6.官能の宴

「ピアニストの学校はずいぶんユニークなのね。こんな天気に、どろんこ遊びをするんだ」
のんびりしたアルトを聞いて、僕は不甲斐なく涙ぐんでしまった。雪と泥にまみれた汚れた服が、急に気に掛かった。

「さあ、早く中に入りなさい。いつまでも座り込んでいると風邪を引くわ」
「医者に掛かってきたから大丈夫です」と言って立ち上がると、目の前に訝しそうに首をかしげた笑顔があった。部屋の奥から彼女越しに流れて来る温風に、ゲランの香りが甘く混ざる。
僕は、ほのかな香りに誘われるように冷え切った身体でふらつき、二歩前に進んだ。両手を一杯に広げ、全身を彼女に投げ出すようにして倒れ掛かった。
意地悪く身を交わした彼女は、僕の右手を取って後ろに回り込み、後ろ向きの僕をきつく抱きしめる。耳の近くで息づかいが聞こえ、はるか遠くで自動ドアの閉まる機械音がした。

Mの両手が前に回り、びっしょり濡れた服の上から身体をまさぐる。冷え切っていた身体が、芯から熱くなり、瞬く間に熱が指先まで届く。僕は彼女に背中を預けたまま両手を後ろに回した。
薄い絹地越しに、温かな肌の感触が伝わって来る。そのまま両手を上げ、腰からヒップの膨らみへと向かったとき、伸ばしきった両のてのひらに尻の割れ目が生々しく触れた。僕の心臓はどきんと高鳴ったまま一瞬停止してしまったようだ。彼女は、黒い絹地の下に何も身に着けていなかったのだ。

僕は失礼にも、開いたままのてのひらで張り切ったお尻の肉をつかみ、割れ目に沿って両手できつく握り締めた。
耳の側に寄せられた、柔らかな唇から「うっ」と呻き声が、大きな音で僕の下半身に響いた。ペニスはもう、濡れたズボンを突き破りそうな勢いで、勃起していた。

「優しく、優しくしなければだめよ」
耳元で熱い息づかいとともに、猫が喉を鳴らすようなアルトが囁く。急いでお尻から手を離すと、彼女の手がベルトを外し、ファスナーを下げる。
「あっ」と、声を出してはみたが、ズボンをずり下げる彼女の手に協力して腰を振った。濡れたズボンが足首まで落ちる。パンツの上から存分に、彼女がペニスをまさぐる。

「素敵なビキニね。色はなに」
「黒です」と答えたときには情けなく、肛門から脳へと快感がマッハで走りきり、せっかくの黒いビキニの中で射精してしまった。
「そう黒いビキニか。きっと私のために穿いてきてくれたんだ。でも汚しちゃったね。全部びしょびしょなんだから、ここで脱いじゃおうよ」
射精した後も勃起したままのペニスを、精液に濡れたパンツの上から撫でながら、恐ろしいことを言う。

僕は、急に父のことが気に掛かり、身を固くした。
「あれ、どうかしたの。あんなに元気だったオチンチンが萎んでいくよ」
彼女の言葉に恥ずかしさがこみ上げ、頬に熱を感じた僕は、手を振り払うように身を翻して、Mと面と向かった。
しかし、僕は何事も格好よく行かない。足首まで降りたズボンが邪魔して手足がもつれ、彼女に支えてもらったお陰で転ばずに回転できたのだ。本当に情けなくなってしまう。
追い打ちは、待ってはくれなかった。

「ピアニストはまだ、こういう事を恥ずかしいと思って嫌うわけだ」
父の目が気になるとは言えない僕は、黙って下を向いていた。まるで学校で先生に叱られているような気がしてくるが、僕はこれまで教師に叱られたことはない。座敷へと続く、この三畳ほどのアプローチも十分ヒーターが効いていたが、剥き出しになった両足で微かに、冷たく風が立った。反射的に顔を上げると、正面にケープを脱ぎ捨てた彼女の裸体があった。
またすぐ下を向き、目に焼き付いたシーンを反芻した。始めて見る彼女の裸身だった。いや、女性の裸を、写真や映画以外で見るのが、つまり、生のヌードは初めてだった。

本当に、いや、今度こそ本当に僕は困った。いつまでも下を向いているわけにいかないし、彼女が黙って立ち去ってくれるはずもない。大げさなようだけど、僕の責任と人格で進退を決めなければならないのだ。

それにしても、下を向いたまま目をつぶると、彼女の裸身の美しさばかりが浮かんで来る。
“均整のとれた曲線が、立体として表出している”多分、美術のテストの回答ならこれで満点のはずだ。これまで気付かなかったが、ヌードの彼女はビデオで見た「パリス・テキサス」のナスターシャ・キンスキーみたいだった。でも、あの映画にヌードはない。それほど彼女が素敵ってことなのかと思い、目を上げればまた最高の裸身を見られると思った途端、Mの鋭い声が飛んだ。

「私の身体を見るのも恥ずかしいの。あなたに見てもらえない、私の恥ずかしさも知ったがいいわ。ピアニストはもう立派な大人の男なのだから。女に子供を産ます能力に見合った人格と責任を持ったがいいわ。説教する訳じゃあないけど、女はね。子供が産めるようになったときから、最高の男を見分けようと努力しているのよ。さあ、顔を上げて、目を開いて、私を見なさい。あなたは私がいいと思った男だって事に、誇りを持っていいのよ」

「はい」と大きな声で答え、さっと顔を上げ、目を開いた。
彼女の顔は楽しそうに微笑んでいて、その裸身はやはり最高に美しかった。ただ、デルタで燃えるように天を突く黒々とした陰毛だけが、違和感をともなって僕を脅迫した。
素っ裸の彼女が肌が触れるほどに近付き、濡れネズミの僕を裸にする。僕は彼女の裸身を目で追いながら、なすがままになる。きびきびと動く裸身は装っていたときと比べられないほどに美しい。

Mと同様、彼女の手で素っ裸にされた僕の身体を、彼女が見る。僕は全身を真っ赤にさせ、十分すぎるほどに勃起したペニスを意識し、彼女の陰毛に感じた違和感を自分の陰毛に感じた。恐らく僕は大人になりきっていないと、そのとき感じ、幼いときに彼女と、これまでしたことはない、お医者さんごっこをしたかったなどと思い、よけい肌を赤く染めペニスを硬くさせていたのだ。

「ピアニストはいつも元気ね」
呟くように言った彼女は僕を抱いた。初めて感じる素肌と素肌の触れ合いのすばらしさは、僕にまったく新しい地平を見せてくれた。冗談ではなく僕は、このまま世界が終わりになってもいいとさえ思ったのだ。

「君は立派な男よ。なによりも決断力がある。大事にしなさいね。いずれ私の敵になるんだから」
激しく首を横に振った口に唇が重ねられ、ゲランのルージュに僕は赤く染まる。口から首、首から胸、特に乳首を這う彼女の舌はすばらしく、また僕は射精しそうになる。お臍に入って来た舌にくすぐったくなり、ようやく恍惚感を逃がしたとき、ペニスが口に含まれた。たまったもんじゃないと思い腰を折って跪くと、やっと口を離して、のし掛かって来る。僕は男だと自分に言い聞かせ、体を入れ替えてのし掛かると、ペニスの先が彼女の陰毛に触れ、また射精しそうになる。慌てて腰を浮かすと、Mの指が優しくペニスに添えられ、僕を誘導する。

なにもかも一切分からなくなったとき、ペニス全体が温かく柔らかなヒーターの効いた宝石箱の中に迎え入れられた。その滑らかな温かさを感じた瞬間、僕はまた射精した。
僕は彼女を抱き、いや、彼女に抱かれ至福の時を過ごした。時間など、止まってしまえと思ったが、時とともにペニスは急速に萎んで行く。おもしろいことに、あれほど意気軒昂だった士気も萎む。

「妙にしょぼんとしてるわね。初めてだったんでしょう」
「もちろんですよ」
「別に威張ることではないと思うけど、でも、君は素敵だったよ」
彼女の、賛辞と思える言葉を聞いても、僕は別にうれしくはなかった。
きっと、あっけない幕切れが、新しい舞台への期待に変わるまでには時がいるのだ。
例えば、今日の天気は雪だが、いずれは晴れる。そう思うことにしたのだ。


「さ、歯医者さんの所へ行きましょう」と彼女が言った。
その一言で、忘れていた父のことが急に思い出された。
「こっちよ」と彼女は、まるで自分の家のように座敷へと誘う。そこは父の趣味の王室だった。

二十畳の座敷に水道とガスを引き、バス・トイレを据え付け、思うままに紙漉き三昧の毎日だった。しかし、長続きしているわけではない。
紙漉きの前は木工、木工の前は焼き物、焼き物の前は書道、書道の前はおきまりのゴルフだったのだ。とにかく、これといったポリシーのないままに、本業以外の世界に憧れているようだった。患者の口の中ばかりを見つめる、短調な仕事のはけ口を見い出したいがための趣味三昧のようだった。
十八年間付き合って来た僕にも、その趣味の遍歴のいわれはよく分からない。まだ、生け花一筋の母の生き方の方が、いくらか分かりやすかったと思っている。

自分の家にも関わらず、案内されるままに素っ裸で座敷に通る扉を開けた。父に会うことが分かっているのに素っ裸のままなのだから、ほとんど僕も狂っていた。
「さあ、ご覧なさい。これが歯医者さんの究極の趣味よ。もう絶対、紙漉きなんてする気もないみたいよ。ねえ先生。あなたの素敵なピアニストを連れて来ましたよ」と言う、Mの自信に満ちた言葉は、右の耳から左の耳へと消えてしまっていた。

素っ裸の僕は、奇妙な衣装を着けた、素っ裸の父と対面していたのだ。
父は縛られていた。素っ裸で縛られていた。がっしりした裸身に、黒々とした麻縄が縦横に走り、父はあぐらをかいたまま、惨めなペニスと肛門を宙に掲げて緊縛されていたのだった。
「ピアニストのパンツも素敵だったけど、歯医者さんの縄の衣装はもう、完璧でしょう。築三百年の家の主人が大好きだった衣装なのよ。それに、全部私の身体で試したことがあるから、自信を持って最高だって言えるのよ」

「やめてください」と僕は叫んだ。
なにが何でも悲惨すぎたし、たとえ百歩譲って父が望んだことだとしても、息子の僕にとっては許せる姿ではなかった。
「チチはなにをしてるんですか」と大声で呼び掛ける。
父は、萎みきったペニスと肛門を頭上に上げた情けない姿のまま、面倒くさそうに薄目を開けて僕を見上げた。
「やあ」と、苦しそうな姿勢のまま、目の合った僕に言ったのだ。
「やあ」と、仕方なく僕も答え、どう見ても父より大きく立派なペニスを恥じるように、力無く横を向いた。

「ピアニストが恥じることはないし、歯医者さんのことを軽蔑することもないと思うわ」と彼女が言う。
「ピアニストも歯医者さんも私も、みんな素っ裸でいるのだし、皆それぞれ思うところもあるの。私の希望を先に言えば、お願いだから歯医者さんの隣に、彼とぴったり身体が張り付くように縛り上げて欲しいと思うわけ。もちろん君に縛ってもらいたいの。歯医者さんと同じように後ろ手を高く縛り上げられ、あぐらを組まされてあおむけにされたいの。そして、肌と肌とを密着させたまま君の前で、性器と肛門を宙に掲げた、恥ずかしい晒し者にされてみたいわけ。君が拒絶するのは自由だし、希望があればそれを優先するわ。しかし、チチはもう、一歩先に踏み出していることだけは分かって欲しいのよ」

分かって欲しいと言う彼女に、無理があると僕は思った。父がどこへ向かって一歩を踏み出したのかも分からなかったし、僕が彼女を縛り上げなければならない理由もなかった。しかし、三人とも素っ裸でいるのだ。おかしな格好をした父を前にした異常な状況の中では、僕は一人きりの少数派だった。
珍しく早い決断で僕は言った。

「いえ、あなたの言う通りにはできません。どうしてもゲームに参加しなければならないのなら、僕をチチのようにしてください」
「そう、確かにゲームみたいなものなのだから、そんなに深刻になってはつまらないわよ。私は不満だけど、ピアニストの希望を入れるわ。さあ、跪いて手を後ろに回しなさい」
怖い声で言い切った彼女が、ぽかんとしている僕の頬を平手で張った。
ピシッという音が耳元に響き、熱い痛みが右頬に広がる。生まれて初めて頬を打たれたショックに全身を震わせ、ぎこちなく腰を折って彼女の足元に、うなだれて跪いた。
途端に胸を蹴り付けられ、背中から床に倒れた。

「お願いしたのはあんたでしょう。もっと真剣になりなさい。命がけの仕事なんだからね」
何が仕事なのか意味が分からないまま反射的に起き上がり、恐怖と緊張感に身を硬くしたまま、きっちりと正座して後ろ手に高く腕を交差した。
「よしっ」とMが短く言い。両手首に、ザラザラとした麻縄の感触が厳しく襲い掛かって来た。後ろ手に縛られたまま、首筋近く持ち上げられた両手首の縄尻が首に回され、結び目が作られる。胸の前で左右に分かれた縄が両の二の腕を二巻きし、胸の前で交差された。乳首を挟み込むようにして縄の菱形ができる。ウエストをきつく二巻きし、臍の下で結び目を作った後、二本の縄が股間に延びてペニスと睾丸の根元に巻き付けられた後、残った縄の中間に不思議な結び目が作られた。

「この結び目はね、私のときは違うところへも入れられたのよ。でも、ピアニストの場合は選択の余地はないわね。さあ立って、脚を広げ、お尻を後ろに突き出しなさい」
命令に従って立ち上がり、足を開くと、尻が指で左右に広げられ、麻縄で作った結び目が肛門の中に挿入された。確かに十分すぎるほどの驚きとショックが襲いはしたが、鋭く肛門をなぶる痛みの中で、僕はただ彼女の言葉だけを考えていた。

今、僕の肉体を襲ったと同じ驚愕と痛みが、かつて彼女の肉体を襲ったのだ。ざらつく麻縄の結び目は、性器に分け入り、肛門に突き立ち、きっと彼女を責め苛んだことがあるのだ。
僕はMの体験と同じ責め苦を甘受することによって、恥辱を希望に替えようとヒロイックに決心した。それが性経験の浅い僕の、父と張り合える唯一の立場だと直感的に理解したのだ。
「ピアニストは硬いわね。オチンチンの事じゃないのよ。そんなに硬く真剣に構えられると疲れるのよね。セックスは、もっと楽しく愉快なものなのよ。また説教しちゃったかな。でも、君はとても潔くって好きよ」

根元を縛られたペニスを、屈み込んだ彼女が口に含む。腰に回した手で尻の割れ目に食い込んだ縄を揺する。肛門に挿入された縄の結び目が粘膜に擦れる隠微な感触と、舌に弄ばれるペニスの快感がたまらなくなり、きつく根元を縛られているにも関わらず僕は、長く続く快感が絞り出す精液を、彼女の口腔に溢れさせた。

「すばらしく元気なのね。でも、もったいない使い方をした罪を、後で十分罰して上げるわね。正座しなさい」
僕は突き立ったままのペニスを、きつく両腿の間に挟み込んで正座した。下を向いた目に、腿の付け根から突き出したペニスの先が、一つ目小僧の顔をして僕をあざ笑っている。

「若いって事は本当にすばらしい事よ。私だって負けるくらいのパワーなんだから。少しは歯医者さんにも分けて上げた方がいいわ」
肩に両手を掛けた彼女はそのまま力を入れ、床を引きずって僕を父の前まで運んで行く。目の前にあぐら縛りにされた父の肛門が見える。どす黒くなった括約筋が醜く震え、すぐ上に萎びきった小さなペニスがちょこんとくっついている。さすがに恥ずかしくなって目を伏せると、逆さまになった父の顔が眼下にあった。

「血を分けた二人なのだから、仲が良いところを見せてもらって家庭の暖かさに触れさせてもらうわね」
言い終わらない内にMは、後ろ手に緊縛されたまま正座した僕の首筋と腰に手を当て、あおむけになっている父の裸身の上に押し倒した。前に倒れ込む恐怖を味わう間もない内に、後頭部を両手で強く突かれ、あぐらを組んで開け放された父の股間に、すっぽりと顔を押し込められてしまった。突き出された顔が、萎んでふにゃふにゃになった父のペニスに触れ、慌てふためいて身じろぎする尻を、彼女は情け容赦もなく押し出し、父の裸身に密着させる。頭を父の股間に突っ込み、尻を無様に突き出したまま踏ん張っている両足を、Mが抱え込んだ。無理矢理僕の足を折り曲げた彼女は、父の頭を囲むようにして、両足をあぐらに組ませた。今度は父の顔が、突き立ったペニスに触れる。
何といい加減で隠微な、恥知らずのポーズを親子で演じているのだろう。僕はもう、すべての思考も感覚も停止寸前まで来てしまった。あれほど猛り立っていたペニスが急速に萎えていく感覚だけが、辛うじて僕を現実に繋ぎ止めている。

「先生。怠けていてはだめじゃない。ピアニストのいる場所がなくなってしまうわ」とMが父を叱咤する。
その瞬間、心臓が破裂するほどに驚いたことには、彼女の声に反応した父の口が、萎え掛かった僕のペニスをくわえたのだった。もう、喉元まで吐き気がこみ上げ、全身に鳥肌が立ったことを、僕は恐らく死ぬまで忘れはしない。
そんな僕の態度を鋭敏に感じ取った彼女は「子供のくせに生意気よ」と一喝した。

鋭く響くアルトとともに、尻に裂かれるような激痛が見舞った。ピシッという皮膚の鳴る音は、数回、鋭い痛みとともに遅れて混乱しきった僕の耳に達した。
剥き出しの尻と肛門を鞭打たれる痛みに叫び、身悶えする顔を、父の勃起しかかったペニスが不快に撫でる。

「やめて。やめてください。お願いだからやめてください」
僕は泣きながら、震えながら哀願していた。
「恥ずかしい男ね」
彼女の吐き捨てた言葉と、ひときわ高く音を立てて尻で鳴った鞭音が、痛みの感覚もないまま僕の耳に残った。
ピーと口を鳴らした後、Mは僕の側に屈み込んだ。

黙々と、僕を父の裸身に縛り付けた縄を解きながら、ひときわ覚めたアルトで言い聞かせるように話し掛ける。
「だから私の希望通りにした方が良かったでしょう。何てったって君は初心者なんだからね。背伸びはしない方がいいのよ」
子供扱いされたようで全身が熱くなったが、鞭打たれて熱く痛む尻の感触が僕を、そのまま異数の世界に閉じこめてしまった。

泣き咽ぶ僕を父から離した後。緊縛されたままやっと、人心地ついて放心している僕の前に、彼女がすっくと立った。
「口ほどにもないことしかできなかった罰を受けてもらうわよ」
声とともに、精液で濡れてしまった黒いビキニパンツが頭から被せられた。生臭い精液の臭いと、べと付く不快感に咽せかえると「情けない行動の罰を、勝手な性にまみれたパンツで償うのよ」と言って、目が見えるようにパンツの形を整える。
彼女のために身に着けた、真っ黒のビキニを頭から被せられたまま、後ろ手に緊縛された戒めを冷たい仕草で解かれた僕は、痺れきった両手を久しぶりに前に回して指を屈伸させた。

痺れた両手に回りきらない、血液の遅さに苛立っている僕に「いいわね」と声を掛け、Mが背中を見せた。
しなやかな両腕を背中に回し、僕が上げられないほどの高さまで両手を揃えて上に上げる。
「縛ればいいんですよね」
顔に被せられた黒いビキニ越しに、自分の精液に咽せかえりながら、僕は彼女の手首に黒い麻縄を這わす。
彼女が僕の肉体を緊縛した様子を思い出し、なぞるように、丁寧に縛り上げる。乳房を囲む菱形の縄目や、二の腕に巻き付ける縄の動きには、厳しくチェックが入る。これも彼女を飾るドレスだから仕方がないかと、少し冷静に考えられるようになった僕は、頭に被ったビキニの向こうでほくそ笑み、股間に伸ばす二条の縄に工夫を凝らした。
二本の縄に間隔を取って、大小二つの硬い結ぶ目を作ったのだ。もちろん大きな結び目は性器の中に、小さな結び目は肛門の中に押し込むつもりだ。
ウエストを二巻きし、背中から股間に下ろした結び目を性器と肛門に当て、指で柔らかな粘膜を押し開いて、順番に挿入した。彼女の口から、ウーとうめき声が漏れ、恨むような陶然とした視線が見上げた僕の目を打つ。

Mの反応に自信を持った僕が、股間に食い込み、性器と肛門に分け入っている縄尻を力一杯引き絞ると、彼女はムーと大きな甘えるような声を上げ、豊満な尻を左右に揺すったのだ。
今度は、黒い麻縄の結び目をくわえ込んだ性器と肛門に指先を這わせ、片方の手で縄尻を引き絞った。指先に粘膜の蠕動する感覚が伝わり「ヒー」というセクシーな叫びが口を突いた。
もう、紛れもなく僕が支配者だと思った。萎えきっていたペニスも熱く勃起し、指先に伝わる敏感すぎるほどの彼女の性感と、縄尻から伝わるダイナミックな身体の動きが、僕の人格のすべてを支配し尽くしていた。

これで満足し、自分の快楽を追う事ができれば、きっと大人物になれるはずだと僕は思った。しかし僕は、余計な好奇心に誘導されてしまったのだ。
先ほどMが僕にしたように、彼女を引きずっていった僕は、父の股間に彼女の頭を押し込んだ後、彼女の長い足に父の頭を抱かせ、あぐら縛りにくくりつけてしまったのだった。
素っ裸で後ろ手に緊縛され、あぐら縛りにされた父とMが上下に逆さまになって重なり、お互いの陰部に顔を向けている。そんな二人のウエストを、新しい縄できつくぴったりと縛り付けてやった。

縛り終わらない内に、二人の卑猥な行動は始まっていた。自由の利かない後ろ手あぐら縛りで重なり合った二人は、辛うじて動く首を亀のように振り合い、互いの陰部を震えながら舐め始めたのだった。
二人に猿轡を噛ませなかったことを深く後悔したが、予想すらできなかった赤裸々な性の展開の前にはもう、後の祭りだった。

呆然と立ちつくす足元から歓喜の二重唱が、海鳴りのように高く低く聞こえて来る。
「ねえピアニスト。君の立派なペニスで透き間を埋めてくれない。ねえ、お願いだから縄を外して」
あっけにとられたまま見下ろす痴態の中で、喘ぐようなアルトがせがむ。ボーとした視線のピントを、無理に彼女の口元に合わせる。
やっと逞しく勃起した父のペニスを喉の奥までくわえ込み、よだれまみれになって震えている、ゲランのルージュが剥げ掛かった唇が視野一杯に広がる。

こみ上げる吐き気をこらえるように目を足元に落とすと、先ほど僕の尻を打った黒い皮鞭が目に入った。思わず腰を屈めて皮鞭を拾い、目の下に広がる彼女の優美な曲線を目掛け、力一杯鞭を振るった。透き通るように繊細な尻の上に真っ赤な筋が走り、ピシッという心地よい高音が残響を伴って、蔵屋敷中に鳴り響いた。その素敵な音に憑かれたように、僕は何回も鞭を振り下ろした。
官能の高まりにほんのりとピンクに染まった尻に、縦横に赤いミミズ腫れが走った。しかし、Mはペニスをくわえ込んだまま声も上げない。父の張りきったペニスに歯が食い込み、赤く血が流れていた。

「はやく、ハヤク、はやく、ハヤク」と喘ぐように漏れる、鞭の痛みに耐えたうめき声が、僕を地獄へと誘う。
僕は、高く掲げた皮鞭の向きを変え、尻の割れ目に沿ってひときわ強く振り下ろした。
ピシッと耳に響く鞭音を聞く間ももどかしく鞭を投げ捨て、Mを縦に割った縄を解いた。またたくまに彼女は、自分の力で股間に挿入された縄の結び目を排出する。僕は、最大限に張り切ったペニスを振り立て、目の前で揺れる赤い鞭痕にまみれた尻に向かって、力いっぱい突き出していた。
乱暴に性器に挿入したペニスは、じっとりと濡れそぼった震える粘膜に、ゆったりと迎えられた。これ以上大きくはなれないほどに膨張したペニス全体を、むらなく柔らかく、かつ柔軟に彼女の性が包み込んでくれる。

泣きたいほどの快感が背筋を突き抜けそうになったとき、ペニスの下で陰部をなめ回している父の口から「ほっ」と言う声が漏れた。ひょっとすると性器に包まれたペニスの根元を、父に舐められたかもしれないと思った。

高まりきろうとした快感が、急に逃げ去ろうとした瞬間、背後で獣の遠吠えが聞こえた。

突然、部屋中に満ちた吼え声と足音とともに、剥き出しの尻に、飛び掛かって来る爪の感触があった。射精寸前で起こった事態が飲み込めず、慌てて左右を見る。
目の前のほっそりしたMのウエストの横から、父の顔と彼女の陰部の間に割って入って来た、シェパードのケンの顔が見えた。

「ヒー」という高い声が、父のペニスをくわえているはずの口からほとばしり、高く掲げられていた彼女の尻が急に落ちた。
途端にペニス全体が強い力で締め付けられ、コンクリートで固められたように、彼女の体内に釘付けされてしまった。
怖いもの知らずの彼女は、まるでドラエモンのように犬に弱いらしい。ケンに股間に潜り込まれたショックで痙攣を続ける彼女の性器は、万力のようにペニスをくわえ込んで放さないのだ。

「あなた方は、とんだ茶番を見せてくれるのね」
背後から冷たく母の声が聞こえた。ぎょっとして体を起こそうとするが、Mが体内にくわえ込んでいるペニスを抜くことが出来ず、目を白黒させるばかりだ。「奥様、犬を繋いでください」
どんなときでもMは大したものだ。幾分震えるアルトで、素っ裸の三人を代表して真っ先に口を開いた。しかし、ペニスをくわえ込んだ性器の緊張は衰えることもなく、小刻みに硬く痙攣を繰り返すばかりだった。

「仕方がない、こんな際だ。診療所から麻酔薬を持って来なさい」
一番下であお向けになったまま、状況を察した父が冷静な声で言った。たとえ素っ裸で後ろ手あぐら縛りにされ、陰部をなめ回していたとはいっても、父は歯科医だ。いざというときの落ち着き振りは、やっぱり見上げたもんだと僕は思った。
「まったく、どうしようもない人たちなんだから」と言う母の声が背後に遠ざかり、入って来たときには聞こえなかった自動ドアの音が微かに聞こえた。

「覚悟していてくださいね。妻は私には甘いけれど、周りには結構きついんですよ」
まるで世間話のように、彼女の股間から父が話し掛ける。
「仕方がありませんわ。どうも、私は犬アレルギーがひどくって困ってしまうんです」
ペニスをくわえ込んだ尻の割れ目から続く、滑らかな背筋の先で小首をかしげて話す彼女の声が、やけに遠く寂しげに聞こえた。

やがて戻って来た母が、重なり合った三人を憎々しげに見下ろす。
母は、父の股間に頭を入れたMの前に屈み込んだ。ガーゼに浸した麻酔薬を口と鼻に乱暴に押し着ける。まるで父の股間を拭っているようにも見える。異様で陰惨な光景だった。

しばらくの時間が過ぎると、ペニスをきつくくわえ込んで、細かく痙攣を続けていた彼女の粘膜が急速に静まっていくのが、解放されて行くペニスの先に伝わって来た。思い切って腰を引くと、張り切っていた両の股の筋肉が、あっけないほど延びきってしまい、しりもちを着いてしまった。血液が止まって熱く燃え立ったペニスに、外気の冷たさがやけに心地よかった。

「いつまでそんなものを被っているのですか」と言う母の叱責に我に返り、被っていた黒のビキニを脱ぎ捨て、母の顔を振り仰いだ。
想像していたよりずっと、母はおだやかな表情に見えた。父に言わせればきっと、こういうときが一番怖いと言うに違いないと思ったが、知らぬ振りをして顔を伏せ、上目遣いにぐったりとしたMの裸身をうかがった。

彼女は全身からほとばしっていた怪しいエネルギーを失い、父の裸身に身を投げるようにして、力無く覆い被さっていた。床に尻を着いた僕の位置からでは、大きくあぐら縛りに開かれた尻の割れ目の肛門も性器も、見ることは出来なかった。しかし、性器の所在さえ自己主張できないほど弛緩してしまっているように見えた。そんな彼女を全身で支えた父は、母の存在もまるで無視したように、ひたすらMのベッド役に徹しきっている。

「早くチチをその女からどけてしまいなさい」
冷たく命令する相手は僕しかいない。
母の命令にビクッと身をすくませた僕は、恨めしそうにシェパードのケンを見た。ケンは母の隣に誇らしく立ち、長い尾を激しく打ち振っている。


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