3.それぞれの夜

冬の日は本当に短い。
木枯らしが細道を吹き抜ける歓楽街にMG・Fを乗り入れたときはもう、看板灯やネオンの毒々しい色彩だけが目立っていた。まだ忘年会には早すぎるためか、歓楽街を行き交う人影は疎らだ。

Mは市役所の終業時まで福祉部長の部屋で粘り、コスモス事業団と市の施策の整合性について取材を続けた。しかし、得られた結論は民間の活力を市の福祉施策に反映したいという、お定まりの回答でしかなかった。福祉以外の医療や文化など、コスモスの総合力に対しては職責以外のことなのでコメントできないと答えられた。現場の責任者が相手では、市政の進む方向にまで立ち入って取材するのは無理だった。企画部長に取材すべきだったと悔やまれたが、今日はもう遅かった。
少なくとも、超高齢化社会を目前にした市が、高齢者福祉の分野でコスモスの組織力を頼り、四半世紀は続く超高齢化の波を乗り切ろうとしていることは間違いないと思われた。人口ピラミッドの突出した部分が通り抜けるまで、長い辛抱が続くのだ。草も木もなぎはらって圧倒的な量で行進を続けた、いわゆる団塊の世代の落日まで続く苦難の道だった。
どんな長期的な展望がコスモス事業団にあるのか、Mは早く知りたいと思うが、理事長との対談を待つしかなかった。

いつしか疎らになってきた看板灯とネオンの林の隅に、懐かしい看板灯が見えた。赤と黒を斜めに染め分けた図案の中に、サロン・ペインのカタカナ文字が鮮やかに浮かび上がっている。
オープンにしたMG・Fを看板の横の駐車スペースに入れて、Mは大きく両手を上げて伸びをした。目まぐるしく過ぎた一日の終わりに、ほっと和める時間が欲しいと思ってしまう。しかし、店にいるはずのチーフは、快く歓迎してくれるだろうか。三年間の空白が些細な不安となって、Mの脳裏を掠める。
「きっと、疲れているのよ」
声に出して言ってから車のドアを開ける。助手席に置いた重いショルダーバックを取り、右肩に掛けてから全身に力を入れて路上に降り立つ。
姿勢を正し、心持ちあごを引いて歩き、サロン・ペインと銘板の打たれた厚いドアを開けた。


カウンターでグラスを磨いていたチーフの手が止まった。
自動ドアのガラス越しに立った、均整のとれた背の高い女性をじっと見つめる。
「M」
ドアが開くと同時にチーフが声を上げ、手にしたグラスを床に落とした。
「いらっしゃい、M」
今度は大声で叫び、カウンターから飛び出して来る。
「今晩はチーフ」
笑顔で応えたMに、走ってきたチーフが全身でぶつかる。白い半袖シャツ一枚の、暖かくしなやかなチーフの身体が両手を広げてMに抱き付く。Mの喉元にショートにした髪が埋められ、喜びに震えている。

Mはチーフの細い肩を両手で抱いた。肩に掛けたバックが床に落ちる。
「取り乱しちゃってごめんなさい。本当にうれしかったの」
ひとしきり抱き付いていたチーフが、ひときわ強くMの身体を抱き締め、その姿勢のまま名残惜しそうな声を上げた。
「構わないわ。でも、お酒も飲みたい。喉がからからなの」
チーフの肩に回した手を降ろしてMが答えた。
「ごめんなさい。甘えてばかりで嫌になっちゃう」
Mの声で両手を解いたチーフが、猫のように寄り添ったまま甘い声を出した。
「離れたくないけど、Mのためにとびっきりのマティニを作るわ」
カウンターに戻ってシェーカーを振るチーフの動作は、三年前に比べ堂に入ったものだった。

「上手になったわね」
スツールに座ったMが、チーフの手元を見つめながらしみじみと言った。
「もう、完璧にプロの手並みでしょう」
うれしそうに応えたチーフが、マティニのグラスにオリーブを添えた。
「おいしい」
マティニを一口飲んだMが、満足そうに言った。
「そう。良かったわ。今夜は閉店にして私もMと飲もう」
浮き立つ声で言ったチーフが看板灯のスイッチを切り、ビールとグラスを持ってMの隣に座る。
「そんな簡単に店を閉めてしまっていいの。私のことなら構わないで」
「Mがよくても、私が困るわ。私もオフにさせてよ」
「店が潰れてしまうわよ」
「これで、結構はやっているの。お金は取れるときに取ればいいのよ」
Mはあきれた顔で、チーフのグラスにビールを注いだ。浮き立つように喜んでいるチーフを見ては、強いて店を開けさせていることはできない。チーフの歓迎を、喜んで受け入れるべきだと思った。

ひとしきり、女二人の酒盛りが続いた。三年間の懐旧は、酒の肴になる話題を欠くことはなかった。チーフは独りで店を切り盛りするまでの経過や、街の様子などを話し、Mは今回の訪問の目的や都会での生活のことを話した。

話は二人に共通した人たちの話題に移る。
三年前に店にいたママとナース。そしてピアニストと天田。不思議に祐子のことは話題に上らない。チーフが避けていることもあったが、今朝の光男の一件が、Mに子供たちを煩わしく思わせていた。酒を飲みながら未成年の話をする必要もなかった。

「そう、ママは都会に帰ったのね。きっと満員電車の中で、思い切り足を踏まれたかも知れないな」
「それからナース。ねえ、M。彼女は鉱山の町に帰ったのよ」
酔いの回ったMの耳に、鉱山の町の話題は衝撃的だった。
「ひょっとして、元のさやに収まったの」
「そう。どうしても子供のことが不憫だと言って、ナースは別れた亭主に会いに行ったの。どんな亭主だって、現在のナースの献身振りにはかなうはずがない。会った途端にメロメロになってしまって、一緒に暮らすことになったっていうわ」
ナースの豊満な肉体と、苦虫を噛みつぶしてろくろの前に座る陶芸屋の姿が、Mの脳裏に浮かんだ。

「M、ナースの子が来週からここに泊まるのよ」
「えっ」と応えたまま、Mは先の言葉が続かなかった。
いたずらそうな目を輝かせていた小学校六年生の修太が、Mの心の隅で笑った。修太も来年は十八歳になる。
「大学受験に備え、予備校の冬期補習に参加するんですって」
言葉を呑み込んだきりのMに構わず、チーフがビールを注ぎ足しながら話を続ける。
「田舎の高校では実力を量ることができないから、市の予備校生に混じって補習が受けたいって言うのよ。ナースに似て真剣な子なので感心してしまったわ」
Mは黙ったまま五杯目のマティニを口に運んだ。
祐子の次は光男で、もうじき修太との対面も控えているらしい。酔いの中から積もり積もった重い疲労が頭をもたげてくる。

「チーフ。ナースの子は修太というのよ。私は六年前に、鉱山の町で一緒に住んでいたことがあるの」
今度は、チーフが目を丸くしてMの横顔を見つめた。
「三年前にはここで、ピアニストと一緒に住んでいた話を聞いたわ。同じように修太とも暮らしたことがあるの」
「そう」
「この前は確か、ピアニストの家族全員と性的関係があったと言っていたわね。修太の場合も同じ意味なの」
「ええ、でも、その話は後にして。私は帰る。疲れてしまった」
酔いの回った頭を振って、Mは下を向いたまま面倒くさそうに言った。

「帰るって、M、どこに帰るの。お願いだから今夜は泊まっていって。ねえ、いいでしょう」
隣からチーフが抱き付いてくると、Mの身体が大きく揺れ、カウンターにうつ伏してしまった。グラスが倒れ、残っていた酒が服を濡らした。
「ほらご覧なさい。帰るなんて無茶よ。二階に行きましょう。クラブ・ペインクリニックを改修して住居にしたの。広すぎるくらいだから、二人ならちょうどいいわ」
Mはチーフに右手を取られ、クラブ・ペインクリニックに続いていた階段を上った。
三年前の悲惨な記憶が甦り、市民病院でチハルがうそぶいた言葉が耳を掠めた。喉の奥からジンのにおいが込み上げてくる。一足ごとにパンツのウール地が陰毛に触れ、隠微に燃え立つ記憶に油を注ぐ。

「やはりホテルに泊まるわ」
Mがはっきり言ったときには、既に二階のドアが開け放されていた。
「Mらしくないわ。早く部屋に入って、ゆっくり風呂に浸かってちょうだい」
逡巡するMを責めるのが楽しくて仕方がないといった風情で、チーフの浮き立つ身体がぴったりと寄せられ、二人一緒に転げ込むように部屋に入った。
三年前、素っ裸のMとチーフが並んで天井から吊り下げられていた部屋は、様相を一新させていた。
三面の大鏡と、赤と黒で塗り分けられていた壁面は、淡いピンクの壁布に変わっている。教室ほどあるワンルームを、衝立を上手に使って住み易そうな空間に変身させていた。バーのカウンターになっていた北側の壁面は、そのままキッチンになっている。
Mは、カウンターの前に残してある三脚のスツールの一つに腰を掛ける。すかさずチーフが缶コーヒーを差し出した。

「気が利かないわね、チーフ。ハイネケンをちょうだい」
「Mはもう呑まない方がいい。今お風呂を入れるから、コーヒーで我慢して」
部屋を被ったピンクの壁紙がMを笑う。自分の戦跡で、私は缶コーヒーを飲むのかとMは思う。苦い感傷と情けなさが込み上げ、Mの頬を冷たい涙が伝った。
今日一日の出来事が目まぐるしくMの脳裏に浮かぶ。この街では何一つ変わってはいないと思ってしまう。汗と涙と血を流した、三年前の登場人物たちは、この街に何も残せなかった。ひとときのきらめきは確かに、ひとときのことに過ぎないのだが、そのきらめきが何物も生み出せなかったことが、今無性に悲しかった。

チーフに勧められるまま、Mはトイレを改造した大きなユニットバスでゆっくり湯に浸かった。温い湯が全身に染み通り、酔いと疲労を少しずつ払い落としてくれる。しかし、沈みきってしまった気持ちが浮き上がってくる気配はない。
最後まで澱のように残った深い疲労感を抱えたまま湯を上がり、豊かな裸身をチーフがメイクしてくれたダブルベッドに預けた。チーフはサロン・ペインの後始末に行ったようで姿が見えない。全身を襲う痺れに似た気怠さが睡魔となって、闇の彼方にMを誘惑した。


明かりの落ちた広い部屋に、階下から人の気配が戻って来る。
遠慮がちに毛布が持ち上げられ、湿気を帯びた温かな風がMの素肌を撫でた。Mにとって久しぶりの、手放しな酔いを鋭敏な皮膚感覚が追い払っていく。微睡みの底から急速に、官能の炎が頭をもたげてくる。
壁を向いて丸くなったMの裸身に、滑らかで温かい肌がそっと張り付く。首に掛かる熱い息にビールのにおいがした。

「嫌よ」
首を横に振って応えたうなじに、チーフの熱い唇が吸い付き、燃え上がった舌が首筋を這う。
横臥した尻に、チーフがぴったりと股間を密着させた。柔らかな陰毛が戦き、豊かな尻の割れ目をなぶる。チーフは腰を前後左右に悩ましく動かし、両手でMの両乳房を丹念にまさぐる。尻を這うきめ細かい同性の素肌は、新鮮な官能をMの下半身に送り付けた。乳房を揉みしごく指先の動きも、細やかな神経と優しさを心の底まで伝える。まるで、Mの望みを先回りするように、チーフの裸身が艶めかしくうごめく。
切ないほどの懐かしさが込み上げ、横を向いたMの頬を熱い涙が伝った。

「M、大好き」
耳元で喘ぐチーフの声が、Mを性の初源へと誘う。
Mは身体を捻ってチーフの裸身の下に素早く潜り込んだ。Mを覆い尽くそうと広げられたスリムな裸身を、一瞬早く長い手足を伸ばして正面から絡め取る。両手で抱きすくめたチーフの形良い尻が、指先で震えている。尻の割れ目に沿って指を伸ばすと、切なくうごめく肛門の感触と熱く燃え立つ濡れた肉襞がMを迎える。鼻から歓喜の喘ぎを上げ、チーフが大きく股間を広げた。二人の両足が複雑に絡み合い、股間に伸びたチーフの指が性器を摘む。Mとチーフの指先がお互いの性器を弄び、股間をまさぐる。十分知りすぎている女の欲望を先取りするように、お互いの官能が競い合って先を急ぐ。しかし、敗れ去る不安はない。取り残される心配もない。許し合い、理解し合える黙契の中で、果てしなく官能が高まっていった。
たまらなく親密な官能を前にして、Mは大きな戸惑いを感じる。
何かが本当でないような、言い様のない頼りなさが股間を埋めている。
「アッ」と思わず、小さな疑問がMの口を突いた。勘違いしたチーフの口から「ウウッー」と長く尾を引いた、安心しきった極まりの声が溢れ出した。


紺のバスローブをまとってソファーに座った祐子の目の前で、剥き出しのチハルの尻が揺れた。
「迷惑なら迷惑って言うんだよ、祐子。あんたは受験生なんだから、私も心配なんだ」
冷蔵庫のドアを開け、少年のような尻を突き出したまま中をのぞき込んでいたチハルが、祐子を振り向いて言った。小麦色をした胸元で固く締まった乳房が弾んでいる。
「私の受験を気にするなんてチハルらしくないわ。どうせ独りで住んでいるようなものだから、いつチハルが来ても構わない。それより、私はチハルが心配。秘書の仕事って、ストレスが溜まるんでしょう」
缶ビールとグラスを二つ持って、冷蔵庫から戻ってくるチハルに祐子がのんびりした声で答えた。

チハルは風呂上がりの上気した肌を光らせて祐子の横に座る。素っ裸のままだ。小柄の裸身はきめ細やかな肌がよく引き締まり、祐子の目にも妖精のように美しく見える。健康そのものといった、羨ましくなるほどのプロポーションだ。ロングのヘアピースを取り去って、ツンと立った髪先から湯の滴がこぼれている。耳元でダイヤのピアスが白く光った。

「祐子の両親が都会の官舎住まいになってから、もう一年になるんだね。きっと、祐子が都会の大学に進学するのを心待ちにしているよ」
テーブルに置いた二つのグラスにビールを注ぎながら、チハルが楽しそうに言った。
「そうね」
祐子がチハルに合わせるように明るく答えた。
「でも、祐子は都会に行かない。この街の工学部に進学してテキスタイルの勉強をするんだ。そして、私の家の鋸屋根工場をアトリエにして、作品を世界に発信する。祐子の両親は残念だろうが、文化の発信はこの街からだってできる。私も楽しみで仕方ないよ。そのために私はコスモスで頑張る」

外壁に青い蔦が複雑に絡み合った、どっしりした石造りの鋸屋根工場が祐子の目に浮かんだ。十メートル近くもある高い天井から、北向きのフラットな光が穏やかに入り込んでいる、がらんとした空間だ。五年前に廃業したチハルの家の織物工場は、最高のアトリエになると思われた。
命門学院高等部から短期大学部に進み、昨年死んだ機業家の父の薦めでコスモス事業団に入ったチハルと、国立大学の工学部に進み、テキスタイルを学びたいという祐子の、見果てぬ将来の夢が今夜も語られ始めた。継ぐ者のいないチハルの生家の織物工場のアンチックなたたずまいが、祐子とチハルに織物の街特有の夢を見させている。

「テキスタイルデザイナーか。かっこいいよね」
邪気のない声でチハルがつぶやき、遠くを見る目でビールを口に運んだ。思い付いたように、また口を開く。

「今日、Mに会ったよ」
祐子の両肩が緊張するのがチハルに分かった。チハルはそのまま口をつぐみ、祐子の反応を待つ。
「そう。何しに来たのかしら」
視線を足下に落とし、自問するように祐子が言った。
「コスモスの取材のために、都会から来たんだ。着いた早々、うちの理事長がMの車に追突してしまった。お陰でMは、ポンコツの軽自動車から、私の選んだ代車のMG・Fに乗り換えられた。運のいい女だよ」
「えっ、Mに怪我はなかったの」
「怪我する玉じゃないよ」
「そう、よかったわ。会いたいわね」
「会ってどうするんだい」
「そうね。Mに自慢できることはしていないし、今さら惰性で生きてるなんて、とても言えないわね。情けないわ」
「私たちには、夢があるじゃないか。今さら、あんな女に会う必要はない」
苛立たしそうに言ったチハルが一息にビールを飲み干し、乱暴にグラスをテーブルに置いた。気分を変えるように半身を祐子に向け、明るく媚びを含んだ声を出す。

「祐子、今日は股間を剃る日だよ。さあ、一緒に剃ろう。朝からチクチクして仕方がなかったんだ」
チハルは両膝を開き、無毛の股間を晒した。こんもりと盛り上がった丘の下の割れ目から、赤い性器がのぞいている。
「明日にしない。今夜は疲れたわ」
気の乗らない祐子の返事を無視して、チハルが右手を伸ばし、祐子のバスローブの裾を捲り上げた。
白く透き通った滑らかな股間に、点々と生えだした陰毛が艶めかしい。
チハルの右手が、そっと祐子の股間を這う。いがぐりのような陰毛がチハルの手のひらを怪しく刺激した。

「ねえ、チハル。股間を剃るのは、Mの真似だって知ってた」
祐子の悲しそうな声が、チハルの心を掻きむしっていく。
「三年前に見たMの股間は、汚い毛がいっぱいだったよ」
チハルの意地悪な答えに、祐子の頬がほんのりと赤く染まる。

「誰の真似でもないよ。祐子が言うように、股間を剃っていると勇気が湧くんだ。それだけでいい。それに、祐子とお揃いだってことが最高だよ。Mは違う」
祐子の顔を見上げて言い切ったチハルが立ち上がり、バスルームへ向かった。歩みに連れて、高く引き締まった尻が美しく揺れる。
ジレットの剃刀とシェービング・スプレイを持って戻って来たチハルが、祐子の前に立った。
目の前に立つ裸身に促され、祐子もバスローブを脱いで立ち上がった。チハルより背の高い、優美な裸身が白く輝いている。

祐子はいつものように両足を開き、チハルに向けて股間を突き出す。
「ダメ。今夜の祐子は元気がないから、罰として後ろから剃る。ソファーに両手を突いて、お尻を高く掲げなさい」
祐子は力無くうなずき、身体の向きを変えた。ソファーの背に両手を置き、尻を後ろに突き出して両足を左右に広げる。暖房はよく効いていたが、尻の間を冷たい風が通っていく。逆さまになった目に、股間に屈み込んでいる素っ裸のチハルが見えた。チハルの視線が真っ直ぐ陰部に向けられているのが分かる。剥き出しの性器がブルッと震え、思わず尻をすぼめた。恥ずかしさで頬が、真っ赤に染まる。

チハルは剃刀とシェービング・スプレイを床に置き、祐子の足の間で両膝を折って中腰になった。目の前に大きく割り開かれた祐子の尻が見える。ピンクの肛門がピクッと動き、粘膜が収縮する。誘うような尻の動きに、たまらないほどの愛おしさが込み上げてきて、チハルは尻の割れ目に顔を埋めた。股間全体に舌を這わせた後、舌を丸くすぼめて、肛門を突いた。舌先を逃れるように尻の筋肉を収縮させて、祐子の股間がうごめく。チハルの丸めた舌先で、ぴくぴくと、別の生き物のように粘膜が躍った。

祐子の低い呻き声が、チハルの耳を打った。肛門に分け入った舌先を、すぼめては開く粘膜が歓喜を込めて迎え入れる。唇の周りを、生え始めた固い陰毛が痛いほど苛める。祐子のにおいが鼻孔一杯に広がっていく。性器をまさぐる指先が、愛液でびっしょり濡れた。至福の時を迎えたチハルの股間が、淫らに震え始めていた。


ピアニストの家の、蔵屋敷と呼ばれる離れの窓から明かりが洩れている。
どっしりとした土蔵の白壁に穿たれた二つの高窓は、山地の闇に輝く獣の目のように見える。
蔵屋敷の広々とした檜材の床の上に、スタンドライトの光を浴びた光男の裸身が白々と浮かび上がっている。光男は顔を横にして床に着け、両足を広げて膝立ちになり、尻を高く掲げている。素っ裸だった。

掲げた尻の割れ目に、中腰になったピアニストが迫る。
「痛いよ。ピアニスト、痛い」
不自由な姿勢で首を曲げ、ピアニストを振り返って光男が訴える。しょぼつかせた両目から涙がこぼれ落ちた。
哀訴を無視して、ピアニストは光男の双臀を割開く。目の下で、無惨に押し広げられた貧相な尻が震えている。赤く充血した肛門を割って、怒張したペニスの先が侵入しようとしている。
ピアニストが腰を入れてペニスを突き出すと、すっと亀頭が肛門の中に呑み込まれた。
「ヒッー」
かん高い叫びが光男の口を突き、高い天井に吸い込まれていった。
ピアニストのペニスの先を呑み込んだまま、光男の尻が驚愕と痛みに震える。小さな尻が震える度に、刺激的な快楽がピアニストの亀頭から脳へと駆け上がっていった。しかしピアニストは、まだ光男を解放する気はない。鎮痛剤入りのマッサージクリームを丹念に塗り込んだ尻が、それほどの痛みを感じるはずがないと思う。光男の神経がオーバーに反応しているにすぎないのだ。

「もう許してよ。お願い。気が狂いそうだ」
後ろ手に縛られた両手を握り締め、尻を振って光男の哀願は続く。
哀れな願いを聞こうともせず、ピアニストは無造作に腰を突き出し、ペニスの根元まで肛門に埋めた。
巨大な暴力が肛門の深部から全身を襲う。光男は口を開き、力を抜いて、尻に加えられた暴力が去るのを待った。肛門が裂ける恐怖で、全身に鳥肌が立つ。しかし、暴力は去るどころか、もっと理不尽に光男を陵辱し始める。
ピアニストが腰を使い、大胆にペニスを動かし始めたのだ。
巨大な存在が肛門をスライドする度に、隠微な快感と恐怖が光男の下半身を往復した。

やるせない快感は、ペニスの先から光男の官能をくすぐり続ける。今にも爆発しそうなペニスが、耐え難い恥辱を伝える。だが、ペニスを襲った暴力もまた、立ち去ってくれない。下半身に集中した神経の果てで、モーターの低い唸りが聞こえ続けている。唸りは、光男のペニスから響いてくる。高々と勃起したペニスに取り付けられたバイブレーターが、光男の意志に関係なく性感を刺激し続けている。太い亀頭に密着させて、バイブレーターは包帯で縛り付けられていた。

ピアニストがバイブレーターのリモコンを片手で操作した。
ペニスを突き上げる振動が急激に強まる。尻に挿入されたペニスも乱暴にうごめき、光男の頭の中は強いられた官能で真っ白になる。
ピアニストは鋭角的な刺激でペニスを締め付ける肛門を見下ろしながら、冷静に腰を使った。取り立てて鮮烈な官能は感じなかったが、落ち着いて見ていられることに、医師としての満足を感じた。
別に光男でなくてもよい。独りでも構いはしない。ただ、久しぶりに病院で会ったMが、他者との性を思い出させただけだと、ピアニストは思う。

「迷惑な話だ」
声に出して言って、ピアニストは光男の肛門から半分ほどはみ出たペニスを見下ろした。次いで、光男の状態をじっと見守る。もう少しで射精するはずだと思った。光男の尻も自発的に、淫らに動き始めている。恥辱も痛みも、官能の極まりを止める術はない。もうすぐ射精だ。

「ウッー」
大きく呻いて背中を弓なりにした光男の股間から、白い液体が飛んだ。
長い時間を掛けて射精を続ける光男の一部始終を見届けてから、ピアニストは肛門の中でゆっくりと射精した。

「迷惑な話だ」
再び低くつぶやいたピアニストの脳裏にまた、アカンベイをしている八年前のMの顔が浮かんだ。


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