3.プリマ誕生

祝日の朝、午前九時に目覚めた私は、ベッドの中から会社へ電話を入れた。思っていたように、先に出社して待っていたらしい木村が電話口に出た。

「えっ病気、本当ですか。困ったなあ。俺一人で取材に行くんですか。困ったなあ」
困ったなあ、を連発する木村は、少しも困ってはいない声で「お大事に」と言って電話を切った。
何が本当ですかだ。動物園の猿山の取材なんて、木村が彼女でも連れて出掛けて行けばいいのだ。
すがすがしい朝を汚す木村に、たまらなく腹が立った。
なんと言ったって私は今日、プロのカメラマンのモデルになるんだ。木村ごときに構っている余裕はない。

取材を木村に任せきれて気が楽になり、いくらか誇らしい気分でそわそわと身繕いをしてから、オープンにしたロードスターに乗り込む。真っ青に澄んだ秋空が私の心を弾ませ、アクセルを踏む足に力がこもる。休日で道が空いていたせいか、思いの外早く彼の家に着いた。

今日は、庭の中央に聳える大きな木犀の下に車を止めた。朝の光の中で見る築三百年の屋敷は、さすがにくたびれて見えるが、威風堂々とした威圧感は、当時の分限者の権勢と矜持を十分に忍ばせてくれる。横手に連なる疎林越しに、彼が文化住宅と呼んでいた建物らしいものが見える。その住宅はなんと、コンクリート造りで、ちょっとした集会所ほどの大きさだった。資産家の考えることは庶民にはよく分からないな、と思いながら玄関先に立った。

「こんにちは」と、大きな声を掛けるがなんの反応もない。大きすぎる家も不便なものだと独り言を言って引き戸を開き、土間に入った。屋内はほどよく照明されていて、明るい戸外の光に慣れた私の目にも特に障害はなかった。

彼はソファーに掛けていたが、私の姿を認めるとバネ仕掛けの人形みたいに飛び出して来た。服装は、タンのチノパンツにグリーンのコットンシャツ、ベルトは茶でソックスは白だった。シャツを肘までまくった右手首の、IWCのリストウォッチが眩しい。
今日の私はシンプルに、アイボリーのシルクニットのワンピース姿だったが、昨日のパンツルックよりは、よほどシックに見えることを祈った。

「待っていましたよ、来てくれないかと心配していたんです。さあ、早く上がってください」と急き立てるように促す。
私は昨日と同じソファーに座り、さりげなく辺りを見回した。昨日と比べ特に変わったことはないが、よく晴れた朝なのに、どこからも外の光が入って来ない。恐らく周囲に巡らしてあるクリーム色のカーテンの外は、パネル材のようなもので固めてあるに違いなかった。

「すぐ始めましょうね」
彼はどこか落ち着かない様子でライカM4を取り上げた。今日は、コーヒーは出ないようだ。

ソファーの周りに二基の照明器が用意され、私の正面のほか斜め後方の高いところからも白い光線が浴びせられる。
「レンブラント光線で撮りますからね」
正面のライトの影から、彼の声とライカの静かなシャッター音が聞こえた。私はどんな格好をして、どんな表情をすればいいのか。彼からは、なんの指示もない。シャッターの音を聞きながら少し不安になる。だって今日、私はモデルなんだから。

私の顔に不安そうな影が射したのを見透かしたように、ライトの影から出て来た彼が、前の椅子にどっかりと座った。
彼は喘ぐように肩を上下させ、私を通り越した先を見るような目をしてしばらく、うーうーと声にならないうめき声を上げていた。私は心配になって顔を覗き込んだ。

「お願いだから、脱いでくれないか」

覗き込んだ私の目を、じっと見据えるようにして彼が言った。
「えっ」と言って絶句している私に、真剣な表情で畳み掛ける。
「脱いでください。あなたの美しい身体をレンズの中に入れてしまいたい、お願いです」
多分私は、こうなることを初めから予期していたのかもしれない。
私は、彼が被写体にして来た友人たちのような美しい世界を持っていないのだから、私自身の身体を彼に提供するしかないのかもしれなかった。不思議なことに私は、ほとんど驚かずに彼の言葉を聞き、そして頷いていた。

私は応接セットの衝立の影で、ワンピースを脱いだ。
背中に両手を回しブラジャーを外す。そのまま両の乳房に手を当て息を整えていると、いつの間にか後ろへ回っていた彼が、そっと肩に両手を置いた。瞬間、背筋の中を熱いものが走り、鳥肌だったうなじに彼の唇が触れた。反射的に振り返り、彼の胸にすがるようにして顔を埋めた。
背中に回された彼の両腕に力がこもり、抱きすくめられた私の唇に彼の唇が合わせられた。彼は強く口を吸った後、舌を入れて来た。二人の口の中で、彼の舌と私の舌が蛇のようにもつれ合う。裸になることで構えていた全身の力が急に抜けてしまっていた。
口を吸っていた彼の唇が離れ、首筋から胸へと身体を沈めながら移動する。背中に回した両手も私の肌を撫でながら下がり、腰のところで左右からショーツを摘み、一気に足元に引き下ろした。

「うっ」と私は声にならぬ叫びを上げたが、前にかがみ込んだ彼の舌が陰部に入って来たため、快感の声に聞こえたかもしれない。
私は腰の力が抜けてしまい、なよなよと床へくずおれてしまった。

床に座り込んだ私の肩に手を当て、体重を乗せるようにして押し倒した彼が両手を軽く握った。呆然として素直に差し出した両手を、彼は凄い力で背中へとねじ曲げ、ざらざらとした感触の縄のようなもので素早く後ろ手に括り合わせてしまった。

「はっ」として我に返ったが、私には未だ、この状況がほとんど理解できなかった。首を回して彼の姿を探すが、床に伏せた私の横で右手に縄を持って立っている彼の姿は、最前までとはまるで別人のようだ。確かに、一瞬のうちにすべてが変わったことだけは理解できた。

そのとき彼が、右手に持った黒い麻縄を強くたぐり寄せた。
後ろ手に縛られた両腕と肩に激しい痛みが襲った。縄尻を引かれるまま私は、よろよろと上半身を起こし、突然襲い掛かった痛みに怯え、ただうなだれるばかりだった。
私の頭脳の冷静な部分が、このままでは観念したと思われるだけだと告げる。ここで抵抗しなければと、焦る気持ちはつのるのだが、どうしても身体が付いて行かない。足元を見ると両膝は離れ、あられもない格好で座り込んでいた。

彼は、そんな私の様子に安心したのか、得意そうなバリトンで言った。
「びっくりしたでしょうね。理不尽な事とも思うでしょうが、あなたの美しさを引き出すためには、仕方がないことなんです。無防備な姿で、諦めきった様子で、そうして蹲っている裸身は想像していた以上に美しい。まるで私の友人たちを見ているようだ」
「やめてください。私はあなたに、こんな乱暴をされる理由はありません」
無意味なことを言ったと思ったが彼は小首を傾げ、私の言葉を反芻しているような仕草を見せた。
「乱暴。心外なことを言いますね。あなたの美しさを引き出すことが、そんなに嫌われなければいけないことなのですか。もっと喜んでくれてもよいのに」
「喜ぶですって。馬鹿なことは言わないで早く縄を解いてください。痛くてしょうがないんですから、絶対に暴力ですよ」
「暴力。暴力がお嫌いですか。肉体に加えられる暴力など、なんの意味があるのです。痛みなど、ただの瞬間にすぎないではありませんか。永遠に続く精神の痛みに比べれば、肉体の痛みなど畢竟、心地よいものです。今日は、あなたの美しさを引き出すために、肉体の苦しさを十分に味あわせてやりたい。まず、衣装が大切ですから、きれいに縛り直してあげますよ」

縄尻を強く引かれて私は「ひー」と叫び声を上げた。
叫びを意に返さず彼は、きりきりと縄を引き絞る。縛られた両腕が不自然に引き上げられる激痛に負け、私は意に反しよろよろと立ち上がらざるを得ない。渋々立ち上がった私の肩をつかみ、彼は「正座しなさい」と、きっぱりとした声で命じた。
仕方なく私は、犬のように言いなりになり、全裸のまま膝を折って正座した。彼は、後ろ手に縛った縄尻を持ったまま背後へと回る。

「思った通り、あなたは柔らかい身体をしていますね」と言いながら、背中で交差させた両手首を、さらに高く持ち上げようと縄を上へ引き絞る。両腕が首筋の近くへ来るまで引き絞った二条の縄を二つに分けて首に回し、きりきりと結び目を作った後、左右に分けた縄で両の乳房を菱形に囲むように縄掛けをしていく。
「これが菱縄縛りというんですよ」と、彼がうれしそうな声で命名した。

彼の言う通り、うつむいた私の目に、両の乳房を中心にした二つの縄の菱形が見えた。もう上半身は身動き一つできないくらいに緊縛されてしまった。細いウエストにも縄が二巻きし、お臍の下で結び目を作られている。
「足を開きなさい」
言われるままに少し両足を開くと、お臍の下の結び目から延びた二本の縄が足の間をくぐり、お尻の割れ目に沿ってギュッと引き上げられた。

「きゃっ」とかん高い悲鳴を再び上げたが、彼は意に介さず「痛いかもしれませんが、縄の間に入れますからね」と言って性器を二本の縄の間に挟み、身体を縦に割るようにして縄を背中へと引き絞り、ウエストを巻いた縄に結び付けた。私の性器は二本の麻縄に厳しく挟み込まれてしまい、激しい驚愕と痛苦が電流のように身体の中心を突っ走った。

「歩いてごらん」と彼はさりげなく言って、背中を乱暴に突いた。
反射的にたたらを踏み、二・三歩よろめいた私の性器が激しく縄で擦れた。針の先で引っ掻かれたような鋭い痛みに声にならぬ叫びを上げ、再び屈み込もうとしたが瞬間、屈めた身体でひきつった縄が性器と肛門に擦れて食い込み、全身がカッと熱くなるような苦痛と屈辱が襲った。進退窮まった私は、きつく歯を噛みしめてこの苦痛と屈辱に耐え、ただ悄然と直立しているばかりだった。

「ああ、本当に美しい。これが美の極致ですよ。あなたも自分の美しさを見なければいけません」
独り言のように彼は言って、部屋の隅に用意していた大きな姿見を私の前に運んで来た。

彼に無理矢理見せられた鏡に映った私の顔は、少し青ざめていた。
まず、顔に目が行ったことに私は満足した。こんな異常な状況の中でも未だ、精神は正常に働いているらしかった。
しかし、青ざめた顔以外は実に悲惨な状態だった。首から下は幾何学模様になった黒い麻縄が素肌を厳重に戒めている。ちょっと大きすぎると思っていた乳房は、さらに大きさを強調して菱形に縛られ、縄目の外に飛び出している。ウエストにも二巻き縄が巻かれ、中央に作った結び目から股へと延びた二条の縄が陰毛に分け入り、性器を挟んで尻の割れ目へと這い上がっている。黒い縄目の間から、ピンク色の性器が唐突に飛び出しているのが他人事のようにユーモラスだ。

「後ろも見なさい」
肩をこずかれて私は、見返り美人のように振り返って私の裸を見る。両腕は背中に不自然なほど高く持ち上げられ、手首と二の腕がきつく黒縄で縛られている。手首を縛った縄は首に回されて乳房を縛った菱縄へと続いている。股間から引き上げられている二条の縄は尻の間を深く割って這い上がり、ウエストを締めた縄に結ばれていた。正面に比べればシンプルな構図だと頭の中でうそぶき、陰惨な黒縄で割られた形のよい自慢のお尻を愛おしむように見つめた。

大丈夫だ。こんな状態でも私は十分に綺麗だと思った途端。
「きゃー」
今日四度目の悲鳴が私の口を突いた。鏡の中の、きゅっと締まった自慢のお尻に赤い筋が走った。
「きゃっ」と、また叫んだときには、彼が尻に打ち下ろす一メートルの竹の物差しが見えた。また一筋、白い尻が赤く染まり、身震いしたお陰で黒縄に挟まれた性器に激痛が走った。
何十回叩かれたのだろうか。数え切れないほど「きゃっ」と言う悲鳴を上げ裸身をくねらせてもだえ苦しんだ後、私は失禁し床に崩れ落ちた。

微かなアンモニア臭が鼻を突き、こらえきれない下半身の痛みとともに、初めて恥ずかしさがこみ上げ、耳の先まで赤く染まるのが自分で分かった。
「うーうー」と唸る彼の声が、混乱した私にも異常に耳に付いた。ひとしきり感に堪えたような唸り声が続いた後、しばしの沈黙があり、彼が屈み込む気配がした。

彼は、私のウエストの後ろにある縄の結び目をほどき、股間を縛った縄を解放した。
床に延びた私の身体に覆い被さった彼は、両足を押し広げ尿にまみれた陰部に口を付け、ペロペロと舌で舐め続けた。彼が呼吸する度に「美しい、美しい」と言う声が、かろうじて残った私の理性の耳に聞こえた。

彼の舌で、彼にとって清浄にされた私は、強く縄尻を引く彼の力で荒々しく上半身を引き立てられ、再び床に座らせられた。
性器を厳しく挟んでいた縦縄が解かれたお陰で、股間を襲う激痛はなかったが、竹の物差しで無数に打たれたお尻全体が鈍く、火傷の後のようにヒリヒリと痛んだ。
「あなたの肉体の反応はすばらしい。美しさだけではなく、私を遠い世界へと誘ってくれる。もう少し、もう少ししたら。私は向こうの世界に飛び立てるかもしれない」
もちろん私の肉体はすばらしいに決まっているし、あたら疎かにはしてこなかったつもりだ。しかし、向こうの世界とか、飛び立つとかと言った、彼の狂おしいバリトンは少しも理解できる論理を持ってはいなかった。

身をすくませるようにうなだれて座った私を、何か思案に耽るように見下ろしていた彼は突然、震える両手で肩をつかみ、しゃがみ込んだ。悄然として俯いている私の顔が気に入らないのか、顎に手を掛けて仰向かせ「目を開きなさい」と命じる。わざと薄く開けた目を覗き込み「まだ、まだまだ、だね」と恐ろしい声で言った彼は、素早い動作で床にそろえて投げ出していた両足首をつかんだ。
強い力で足を開かせ、両手で持った足首を交差させて重ね、あぐらを組ませる。新たに取り出した黒い麻縄で、あぐらに組んだ両足首を厳しく縛る。私は陰部を剥き出しにした恥ずかしい姿に緊縛されてしまった。

縛り終わって立ち上がった彼は、大きく息を吸い込み「えい」と声を掛けてから屈み込んで、あぐらを組んだ私の太股に両手を差し込み、四十五キログラムの裸体を抱え上げた。ちょっとふらつきながらも彼は、私を抱えたまま十歩ほど歩き、素足のまま土間へ降りた。
幅二十センチメートルほどの柱の前まで進み、柱に向き合わせて私を土の上に降ろす。あぐら縛りにされた裸のお尻と陰部に、冷たい土の感触が残酷に感じられた。彼は柱を向いて座らせた肩に手を掛けて、私を仰向けに引き倒した。上がった両足を閉じようと必死にもがく私にお構いなく、腰のところを持って柱へと押し付け、えいっとばかりに腰と尻を柱に持たせ掛けたまま押し上げる。
私はあぐらを組まされたまま逆立ちにさせられ、性器と肛門を天井に向けた格好で、柱に緊縛されてしまったのだ。

「この黒い陰毛が卑猥なんだよね。やはり、きれいにしなければ、どんなに望んでいても、私の友人たちの仲間入りはできないかもしれませんよ」
決して私が望んだこともない希望を彼は勝手に作り、踊るようにして部屋を出ていった後、大きな紙袋を下げて戻って来た。
その間少しの時間だったが、私は、さんざん打たれて赤く腫れ上がったお尻を宙に晒し、時とともに動く部屋の空気を、私に残された日常感として、思い切り開かされた性器で感じていた。もちろん、生まれて初めての体験だったことは間違いない。

彼は紙袋からはさみを出し、私の顔を跨いで屈み込んだ。
ジョキ、ジョキという音がして、切り取られた陰毛が私の腹や乳房の上に舞い落ちて来る。
「さあ、だいぶきれいになったから、仕上げをしてしまおうね」
彼は楽しそうなバリトンで言って、陰部全体にシェービングスプレーを振り掛け、ジレットの剃刀で残った陰毛を剃り始めた。
「あなたのお尻は、けっこう毛深いんですね」
言葉とともに肛門の周囲で、ジレットがジョリ、ジョリと音を立てる。私は、これ以上恥ずかしいことはないという体験を続けたにも関わらず、また耳朶まで赤くなってしまった。

陰毛を剃り終えた彼は、ひとしきり満足したように私の恥丘を両手で撫で、性器に舌を這わせていたが「やはり不十分のようですね」と、低く呟いた。

彼に性器を舐められる刺激に、キチガイじみた状況の中でも全てを受容し、開き直って陶然とした快感を味わおうかと思っていた私も、彼の呟きに唖然として目を見開いた。
何が不十分だ。何がもう少しだ。私はキチガイの慰み者ではない。
そう思った瞬間、昨日展示場で見た、ヴァイオリンを弾く少女の写真が私の脳裏に甦った。そう言うことなのか。そう言うことだったのかと、なんだか分からないなりに私は、何事かを理解したように思ったのだがー。彼の始めた行為は余りにも意表を突くものだったので、私の思考は情けなく中絶してしまった。

彼がジレットに代えて紙袋から取り出したのは、大きなガラスの注射器だった。びっくりして目を見張る私の眼前で、なぶるようにちらつかせたその注射器にはしかし、針は付いていない。
「びっくりしたようですね。でも、私は医者ではないもの。注射なんてしませんよ。これは浣腸器。あなたのきれいになったお尻に使って、今度は、あなたのお腹の中をきれいにしてあげたいんですよ」
そう言って彼は薬瓶を取り出し、巨大な浣腸器に薬液を、おもむろに吸い込ませた。

「さあ、いくよ」と言って浣腸器を右手に掲げ、左手の指で身動きできぬまま宙に突き出されている肛門を大きく割り開き、太いガラスの嘴口を挿入する。彼がゆっくり浣腸器のピストンを押すにつれ、冷たい薬液が肛門から直腸へと滲入して来るのが分かる。「たった二百CCだよ」と彼は言ったが、なんと牛乳瓶一本分の量だ。下腹部はもう既に、ゴロゴロという音を私に伝える。肛門がこそばゆく、きゅっと括約筋を締めていても、突き刺された嘴口の間からうんちが漏れそうになってしまう。

薬液を注入し終わり、浣腸器を引き抜いた彼は、代わりに自分の右手の親指を肛門に突き立てた。肛門が引き裂かれるような激痛と、下腹部でゴロゴロとする鈍い痛みで、私はもう気も狂わんばかりだ。
「いい表情ですよ。本当に美しい。栓をしてあげましょうね」と言った彼が、苦痛に呻吟する私の目の前で見せたのは、リキュールのミニチュア瓶だ。先が細く胴の部分でくびれているが、一番太いところの直径は三センチはありそうだ。この瓶を突き立てられるのかと思うと目の前が一瞬、真っ暗になった。

予期していた激痛は襲っては来なかった。しかし、肛門から親指を引き抜く代わりに、グリグリと徐々に肛門を押し広げて暴力的に挿入される太いミニチュア瓶は、長くずきずきと痛む、永遠に続くかと思われる屈辱的な痛苦を私の全人格に与えた。
脂汗を流す私を、立ち上がってじっと見下ろしている彼は、みだらな興奮に全身を震わせ「素敵だ、素敵だ」と、繰り返しかん高いファルセットで独り言を言っている。
何が素敵なものか。素っ裸で後ろ手に縛られ、逆立ちのあぐら縛りのまま浣腸をされた後、でっかい栓を肛門にはめ込まれ、脂汗を流して呻吟している身になってみるがいい。この私の姿が、彼の撮り続けてきた芸術とどこで交差するのか、本当に私は、問い糺したいと思ったのだ。
しかし、下腹部の鈍い痛みが、引き裂かれそうな肛門の痛みを上回ったとき、下腹部に加わる圧力が肛門栓の力を越えた。
スポッと栓が飛び出す音は聞かなかったが、キリキリと張りつめた緊張の糸がぷっつりと切れた虚脱感の中で私は、肛門からあふれ出る排泄物の臭いではなく、屋外から微かに漂ってくる木犀の香りを、確かに嗅いだと思ったのだ。


失神した私が正気に戻ったのは、広く明るい浴室の中だった。室全体が新しい檜材でできていて、檜の香りが白い湯気に濃厚に混じり、むせ返るようだ。
私を戒めていた黒い麻縄は全て解かれ、横たわった身体に残る擦れた縄の痕を、彼が優しく撫でさすっていた。初めて私に見せた裸身を優雅に動かして、彼は長い時間、私の疲れ切った身体をさすり、舌を這わせた。
温泉場ほどもあろうかと思われる広い湯舟に二人、ゆったりと浸かった後、私は彼に抱かれた。


寝室の広いベッドで二時間ほど微睡んだ後、私は帰路に就いた。
もう暗くなった路面を、ロードスターのヘッドライトが舐める。ドライビングポジションを正そうとアクセルを緩め、腰をずらした途端に、お尻がシートに擦れる痛みと、肛門の裂傷が訴える激痛が私に襲い掛かった。
その痛みの中で、別れ際の彼の言葉が甦った。
「素敵でしたよ。最高です。でも、もう少しですね。ぜひ明日も来てください」
そのとき私は、彼の目をじっと見つめながら、はっきりと首を縦に振ったのだった。
そう、もう少しなのだから。


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