れないほどの臭気がこもった。断続して肛門を襲うガスの音に顔を赤らめながら、Mは弥生の乳房に顔を埋めて小さく言った。

「ごめんなさい。恥ずかしくて全身赤くなってしまった」
「トイレに来たのだもの恥ずかしがることはないわ。私だってMの前で同じことをする。かえって一緒にいられたことがうれしい」
落ち着いた口調で言った弥生は、器用に身体を捻ってMの横に中腰で立った。

「M、鎖に注意して身体の向きを変えて。水を流してからお尻を洗って上げる」
弥生が有無を言わせぬ声で言った。
「まさか、弥生にそんなことさせられないわ。私は寝たきりのお婆さんではないのよ」
ほとんど祐子と同じ年齢の弥生がMの保護者のように振る舞う。Mは面食らってしまった。自分のお株を取られたような気さえした。

「恥ずかしがらなくてもいいのよ。排便の後には、また肛門栓を挿入されるわ。お尻の穴を清潔にしておかないと、きっと肛門が爛れてしまう。睦月はたった三日間の反省だったけど、三日目には肛門が真っ赤に爛れたわ。痛みで涙を流していたのを覚えている。私たちの反省は二か月間よ。余程注意をしないと歩くこともできないほど肛門が爛れてしまうわ。さあ、後ろ向きになってお尻を出しなさい」
弥生の言葉に促されて、Mが苦労して後ろ向きになる。弥生が便器の水を流す。しばらく水を流し続けてから、少し温かくなった水を両手にすくった。

「M、頭を床に着けてお尻を突き出すのよ」
言われたとおり後ろに突きだした尻の割れ目に、冷たい水が浴びせられた。水が三回掛けられた後、冷え切った尻を柔らかな手が丁寧に洗う。肛門の粘膜をとおして弥生の温かさが全身に伝わる。Mはリングに封鎖された陰門の奥が濡れそぼってくるのを感じた。どんなときでも官能は高まるのだ。忘れていた二つ目の事実をMは思い出した。

「いいわよM、一応きれいになったわ。でも水だけではダメ、外に出たら廊下に横になるのよ。股間を繋いだ鎖が短いけれど、何とかして肛門を舐めて上げるわ」
Mは耳を疑ってしまった。祐子ほどの少女が大胆なことばかり口にする。これまでの情報が整理し切れず、Mの頭が一層戸惑う。確固とした弥生の言動に追われるようにトイレを出て廊下に横になった。

「M、もう少しお尻を上げて。鎖が張り詰めて股間が痛むけど、我慢してね。もう少しで肛門に口が届くわ。お尻の穴に舌を入れるからびっくりしないでね」
Mの股間を目指して弥生が苦しい姿勢で屈み込み、顔を突き出して肛門を舐めようとする。二人の股間を繋いだ鎖はいっぱいに張り切り、リングをはめられた陰唇が無様に伸びきっている。Mの陰部を鋭い痛みが襲い、弥生の丸めた舌が肛門をなぶる。股間の痛苦と尻の快楽が同時に下半身を貫く。メラメラと燃え上がる官能の炎が下半身から脳へ這い上がっていく。
「ムッー」
思わず喘ぎ声が口を突き、Mは惑う。惑いの中から三つ目の確信が大きく立ち上がってきた。どんな状況でも官能の炎は身を焦がすのだ。歓喜と苦痛に歪む口元に妖艶な笑みが甦った。もう恐れるものなどありはしないと思った。

「終わったわ。これで完璧よ。乱暴に肛門栓を挿入されても、お尻が爛れる心配はないわ。できれば、私が排便した後も同じようにして欲しい」
Mの隣で横になった弥生が興奮した口調で言った。
「ありがとう。もちろんさせてもらうわ」
Mが上体を起こして弥生の口に唇を付けた。つぐんだ口を舌でこじ開け、肛門を舐めてくれた舌を愛おしんで舌を絡ませた。

「正直言って私はMが心配。何度も言うようだけど二か月間の反省は拷問より応えるはずよ。私は体力に自信があるし希望もある。でもMが絶望してしまいそうで怖い。ねえM、私は全力でMを守る。決して音を上げないでね」
再び身体を離した弥生が心配そうに言った。またMの意識が微妙に揺れる。私は少女に庇われ守られるほど軟弱に見えるのだろうか。こそばゆさが弥生に清められた肛門から立ち上ってくる。むずがゆさの中で、三度も思い出した官能の炎が怪しく尻を炙る気配を感じた。
「おもしろいわ」
Mは心の中で叫んだ。弥生と、とことん付き合ってもいいと思った。何よりも官能があり、人の温かさがある。そんな弥生が信じてしまった信仰の行く末をはっきりと見据えなければならないと覚悟を決めた。

「多分私は、弥生が思っているほど弱くはないみたいよ」
弥生を安心させるでもなく、自分に言い聞かすでもなく、小さな声でMがつぶやいた。隣で横になった弥生の切れ長な目に笑いが浮かんだ。上を向いたMの口元にも微笑が浮かぶ。後二か月がテロリストたちに残されることを、Mは初めて願った。


二回目の夜の訪れとともに、冷たい闇を縫って神無月が裏の階段から忍んで来た。水道記念館の二階の会議室に低い声が響く。
「ピアニストの預貯金はすべて封鎖されていた。かろうじて二か所の郵便局のATMから二百五十万円を引き出せただけだ。もちろんビデオカメラが動いていたから、俺も今日から手配される」
テーブルの上に札の入った封筒を置いて、神無月が暗い声で先を続けた。

「オシショウ、ピアニスト、修太、睦月、弥生の五人は昨日のうちに指名手配された。今日の午前中には卯月の部下の月曜日と日曜日が逮捕された。もちろん微罪に引っかけた別件逮捕だが、死んだ水曜日と金曜日の交友関係から簡単に卯月の組織が洗い出された。今回の軍事部門はこれで壊滅した。あっけないほど脆いものだ。交友関係を辿られれば対抗しようもない。卯月も今日付けで指名手配されている」

テーブルに置いたランタンの光にぼんやりと照らしだされた室内に、そろって溜息が落ちた。昨夜と同様ドアの横で壁に向かい、素っ裸のまま反省のポーズを続けている弥生の裸身からも微かな吐息が洩れた。Mの豊かな尻に触れたまま、身動き一つしなかった引き締まった尻が細かく揺れる。二人の肛門栓を繋いだ鎖が小さな音を立てた。弥生の悔しさがMの素肌に伝わってくる。
「神無月の報告のとおり状況は悪い。資金も思ったほど集まらなかった。早急に山岳アジトに移って出撃の機会を探ろう。このままではじり貧になるだけだ」
ピアニストの悲壮な声が響いた。

「賛成だ。ピアニストの提案以外にシュータの生きる道はない。滅びに向けて戦い続けるにしても戦い方がある。一方的に追い詰められて蹂躙されるのは嫌だ。時を見て出撃するしかない。今夜にもアジトに移動しよう」
修太がピアニストの提案を引き取って応えた。シュータの指導者としての矜持が張り詰めた声にこもっている。
「ダメッ、夜の移動なんて危険すぎる。検問に引っかかって銃撃戦になるだけだわ。それで一巻の終わりよ。移動するなら白昼堂々、他の車に紛れてさり気なく行くべきよ。渋滞が激しい昼なら、警察も検問を続けることはできない」
睦月の熱を帯びた声に全員がうなずく。興奮した面もちの霜月が手製の拳銃をコートのポケットから出して左手で銃身を撫でる。銀色の火器がランタンの光を浴びて輝く。カチッと撃鉄を起こす乾いた音が室内に響いた。
「霜月、よせ。暴発したらどうする。銃器などは滅びを彩るただの飾りだ。花火大会は最終日にしろ」
ピアニストの叱責に霜月が頬を赤く染めて抗弁する。

「まだ爆弾だって二発残っている」
「それがどうした。ここで打ち上げる気か」
冷たい声でピアニストが応え、修太に命じる。
「方針は出たんだ。早速細部を詰めてくれ。明日の夜は山岳アジトで落ち着きたい。オシショウは僕が納得させる。時間がないんだ。すぐ始めてくれ」
命令を下したピアニストは、大きく両手を組んで目をつむった。部屋の中にオシショウの姿はない。午後十時を回ったころ、コンビニエンス・ストアーに行くという冗談を残して外に出たきりだった。オシショウの行動を制止できる者は誰もいない。しかし、時と場合があるとピアニストは思う。この非常時に、たとえオシショウだからといって無責任過ぎた。ピアニストはオシショウの勝手な行動を憎んだ。何よりも今、秩序が重んじられねばならないのだ。じっと瞑目したまま、ピアニストはこれまでの経過に思いを馳せる。

エレベーターの爆破ごときの物損は金で片付く。問題は死者と怪我人だけだとまたしても思い至る。これまでに何回となく出した結論だった。弥生の軽率な行動が悔やまれてならない。反省二か月の懲罰も軽いとさえ思う。シュータに集まった子供たちを使ったことが間違いだったとも思った。だが、コスモス事業団の理事長亡き後の社会変革の夢は、組織を持たないピアニストには妄想でしかなかった。夢を現実に繋いだのがシュータと思えば悔いを残す余地はないはずだった。しかし、つい愚痴りたくなる。指導者を命じた修太も甘い。組織全体のゆるみが今日の事態を呼び寄せたのだ。ピアニストは顔をしかめて首を左右に振った。何とか滅びを押し止める方法はないのかと、思考はまた迷路にさまよい出る。口で滅びを賛美するからといって、ピアニストの関心は滅びなどにはない。何とかして社会の向かう方向を変えさせることだけを望んだ。オシショウの教えなどは、あってもなくてもよかったとさえ今は思う。信じられるものは自身の思想だけだった。思えば、現実だけを生き抜いていくMの姿を拒絶してからもう十五年近くなるのだ。あるがままの現実を自在に操り、魔術師のように生きるMが今でも憎い。きっとMは、ピアノを捨てた僕を心の底で軽蔑しているに違いないと思った。ひとすじの道を歩めず、回り道をして迷う人間を馬鹿にしているのだ。ピアニストならばとうの昔に投げ出しているはずの過酷な状況の中で、望みを捨てずに自分の道を突き進むMの姿は脅威だった。そのMがまたしても目の前に現れている。不吉な予感がピアニストの脳裏を掠めた。腕を組んで瞑目したまま、ピアニストは苦笑する。殺人が絡む事件で追われる犯罪者が、不吉な予感もないものだと思った。世界はなぜ、Mが縦横に歩き回る理不尽さを許したのか。曖昧な規範がすべての原因だとピアニストは答える。魔術師のMが自在に動き回って影響力を振るえないように、細部まで緊密に構成された秩序ある社会が欲しかった。秩序だけが恣意に打ち勝つ。優れたデザインの基に社会を造り変える以外、Mのような者が跳梁する場を無くす方法はないと思う。そもそも性の拙さを笑われる所以はないのだ。独りで快楽に耽ることを責められる道理はないとピアニストは憤る。なぜMは僕を放っておかなかったのかと、出口無しの現在にピアニストの思考は乱れ、時間を遡って未練ばかりが募っていった。どうせ馬鹿どもとともに滅びるのなら、虜囚となったMを思い切り陵辱してから滅びたいと唐突に思った。少なくとも気分転換にはなるかも知れなかった。

ピアニストは腕組みを解き、目を開けてさり気なく周囲を見回して修太の姿を追った。修太は窓辺に寄って、四台の携帯電話を不規則に使い分けて手短に外部と連絡を取り合っている。他のメンバーも明日の移動の計画を練り上げるのに余念がない。ピアニストは音を立てないように椅子を引いて立ち上がった。気配を消すことに専心してゆっくりドアに向かう。ドアの横の壁の前に二つの裸身がうずくまっている。ピアニストの目の下に豊かな尻と引き締まった尻が並んでいる。二つの尻の割れ目に肛門栓の金属棒が突き出ている。陰門を封鎖した金色のリングがランタンの揺れる光を浴びて隠微に輝く。ピアニストはテーブルの上のアタッシュケースから肛門栓の鍵を摘み取って豊かな尻の後ろに屈み込んだ。少し開いた太股の間から床に頭を着けたMの顔が見える。いぶかしむ目が大きく見開かれ、ピアニストの弱気な視線を捕らえた。

「今晩はピアニスト。私の所に初めて来てくれたわね。修太より遅かったけど恨みはしないわ。ご用事はなあに」
ふざけきった口上にピアニストの頬が紅潮した。恥ずかしさに全身を震わせた後、努めて冷静な声を装う。
「シュータの虜囚になったMを陵辱しに来たのさ」

ピアニストの声と同時に、弥生の尻が微妙に震えた。Mの脳裏を疑問が掠める。弥生の反応はMを案じたものとは思えなかった。だが、シュータを操るピアニストの言動に疑いを持ったとも思えない。不思議な違和感が全身を満たした。Mはさり気なく剥き出しの股間から明るい声で応える。

「それは光栄ね。ところで、修太の許可は取ったの。あなたとオシショウは所詮顧問格よ。シュータの指導者は修太でしょう」
「僕が決めたことに逆らう者はいない」
断言したピアニストが肛門栓に鍵を差し込む。
「ピアニスト待って、私を陵辱する前に弥生を犯しなさい。あなたの成熟振りを見てからでないと私は安心できない」
今度は弥生の尻が激しく震えた。もう間違いはなかった。よりによって弥生はピアニストに好意を抱いたのだ。弥生の先行きに不安を感じてMの目頭が熱くなる。

「僕は、こんな小娘は相手にしない。見くびらないで欲しいね」
冷たく言い放ったピアニストをMが一喝する。
「弥生の素晴らしさが分からないピアニストは、いつまでたってもただのガキよ。私を陵辱できる道理がない。ペニスが折れてしまうのが関の山だわ」
挑発に乗ったピアニストの顔がたちまち真っ赤に染まった。心の片隅で僕らしくないと言う声が聞こえたが、もう取り返しがつかなかった。

「よしっ、二人まとめて陵辱してやる」
声を震わせたピアニストが二つの尻を繋いだ鎖を外す。右手でMの肛門栓に入れた鍵を乱暴に回した。栓を引き抜く指先が震えている。続けて弥生の肛門栓に鍵を差し込む。形状記憶合金が収縮するのももどかしそうに、乱暴に栓を引き抜く。弥生の尻を激痛が襲った。

「ヒッー」
陰惨な悲鳴が弥生の口を突き、うずくまった裸身が激しく震えた。
「よく泣く子供だ」
弥生の痛苦にお構いなく、立ち上がって二つの尻を見下ろしたピアニストが苛立ちのこもった声で言い捨てた。
「使い込んだMの尻に比べ、弥生の青い尻はいかにも酸っぱそうだ。とても僕のペニスを受け入れられるとは思えない」
ピアニストの追い打ちに、また弥生の尻が小刻みに震えた。寄り添った弥生の肌が熱くなったのが分かる。Mの全身を怒りが突き抜けた。尻の穴に力を込めてじっと怒りを耐える。

「Mの肛門が僕を求めてピクついてきたよ。さすがは性の達人だ。恥ずかしげもない。小さく窄められて恥じ入っている弥生の尻とは雲泥の違いだ」
無様な裸身を辱めるピアニストのあざけりをMが静かに遮る。

「ピアニスト、人を呪わば穴二つっていう言葉を知っているの」
「Mの墓も僕の墓も、どちらも掘る気はないね。ただの気晴らしをするだけだからね」
「ハハハハハ」
Mの笑い声が部屋中に響いた。驚いたピアニストが周囲を見回す。だが他のメンバーたちは切羽詰まった仕事に余念がない。

「やはりピアニストはインテリのガキね。私は墓穴のことを聞きたいんじゃない。ピアニストの言うように私は恥知らずだから、女の穴のことを聞きたかったのよ。お尻の穴にしか関心を持てないピアニストは女にとって男でないわ。女しか持っていない穴に、男しか持っていない棒を突っ込むから、男も女も天国にいけるのよ。弥生がよく泣くなんてよく言えたものね。尻の穴にしかペニスを入れられないピアニストごときに、女を泣かすことができるものですか。ガキのころと同様、マスターベーションに励んでいるのが分というものよ」
ピアニストの爪先から脳天まで猛り立つ怒りが駆けめぐった。目の下でMの肛門がピクピクと蠢いてピアニストを嘲笑っている。

「その辺でやめたがいい、役者が違うよ」
ドアを開けて入ってきたオシショウが涼しい声でピアニストをたしなめた。両手でコンビニエンス・ストアの袋を抱えている。袋から顔を出したワインのボトルとフランスパンが異様だ。目を丸くしてオシショウを見つめるピアニストの逞しい肩がわなわなと震えた。

「オシショウ、この非常時に買い物にいくなんて非常識すぎます。警察に通報されでもしたら取り返しがつかない」
叱責に動じる風もなく、オシショウがゆったりした口調で応える。
「怒ってばかりいるから判断ミスが出る。私のことよりピアニストは自分のことを心配すべきだ。私が帰って来なかったらこの場をどうしのぐ気だったのだ。二つの生々しい尻を並べては目の毒というものなのだよ。陰門を封鎖した女を女と思ってはいけない。尻の穴はあくまでも方便にすぎぬ。もっと自分を惜しむべきだなピアニスト。非常時とは惜しむべきことを学ぶときなのだ。やみくもに苛立つことはない」
ピアニストの両肩ががっくりと落ちた。

「さあ最後の晩餐としゃれてみよう。いいボジョレーが買えたのだ。新しいステージの前祝いになる」
颯爽と部屋の奥に向かうオシショウに、肩を落としてピアニストが従う。

「ピアニスト、命拾いをしたわね」
Mの楽しそうな声が股間から響いた。オシショウが立ち止まって振り返り、Mの尻に呼び掛ける。
「Mさん、元気がいいのは今のうちだけだよ。山の辛さを想像した方がいい。鍛え上げたピアニストにたっぷり泣かされることになるよ」
オシショウの言葉に弥生の尻が緊張して震えた。Mの脳裏を不安がよぎる。しかし、もう怖いものなどないのだ。運動不足で重く感じられる裸身を揺すってMは懸命に不安に抗おうとした。


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