7.山の生活

山岳アジトでの奇妙な日課がスタートして一週間が経った。

朝の五時は、まだ真の闇だ。見張りの交替が屋根裏部屋に上っていく足音と同時に、各部屋から一斉にがさごそと物音が響き渡る。素っ裸のまま抱き合って毛布にくるまっていたMと弥生も反射的に目覚める。弥生が勢いよく毛布を剥ぐ。温もりの残る裸身を一瞬のうちに冷気が包んだ。思い切って覚悟を決め、二人一緒に息を合わせたように立ち上がった。二つの尻から延びた細い鎖が寒々とした音をたてる。鎖で繋がれた日々にも、ようやく順応してきていた。寒さに震えながら、鳥肌になった裸身を二人で摩擦し合う。向かい合ってきつく抱き合い、お互いの背に両手を回して背中から尻にかけて力を入れて擦る。徐々に背から尻に浮いた鳥肌が消え、密着した乳房と下腹が擦れ合って上半身が温かくなる。今度は交互にしゃがみ込んで太股から足にかけて擦り合う。十五分ほど続けると二つの裸身がピンク色に染まり、全身がぽかぽかとしてきた。同じ状態になるまでにMの方が五分ほど遅れる。毎朝情けないと思うが年のせいだと諦めざるを得ない。弥生の裸身は滑らかで張りがあり、ほれぼれするほど素晴らしいのだ。かつての私も同じだったと胸を張って自負し、その素晴らしさに今更ながら触れられることを喜びたいとも思う。

全身が温かくなったところで、バケツに汲み置きの水を使って拭き掃除を始める。水は手が凍り付くほど冷たい。雑巾をきつく絞って床に置き、両手を当てて四つんばいになって二人で床に並ぶ。素っ裸の尻を高く掲げ、昔ながらの拭き掃除を始める。二十畳の食堂を五往復もするとMの吐く息が荒くなる。太股の筋肉も硬く張り詰めてくる。だが弥生は休もうともしない。二人の肛門栓が鎖で繋がれているため、Mも弥生に付き合わないわけにいかない。重い尻を無様に振って必死に弥生の後を追った。

「いい準備運動になるわ。全身の筋肉がほぐれていくのが分かるでしょう」
遅れたMをからかうように、弥生が振り返って声を掛けた。Mは息が弾んで答えることができない。もう七日も続けている日課なのに、全身の筋肉は硬く張り切って痛むだけだ。やっとの思いで毎朝広すぎると罵り続ける食堂の床を拭き終わった。ようやく天窓が明るくなり、吐く息が白く見える。休む間もなく水汲みが始まるのだ。玄関からバケツの触れ合う音が聞こえてくる。Mと弥生は連れだって廊下を駆けた。広い玄関でスニーカーを履いていると、右手に竹の笞を持った極月が背後に立った。ヒュッーと笞が空を切る音で身体がすくみ、Mが振り返る。初日に散々打たれた尻が条件反射で震えた。一週間経っても、笞痕はまだ痣になって残っている。鋭い痛みが全身に甦った。

「また一番最後ね。怠けていると、また笞が飛ぶわよ」
黒いトレーナーの上下を着た極月が、しなやかな竹笞を振りかぶって鋭い声で威嚇した。
「ぬくぬくした極月と違って、素っ裸の私たちはウオーミングアップに時間が掛かるのよ」
Mの代わりに答えた弥生の尻に、軽く笞が飛んだ。

「急げ。日が暮れてしまうわ」
極月の怒声に追われてドアを開け、裏庭に出る。身体の芯まで凍り付かせる冷気が素肌を責める。ぼんやりとした明るさの中で文月が差し出す二つのバケツを左右の手で握る。大きなバケツを二つずつぶら下げ、Mと弥生は松林に向かって駆けた。薄明の林に大振りの裸身が二つ分け入っていく。豊かな尻と、高く引き締まった尻が筋肉を躍動させて走る様は異様な美しさを感じさせる。二人の吐く息が真っ白になって後方に流れ去った。松林の先は鬱蒼とした山林に獣道が続く。激しい勾配を休みなく走る。弥生がスピードを合わせてくれるが、Mはすぐにでも座り込んでしまいたくなる。肛門栓を繋いだ鎖が枝に引っかからないように、弥生が後になって細心の注意を払う。

初日はこの辺りで鎖を枝に取られ、Mが倒れてしまった。もっともその時は走ってはいない。ふくらはぎの筋肉が吊ってしまったMは、足を引きずりながら歩いていた。肩を落として無気力に歩くMが異常に対処できなかったのだ。突然肛門を襲った激痛に腰が砕け、無様に尻餅を付いてしまった。落ち葉と枯れ草が堆積した獣道に倒れたMは、足の痛みで立ち上がれなかった。擦れ違いのできない獣道を塞いでしまった焦りと情けなさが全身を被った。何とか立ち上がろうと四つんばいになって歯を食いしばった。固く硬直したふくらはぎを弥生が優しく揉み続けた。駆け付けてきた極月がののしり、剥き出しの尻を笞で打った。硬く張り切ってしまった尻に笞が痛い。Mは悲鳴を堪えたまま屈辱に泣いた。

今、同じ道をMは走り続けている。わずか一週間しか経っていないのに見違えるばかりだ。緩い下りに差し掛かると、先を行く人影が見えた。五十メートルは離れているが、小柄な身体は睦月らしかった。所々で下草の中に入り、帰ってくる者に道を空ける。みんな額に汗を浮かべ、左右にぶら下げたバケツから水をこぼしながら登ってくる。満水にしたバケツも貯水槽に入れるときは六割程度に減ってしまう。バケツ一つでは二往復しなければならなかった。三日前に街から上がってきた補給車が、やっと十分な量のバケツを運び込んできた。今は湧き水との間を二往復する必要はなかった。だが、各自が二つのバケツを持つことになったため水汲みの苦痛が増したような気がする。

一週間前の最初の水汲みでバケツを調べられたMは、水が二割も残っていなかった。また極月に尻を打たれ、その日は三往復もしたのだ。弥生に迷惑をかけることだけが苦痛だった。でも、弥生は嫌な顔一つ見せずにMを励ました。身体を鍛え上げるしかないと、その時Mは決心した。

斜面を下りきった向かいの岩壁の下に湧き水はあった。一面に張った氷を割って清澄な水が豊富に湧き出している。Mと弥生は用意してある柄杓で水をすくい、四つのバケツをいっぱいに満たした。柄杓の水を口に含むと、冷たさで舌が凍え、続いてまろやかな味が口いっぱいに広がる。一瞬、全身の痛苦が霧のように晴れた。命の水だ。走ってきたばかりの道を、今度は両足に力を込め一歩一歩踏み締めながら帰る。重いバケツが両腕を責める。歩く度にバケツが揺れて足に水が掛かる。飛び上がるほどの冷たさだ。ようやくログハウスに戻り、貯水槽に水を空けるころには山間に光が満ちている。谷間から朝日が顔を見せるのももうじきだった。


単調な山の生活も、今日で三週目になる。
暦が代わって二月になっていたが、寒い日が続いていた。幾分輝きを増した日の光だけが確かな季節の移ろいを知らせている。三週間目の運動の時間は、疲れ切った顔が外の広場に並んだ。半月続いた過酷な生活が、全員に疲労を蓄積させている。水汲みの後のマラソンはきつい。

「もう十四日も経ったんだ。今日からは四キロ走ろう」
取り囲んだ顔を見回したピアニストが弾んだ声を出した。ピアニストは全裸だった。引き締まった身体を朝日が斜めに照らしている。取り巻く全員が素っ裸だ。ログハウスの前の広場の端に全員が集合している。十一人の裸身を冷たい風がなぶっていった。オシショウの姿だけが見えない。

Mの目の前には広大な草原が広がっている。松林と、向かいの山に沿って流れる谷川に挟まれた広場は陸上競技のトラックほどの広さがある。一周が約四百メートルだ。この広場をこれから十周も走るのだ。無言の溜息がほとんど全員の口から出た。Mの裸身をうんざりするほどの疲労が支配する。昨日までは二キロメートル、五周で済んだ。二倍の距離を想像するだけで全身の力が抜けてしまう。

「スタートまで二分よ。後ろを向きなさい」
真っ白な息を吐きながら極月が告げた。Mと弥生の肛門栓を繋いだ鎖が取り外される。でも自由になった身体を喜んではいられない。すぐマラソンがスタートするのだ。水汲みで疲れ切った身体が拒絶反応を起こし、吹きつける寒風に震える。だが、鎖を外された弥生は全身で自由を謳歌する。引き締まった裸身を朝日に輝かせ、両足を大きく開いてストレッチ体操を始める。全身の筋肉がしなやかに伸び、美しく躍動した。
「さあ、Mもストレッチしなさい。せっかく二キロが走れるようになったのだから、四キロでも同じことよ。足が吊ると距離が長い分辛いわ。十分に筋肉をほぐすのよ」
楽しそうな声で弥生が呼び掛けた。仕方なく、Mものろのろと硬い身体を動かし始める。白いスニーカーが踏み潰す霜柱の感触が、不安な気持ちを一層高める。

「よしっ、スタート」
ピアニストの大声が草原に響き渡り、十一人の素っ裸の男女が一斉にスタートした。二十代の若々しい裸身が集団で走り出す様は壮観だった。吹きつける寒風に負けずに、伸びやかな裸身が風を捲いて走る。裸体の群はまっすぐに松林に向かう。広場全体が斜面になっているため、登り道のスタートだ。コースを一周する度に二回のアップダウンがある。フラットな陸上競技のトラックとは比べようもない。荒れ地を駆けるクロスカントリーといった方がよく似合った。単調にコースを周回する姿だけがトラック競技と似ている。広い踏み跡のできた草原を松林に沿って全力で走る。Mは集団の最後尾にいた。二十メートル先に五人の裸身が見える。大きく両手を振り、足を蹴り上げて走る姿が逆光にまぶしい。尻の筋肉が美しく躍動している。同じように鍛え上げた裸身だが、それぞれに個性がありレベルも違う。谷側のインを走る睦月の小さな尻は丸くて可愛らしい。短い足を忙しなく蹴り出し、地面を這うように走っている。睦月に比べ、山側のアウトを走る文月は飛ぶように走る。肉付きの悪い尻から伸びた長い足が大きく地面を蹴る。ひときわ逞しい霜月の裸身が五人の集団を抜け出していく。神無月、卯月の男性二人が必死に追いすがっていった。

コースは目の前の切り立った山の前で右回りにコーナーを回る。下りになった斜面の第二コーナーを無理のない姿勢で走っていくピアニストの裸身が見えた。Mとは五十メートルの差があった。ピアニストの後に弥生が続き、極月が追う。少し離れて修太の裸身がコーナーを回った。さわやかな息づかいが聞こえてくるような安定した走りだ。Mが谷川に沿った直線コースにでたときは、睦月と文月から三十メートル離されていた。しかし、Mはペースを守って淡々と走る。初日と違い、それほどの焦りも感じなかった。

初日のマラソンは思い切ってスタートした。もちろんMが最後尾だったが、前を走る睦月との差は十メートル程だった。だが三百メートル走ったところで足が吊ってしまった。痛む足を引きずり、くたくたになってゴールしたときは先頭から三周も遅れていた。倒れ伏してしまった身体を最下位の罰が待っていた。全身から込み上げてきた焦燥感と屈辱感は、二週間経った今でも忘れていない。四十歳になる肉体は焦ったら負けなのだとつくづく思った。

今朝は六周目になってもMは走り続けている。息は荒く、足が痛んだが、地面を蹴る力は衰えない。だが、先を走る睦月と文月との差は百メートルに開いていた。しかも、まだ二キロメートルも残っている。走ったことのない未知の距離を考えると急に体が硬くなる。

「M、ファイト」
突然大きな声を掛けられ、尻を叩かれた。Mの横に、熱く躍動する弥生の裸身が並んだ。ピアニストが颯爽と二人を抜き去っていく。
「M、走りが軽そうに見えるわ。その調子よ、前の二人は必ず抜ける。頑張ってね」
スピードを落としてMと併走した弥生が大声で力付けた。

「サボるな」
耳元で叱声が響いた。追いついてきた極月が、力まかせに弥生の尻を打って二人を抜き去っていく。
「先に行って、私は大丈夫。弥生は一番になってね」
Mが荒い息づかいで弥生の横顔を見て言った。汗の光る上気した顔が大きくうなずき、切れ長の美しい目が優しく笑った。そのまま弥生はスピードを上げる。しなやかな脚が力強く地面を蹴り、極月とピアニストの裸身を追う。Mの目の前で優美な裸身が一際大きく見えた。トップから一周遅れたが、Mにはそれほどの落胆はない。たとえ今朝も最下位でも、今のペースだけを守ってゴールしたいと思った。弥生が言ったように走りも軽い。身体を鍛えることの楽しさが分かってきたような気がする。でも全身が痛み、息が切れて辛い。弥生の声援を思い出して歯を食いしばって走る。最後の一周を迎えるころには、先を走る睦月と文月との差が五十メートルにつまっていた。二人の走りが重く見える。ひょっとしたら抜けるかも知れないと思い、熱い希望が全身に沸き上がったとき、また尻を叩かれた。弥生だ、と思いすぐ前を見つめる。黙ってMを抜き去った弥生の後から二メートル離れ、ピアニストが追う。二人が地面を蹴る規則正しいリズムが耳を打つ。ゴールのテラス前まで五十メートルある。ピアニストが弥生を抜くかどうか微妙なところだった。二週遅れのMもスピードを上げた。力を振り絞り、必死にピアニストに追いすがりながら大声を出す。

「弥生っ、後ろは二メートル」
Mの声が聞こえたのか、弥生がスパートする。全身の筋肉が躍動し、長い脚のストライドが伸びる。引き締まった尻の割れ目からのぞく肛門栓が、走りに連れて朝日に光った。ゴール間近でピアニストが弥生と並んだ。美しい男女の裸身がもつれ合ってゴールに飛び込む。ピアニストの長い腕が弥生を抱いた。地面に崩れそうな裸身を抱いて支え、右手を持って高く掲げた。弥生が常勝のピアニストに初めて勝ったのだ。弥生の目に涙が浮かび、日に輝いた。倒れそうな裸身をピアニストに預け、両手をピアニストの首に回した。思い切ってピアニストに抱き付く弥生の高揚した顔に、Mは官能の煌めきを見た。信仰を越えた喜びが邪悪な思想に抱かれていた。追いすがっていったMのスピードが落ちる。疲れと悲しさが全身を覆った。もう走りたくないと思うが、まだ一周残っていた。

「M、後一周だけよ。ファイト」
コーナーを回るMの背に弥生の激励が飛んだ。心なしか艶めいた声に聞こえる。Mはたまらない寂しさを感じ、振り返らずに走った。気分を切り替えて前を走る睦月と文月に精神を集中する。
コーナーを回りきり、ゴールまで二百メートルの地点で、Mは文月の三メートル後ろに迫った。七メートル先に睦月がいる。二人とも走りのリズムが崩れ、脚が重そうだ。そのまま百メートルを追走して二人の様子をうかがう。絶対抜けきれるとの自信を持って、Mはラスト百メートルでスパートした。真っ正面にゴールを見据え、何も考えずに最後の力と気力を振り絞って地面を蹴る。見る間に文月を抜き去り、睦月に迫る。ゴール付近で思い思いの運動をしていた八人が集まり、大声で声援している。後ろを振り返った睦月の顔がすぐ目の前にあった。睦月の大きな目に驚きと恐怖を見たと思ったとき、小さな裸身がよろけた。接近して走るMもバランスを崩し、二人でもつれ合って地面に倒れた。倒れた二人を文月が抜き去る。いち早く起き上がった睦月も走る。ゴール前十メートルの地面に、力尽きたMの裸身だけが残った。凄いスピードで弥生が駆け寄ってきて、Mを助け起こす。
「M、だいじょうぶ。勝ったわ、Mの勝ちよ。二人も抜いたのよ」
耳元で弥生が興奮した声を上げた。Mは大きくうなずき、ゆっくり立ち上がった。全身に満足感が満ちる。
「でも、またペケだったわ」
自嘲した声で言って、弥生と並んで喘ぎながら最後の十メートルを走る。
「きっと睦月がわざと転んだのよ。明日は必ずMが勝つわ」
すかさず弥生が励ました。明日という言葉がMの耳に新鮮に響いた。久方ぶりに希望の味が甦ってくるようだった。

「よし、朝飯にする。九時の作業には遅れるな」
全員のゴールを待って修太が告げた。七時半だった。八時三十分までに洗面、水浴、用便、朝食を済ませ、また集合して水道復旧の作業に向かうのだ。七人の裸身が思い思いの方向に駆け出す。Mと弥生、極月、霜月の四人が広場に残った。
「最下位の罰を執行する。男は霜月、女はM。ウサギ飛びでトラックを一周よ。二人とも手を後ろに回しなさい」
ひときわ寒い風が立つ中、三着でゴールした極月が冷たい声で命じた。

「俺は久しぶりだが、Mは毎日だな。課外授業は辛いぜ」
おどけて言った霜月が後ろを向き、盛り上がった尻の上に両手を回す。極月が無言のまま後ろ手に手錠をかけた。くたくたになったMの裸身も後ろ手にされ、手錠で縛られてしまった。全身から急に力が失せていくのが分かる。毎朝のことだった。情けなさが身に滲みて寒い。

「おう寒い。早く片づけて飯を食おうぜ」
元気な声で言った霜月が後ろ手に縛られた裸身を屈めた。豪快にウサギ飛びをして松林に向かう。股間で大きなペニスが揺れていた。

「弥生とMは、肛門栓を外す時間よ。尻を出しなさい」
極月が命じた。二人にとって運動の後の一時間、午前八時三十分までが肛門栓の挿入を許される貴重な時間だった。最下位の罰で潰れる時間が本当に惜しいと、Mは嘆きたくなる。寒風の中でひざまづき、高く掲げた二人の尻から肛門栓が抜き取られる。二人の股間の地面に銀色の肛門栓が落ちた。体温と同化した肛門栓が野外の冷気に晒され、金属棒全体から白い湯気が立ち上っている。弥生が大事そうに二つの肛門栓を拾った。後ろ手に縛られたMの眉間が辛そうに寄せられる。弥生が両手に持っている金属棒は、二人の体内で二十三時間肛門を責め続けたものだ。それを再び肛門に挿入するために弥生は握っている。悲惨すぎた。自分の肛門栓を弥生に持たせておくこともやるせなくて恥ずかしい。Mはうなだれて地面を見た。

「前を向きなさい」
極月の声で向き直ると、二人の股間のリングが二メートルの鎖で繋ぎ止められてしまう。
「弥生はMが最下位を脱出するまで付き合うことになるわね。恨むならMを恨みなさい。いつものように、私はログハウスで十分間待つ。それまでに戻れば手錠は外す。後ろ手では食事もできないでしょう。今日こそ、時間内に罰を終えるのよ。さあ、スタート」

大声で言った極月がMの尻を叩いた。二つの尻が飛び跳ねながら松林に向かった。Mは後ろ手錠の鎖を大きく鳴らして懸命にジャンプする。四キロメートルを走りきった両足の筋肉が悲鳴を上げ、急に便意が襲ってきた。罰の最中に垂れ流す恥辱を思い出して暗澹とした気持ちになる。罰が済むまで肛門栓を抜かないように、極月に頼めばよかったとさえ思う。懸命に便意をこらえ両足に力を込める。しかし、両足を揃えて飛び上がるのは苦痛だった。足がもつれ、股間のリングに繋いだ鎖が不規則に揺れた。もう我慢できない。隣りでMにペースを合わせ、平然と飛ぶ弥生の余裕が憎らしくなる。

「毎朝、辛い罰に付き合わせてごめんね」
喘ぐ声で横に並んだ弥生に声を掛けた。脂汗の浮き出た青白い顔を見た弥生が、すぐMの状態を察した。
「ダメッ、我慢するのよ。お尻を汚してウサギ飛びを続ければ、本当に肛門が爛れてしまうわ。歩くこともできなくなるって言ってあるでしょう」
冷たく言って弥生が前に出た。股間のリングを曳かれる恐怖で、Mの便意がいくらか薄らぐ。何とか松林に沿って跳び続け、コーナーを下るところまで来た。もうじき罰が終わるが、谷川から吹き付けてくる冷たい風が下腹をなぶった。流れの音が冷たく耳に響く。もう限界だった。Mはウサギ飛びをやめ、地面にしゃがみ込んでしまった。

「まだよ、ここでは駄目。走るわよ」
弥生が叫び、股間を繋いだ鎖を持って手元に引いた。激しくリングを引かれたMが、痛みに負けて立ち上がった。股間を突き出して無様に走る。弥生は草むらをかき分けて谷川に向かう。乱暴に鎖を曳いて、構わず流れの中に踏み入っていった。Mの両足を凍り付くほどの冷たさが襲った。足の間で急流が渦を巻いた。川幅が三メートルもない谷川の中央にMは曳き出された。横に弥生が並ぶ。二人は上流に向かって立った。水深は三十センチメートルほどしかない。

「さあ、いいわ。水洗トイレで用便の時間よ。ただし、お尻を水の中に入れてするの。肛門の腫れがひくわ」
弥生が優しく言ってしゃがみ込む。Mも弥生に続いた。ウサギ飛びで熱くなった股間を冷たい流れが打った。すぐに冷たさが痛みに代わる。容赦なく流れが股間を襲い、尻の割れ目を下る。とても排便するどころではなかった。

「弥生、もういいわ。冷たすぎる」
全身に鳥肌を立てたMが、力無く弥生に訴えた。
「ダメッ、私が用便したいの。Mも付き合って」
震えるMの肩を左手で抱き、穏やかな声で弥生が答えた。寒さの中で弥生の優しさが身に滲みる。Mの全身に温かさが伝わっていく。負けてなるかと思う。涙がこぼれ落ちそうになるのを耐えて、下腹に力を入れた。全身でいきむと、水中で開ききった肛門を急流がなぶっていった。爽快だった。二人一緒に用便を済ませ、立ち上がった弥生がポツンと言った。
「下流で睦月が口をすすいでいたかも知れない」

股間から水を滴らせながら、二人して大声で笑った。笑い声が林に吸い込まれ、谷川を流れ下った。久しぶりの笑いだった。

「同じものを食べ、同じように生活しているのだから害はないわ」
やっと元気の出たMが明るい声で言ってから川を上がる。Mの首に巻いたスカーフを弥生が外し、Mの股間を拭いた。
「弥生、お願い。今日はあなたのお尻を先に舐めさせてちょうだい。いつも甘えているようで気が引けるの。マラソンで二人を抜いたお祝いにしてよ」
後ろ手錠のMが歯がゆそうに頼んだ。

「いいのよ。私の方が体力があるだけのことよ。順番など気にしなくていいわ」
素っ気なく答えた弥生がMに尻を掲げさせた。温かい弥生の舌が尻の割れ目に入り込んできた。丁寧に肛門を舐め、舌を這わせる。腫れた粘膜が揉みほぐされていくのがよく分かる。弥生のお陰で肛門が爛れずに済んでいるのだ。こらえていた涙が溢れ、地面に落ちた。
「Mのお尻は二週間前と比べると、まるで別人のようよ。すっかり贅肉が落ちて引き締まってきたわ。体重も十キロは落ちていると思う」

涙に気付かない振りをして、弥生がそしらぬ声で言った。確かに体重が落ち、身体が引き締まったとMも思う。もう少し筋肉がつけば見違えるようになると、自分でも感じていた。弥生の言葉がうれしくて、Mはまた涙を流した。過酷な生活にも取り柄はあるのだ。

ウサギ飛びの罰を終えて二人で食堂に入っていったが誰もいない。罰に三十分もかかれば当然のことだった。それでも二人の裸身を赤々と燃えるストーブが迎えた。凍えきった裸身が生き返るようだ。ガスレンジの上に大きな鍋がかけられ、まだ白い湯気が上がっている。

「さあ、私たちも朝食にしましょう」
弥生が楽しそうに言って、部屋の隅に置いた箱から食品パックを二つ取り出す。
米軍の野戦食Cレーションだった。温めるだけでそのまま食べられた。いかにも合理的だが、味気ない。だが調理が苦手のシュータのメンバーにはちょうど良い食事なのだろう。気難しいピアニストも何も言わなかった。食べるのも皆バラバラだ。特に規律はない。集団で行うことと、個人で行うことが明確に区別されている。その意味では自主性が尊重された現代的な組織だった。弥生がガスレンジの前に行き、鍋を火にかける。鎖で繋がれたMも後ろ手錠のまま横に並んで鍋の中を見つめた。盛んに立ち上る湯気が乾燥した素肌に心地よい。湯が沸騰するのを待ってCレーションを鍋に入れ、ストーブの前の椅子に並んで座った。

「椅子に座ることが、こんなにうれしいなんて思っても見なかったわね」
椅子の上で尻をもぞもぞさせているMに、弥生が楽しそうに声を掛けた。肛門栓を許される朝食の時間はありがたかった。夜食は床に正座して食べなければならない。それに夜食の後のミーティングでは、たっぷり二時間の反省のポーズが待っているのだ。

「これで手が自由になればと、毎朝思うわ。弥生に食べさせてもらうのは心苦しい」
後ろ手の手錠を鳴らしてMが答え、悔しそうに唇を噛んだ。
「私たちが遅いのだから仕方ないわ。でも、明日からは大丈夫。最下位の罰を受けなくて済む」
弥生が口元に微笑を浮かべて慰めるように言った。Mの目が明るく輝きだす。文月と睦月を追い抜いたときの感動が甦った。明日はきっと勝ってみせると心に誓う。

「弥生のお陰よ。もし私が一人きりだったらどうなるの。今だって朝食は食べられないわ」
「朝食を抜くだけの話よ。Mには私がついているのだから、暗い方に考えてはだめ。さあ、もうできたわ。食べましょう」
簡潔に言って弥生が立ち上がった。Mも続いて立ち上がる。一人ではとても耐えられなかったと思い知った。一方的にMを庇護する弥生が保護者のように見える。だが弥生の態度に尊大な素振りは露ほどもない。保護しているなどという気負いはどこにもないのだ。Mとは確かに違っていた。友愛という言葉がまた脳裏を掠めた。これまで知ることのなかった感情に戸惑いを感じ、そっと弥生の横顔を見た。美しい横顔だった。一切を信じ切っているような穏やかな表情をしていた。

ストーブの前で二人は向かい合って座った。弥生がMの口に食物を入れ、次に自分の口に運ぶ。Mは幼児になったような気がしてくる。弥生が味のきついシチューをスプーンでMの口に入れた。口の端を伝った汁を手を伸ばして拭ってくれた弥生の口元に米粒がついている。細長い外米が妙に滑稽に見えた。Mは手を伸ばして取ってやりたい。もどかしく手錠を鳴らして弥生に告げると、米粒を手に取ってそのまま口に運んだ。Mが吹きだし、弥生が笑う。二人きりの楽しい朝食の時間が流れた。


山岳アジトにこもってから、もう一か月が過ぎた。
アジトを囲む山々にも春の気配が感じられるようになってきた。木々の冬芽が大きく膨らみ、日溜まりにあるハンノキの蕾が今にも弾けそうに見える。底冷えのする未明に凍り付いた水も、力強い日射しを浴びるとすぐに融けてしまった。

規律正しい生活の中にぽっかりと浮かんだ雲のように、ほのぼのとした朝食時間が終わる八時三十分になると、決まって明るい広間に極月が入って来る。つかの間の自由を楽しんだMと弥生も、水道復旧の作業に出掛けるのだ。苦しい作業が午後四時まで続く。簡易水道の取水口をせき止めた土砂を取り除く作業は、もう一か月も続いていた。

「さあ、用意をしなさい」
正座して極月を待ち受けていた二人に号令が掛かった。股間のリングを鎖で繋がれた二つの裸身がひざまづき、高々と尻を掲げた。床に置いた肛門栓を極月が二人の体内に挿入する。一か月が経っても辛い時間だった。自分で洗い清めた金属棒が肛門を割る冷たさと切なさに慣れることはない。肛門栓が突き出たMの尻を極月が平手で打った。高い音が広間に響く。

「Mは一か月で見違えるようになったね。尻が高く上がり、ウエストが引き締まった。理想的な体型になったわ。憎らしいくらいよ」
しみじみとした声で極月が言った。確かに二つ並んだ尻に遜色はない。どちらかといえばMの尻の方が丸みを帯び、割れ目も深い。なまめかしさを漂わせた成熟した尻だ。尻から続く太股も悩ましく見えた。まだ十分に筋肉を鍛え上げていないため、弥生に比べると全体のラインがふっくらしている。二人とも一様に足が長い。

「立ちなさい」
極月に命じられて、立ち上がった二人が正面を向いた。並んだ裸身が極月を圧倒する。二人の背は極月より五センチメートルほどしか高くはないが、豊かな胸が目の前に迫ってくるようだ。形のよい乳房の先で四つの乳首が誇らしそうに上を向いている。目を落とすと、高く切れ上がった二つの股間で漆黒の陰毛が燃え上がっている。陰毛の間からぶら下がった金色のリングさえ誇らしく見える。極月は二人のリングを繋いだ鎖を外した。

「着衣を許します。早く着なさい」
極月の声で二人の顔にうれしそうな笑みが浮かんだ。寒風に吹きさらされる屋外の作業では、二人にも着衣が許されていた。Mと弥生は手を取り合って窓の上の鉄棒に吊したトレーナーを取りに走る。大柄な裸身が二つ、寒々とした広間に躍った。軽やかになったMの動きが、ひときわ新鮮に極月の目を打つ。滞在一か月を記念した今朝の六キロメートルのマラソンで、Mは修太を抜き去り極月に迫ったのだ。もっとも極月との差は百メートルはあった。それにしても見事な上達振りだと極月は思う。一か月前の初マラソンで三百メートルしか走り続けられなかった無様な姿が嘘のようだ。すっきりした美しい裸身が精進の跡を物語っている。

厚手の黒いトレーナーの上下を着た二人が揃って後ろを向き、極月に尻を差し出す。トレーナーの尻の部分に空けた穴から肛門栓の先端がのぞいている。股間のリングに代わって、今度は二つの肛門栓を鎖で繋がれてしまった。だが、二人の顔には落胆も屈辱感も浮かばない。裸体を強いる過酷な処遇が、着衣を許された作業をかえって楽しいものに感じさせていた。

「弥生、今日で懲罰期間も半分終わるわ。この鍵を渡すから、後は自分で管理しなさい。虜囚の見張りもこれまでどおり、弥生にまかせる。さっき全員集会で決定したのよ」
振り向いた弥生に小さな銀色の鍵が手渡された。肛門栓と鎖、手錠に共通する万能の鍵だ。鍵を手に持ったまま、あっけにとられた顔で極月を見つめた弥生の表情が輝き出す。喜びの涙が頬を伝った。もう極月に拘束されることはない。弥生が自由意志で、規律に従って自らを拘束することになる。自主的な反省が始まるのだ。横に並んだMの目からも涙が落ちた。無理やり強いられてきた屈辱と恥辱がこれで無くなる。同じ恥ずかしい格好をするのでも、自ら進んでするのと強制されるのでは行って帰るほど違う。うれしさで目の前が真っ白になった。

「私と文月は明日、山を下りることになった。代わりに皐月と水無月が来るわ。総務担当の睦月が司法担当も兼ねると言ったけど、私は断った。借りを作るのは嫌だし、何よりも弥生を信じようと思ったのよ。一か月も続いた懲罰に弥生は見事に耐えたし、Mの指導振りも見事で言うことはない。仲間の中で本当に信頼できるのは弥生だと思った。残りの一か月は自主的に反省させるべきだと提案したのよ。睦月の他は全員が賛成したわ」

「ありがとう」
泣き声で言った弥生の目から、また涙が滴り落ちた。Mは啜り泣く弥生の肩を抱いて一緒に涙を流した。


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