僕は晋介の家の離れに泊まっています。
ひっきりなしに続いた異様な出来事で、まだ気持ちが高ぶっているのでしょう。目が冴えきって眠れません。襖一枚隔てた隣室からは、晋介の寝息が聞こえてきます。細やかで逞しい神経が羨ましくなります。「Mの物語」をたどる、僕の最後の旅は晋介との二人三脚でした。
自らの責任と人格で自立したMと異なり、僕には友人がいます。Mと比べて甘いと言われれば、黙ってうなずくしかありません。しかし、僕は胸を張ってうなずきます。限りない悲しさに立ち向かっていったMと同様、果てしない希望を被写体として追っていきたい僕にとって、共感できる同行者がいることは恥ではないからです。少なくとも、僕がもう少し大人になり、性の迷い道に踏み惑うまでは、晋介が代表する少年たちがMが知らなかった伴侶なのです。
もうじき午前〇時になります。
道子さんは伊東病院に入院しました。壇原先生の話では、一か月ほどの短期入院で済むそうです。結局、渡良瀬橋の夕日は見られませんでした。入院の説得までに思いの外時間がかかり、墓地にいる間に日が暮れてしまったのです。
眠れぬままに短い手紙を書いてみます。でも、今回の手紙はMに宛てたものではありません。これからMに出会うかも知れない、まだ見たことのない、僕の分身に宛てたものです。
前略
僕は進太。十五歳になる無業者です。
「Mの物語」を巡る旅を続けてきましたが、今日でおしまいにします。結局、Mを捜し出すことはできませんでした。
旅を始めたとき以上に、Mは遠ざかってしまったような気がしています。きっと、僕の踏み出した道が、Mと異なってしまったことの証なのでしょう。でも、いつかMに会えると信じています。
なぜなら、僕も自由に生きたいと思っているからです。しかし、Mのように、終わりのない道に踏み込む勇気がまだ湧いてきません。ゴールの見えないレースは悲しすぎます。僕は、やっと、うっすらと見えてきた視線で、なんとか僕のゴールを見据えてみようと思っています。まだ、時間はたっぷりとあるのですから、闇雲に駆け出す必要はありません。Mは、短距離ランナーのダッシュで、マラソンを走り続け、ちょっぴり疲れて休憩しているのでしょう。
Mは、限りない自由の道を進んでいきます。
ひょっとすると、Mを必要とする皆さんの街にいるのかも知れませんね。
あなたの街にMは行きましたか。あなたはMに会いましたか。
Mに会った人がいたら、Mに内緒で手紙をください。多分そのころ、まったく新しい暮らしを始めている僕にとって、その便りは心の安らぎになるでしょう。どうぞ、僕に手紙をください。
あなたの街にMはいますか。
あなたはMに会ったことがありますか。
進太
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